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幻の鼻のお毛毛

鼻の入り口がなんだか、そよそよしている気がする。
これはもしや、鼻からお毛毛がコンニチワしているかもしれない。
気になり始めると止まらない。
誰かと対面しなければならない時は、少し顎を引いて鼻の穴が見えないようにしてみたり、手をグーにして口や鼻の辺りに当て、さりげなく隠しながら話をする。
そんな時は、できるだけ人と真正面で話をしたくない。

一刻も早く確認したい。
しかしすぐ鏡が見れない状況…
そんな時はスマホの内側カメラ機能を使い確認してみる。
カメラアプリを開き、カメラを内側へ設定。
その瞬間、画面いっぱいに映る自分の顔。
自分でインカメラにしているのだから当たり前なのに、毎回、ちゃんと、結構驚く。

(うわ。シミめっちゃ増えてるじゃん…くすみもやばっ…)

ちょっと下からのアングルで確認しているので、顔全体が垂れているようにも見える。…実際、ただたるんできているだけだと思うが、ここはアングルのせいにしてこれ以上落ち込まないようにする。

自分の顔面に絶望しつつ、本来の目的を思い出した。
お毛毛だ。
どれどれ…と、鼻の下をグーンと伸ばしてチェック。

出てない。
おかしい。
じゃあ、このくすぐったさって一体何?
もしかしたらカメラ機能では映しきれない、ホッソーなやつなのかもしれない。

鏡がある場所まで行き、もう一度チェック。

出てない。
このそよそよは幻だった。
幻のお毛毛。

出ていないことに気づいたら、急に平気な気がしてきた。
人と話すことにも急に積極的になったりして。
そして気付く。

"鼻からお毛毛が出てるかもしれない”

そんなちょっとしたことだけで、人はここまで消極的になれてしまうことに。

私の鼻毛1本、どこかの誰かに見られても、
「あ、この人、出てる…」
とその瞬間に思われるだけのことで。
その記憶はいつまでも覚えているものでは、きっとない。

例えばコンビニの店員さんが私の鼻毛を見ても、その店員さんが家に帰ってお風呂に入っている時に、
「あの女性のお客さん、鼻毛出てたな…」
とは思い出さないだろう。
もしかしたら友人と会った時に、
「この間きたお客さん、めっちゃ鼻毛出ててさぁ〜」
っていう話のネタにされる可能性はあるかもしれない。
でもそれを私は知らないし、別にどう思われようとどうでもいい。
きっとその会話も、仕事の愚痴とか、彼・彼女とのあれこれの話ですぐに忘れ去られるのだから。むしろ掴みのネタにどうぞ、という気持ちだ。

例えがあまり上品ではないことは大変申し訳ないのだけど、
つまるところ、自分が過度に心配したり気にしたりしていることって、ほとんどが自分の中で勝手に大きく作り上げただけのものなのかもしれない、ということが言いたいわけです。

多少の恥や失敗は、きっと誰も覚えていない。

新しく買って張り切って着たワンピースにタグがついたままだったことに帰宅してから気がつき愕然とし、翌日学校に行くのも嫌になる程恥ずかしかった小4の私のことも、記憶に残っているのは私1人だけなのだろう。
私のコンプレックスの手の太い指も、自分が恥ずかしいだけで誰にも迷惑をかけてない。(高校時代、部活の休憩中に手を洗っていたら、同期の保護者に「miya!手!どうしたの?!腫れてるじゃん!!」と本気で心配されたことがあるので、正確には1度だけ人に迷惑をかけたことがあるのかもしれない。)



また鼻がくすぐったい。
これも多分気のせいだろう。
余裕をぶっこきつつ、念の為鏡を確認。
そいういう時に限って、しっかり、がっつり出ていたりする。
この"大丈夫だと思ったら今回に限ってダメなパターンだった現象”が起きるたびに、『油断をするなよ!』と戒められている気がしてならない。


自分の恥は構わないが、人様に不快感を与えないためにはやっぱり身なりはきちんと整えておくべきだな、と思いながら、勢いよく鼻をかんだ。






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