エルフの少女、秋の温泉デビュー
澄み切った空気の中、木々の緑が目に鮮やかなエルフの村。その一角に、古くから村人の憩いの場として親しまれてきた温泉があった。しかし、この温泉は、ある年齢以上の大人の社交場として定着しており、子供たち、特に女の子たちは、その温かな湯に浸かることを夢見ていた。
そんな村に暮らすエルフの少女、アリアもその一人だった。幼い頃から、冷たい川の水で体を清めてきたアリアにとって、温かい湯に全身を浸けることは、まるで夢のような出来事だった。今日は、そんな夢が叶う特別な日。母親であるエレーナと共に、初めて温泉へと足を運んだ。
「アリア、今日は楽しみだね。温かいお湯につかると、きっと気持ちがいいよ」
エレーナの言葉に、アリアは大きく頷いた。心躍る気持ちとは裏腹に、少しだけ緊張もしていた。今まで経験したことのない温かさに、戸惑ってしまうのではないだろうか。そんな不安が頭をよぎる。
温泉の入り口で、エレーナが誰かに声をかけた。振り向くと、そこには村で最も精悍な男エルフ、レオンの姿があった。アリアはレオンの姿に目を丸くする。レオンは、村の若者たちの憧れの存在であり、アリアも密かに尊敬していた一人だった。
「レオン、久しぶりだね。こちらは娘のアリアよ。今日は一緒に温泉に入りにきたの。アリアも温泉に入れる年になったので、今日はアリアにも楽しんでもらおうと予定を入れたのよ。」
エレーナは、まるでレオンとの再会を楽しんでいるかのように話しかけた。アリアは、母親の自然な様子に少しだけ安心する。
エレーナの夫であり、アリアの父親のエルフは数十年前に戦争に行ったきり帰ってこなかった。戦死したという報告は無かったので、エレーナとアリアは父親がどこかで生きているのだろうと信じているが、アリアはまだ若い母親が夫がいなくて寂しそうな表情をするのを何回か見ている。
「エレーナ、久しぶりだね。…アリアちゃん、今日は温泉デビューかい?おめでとう!」
レオンは、アリアに向かって温かく微笑んだ。アリアは、レオンの優しい笑顔に緊張がほぐれていくのを感じた。
「ありがとうございまーす」
アリアが小さな声でそう答えると、レオンはエレーナの手を優しく握り、温泉へと誘った。
「エレーナ、では一緒に温泉に入ろう。温かいお湯につかって、楽しく語らおう」
エレーナはアリアの方を見て言った。
「アリア、私はレオンと一緒にあっちのお湯に浸かってくるわ。あなたも温泉を楽しみなさい」
エレーナはレオンの方を見て「さぁ、行きましょう」と声をかけ、二人は寄り添うように別の場所へと向かった。アリアは二人を見送りながら、すごく仲良しなんだなぁと思った。
アリアは近くにある温泉にゆっくりと浸かった。温泉の中は、湯気が立ち込め、ほのかに硫黄の香りが漂っていた。アリアは、おそるおそるお湯に足を浸けた。温かいお湯が、体の芯からじんわりと温めてくれる。今まで感じたことのない感覚に、アリアは思わず目を閉じた。
しばらくすると、二人の青年エルフが温泉に入ってきた。彼らは、アリアの学校の先輩である青年エルフのノエルとカイルだった。
「アリア、こっちにおいでよ!ちょうど温泉デビューだって聞いたから、一緒に楽しもうぜ!」
ノエルとカイルは、アリアを真ん中に挟んで座り、楽しそうに話しかけてきた。アリアは、二人の明るい雰囲気に包まれ、緊張がすっかり解けた。
「アリア、温泉って気持ちいいでしょ?ほら、もっと肩まで浸かってみなよ」
カイルは、アリアの肩を優しく押して、お湯の中へと沈めていく。アリアは、温かいお湯に包まれ、まるで無重力状態のようだと感じた。
「ねえ、アリア。将来の夢は何なの?」
ノエルが、そんな質問をしてきた。アリアは、少し考えてから答えた。
「私は、いつか村の外に出て、もっと広い世界を見てみたいの。いろんな国のエルフと友達になりたいし、たくさんのことを学びたい」
アリアの言葉に、ノエルとカイルは大きく頷いた。
「僕も、いつか村を出て冒険してみたいんだ。一緒に旅に行こうよ!」
カイルの言葉に、アリアは嬉しくて思わず笑ってしまった。
温泉から上がると、アリアは母親と合流した。
「温泉、気持ちよかった?」
母親の問いかけに、アリアは大きく頷いた。
「うん、すごく気持ちよかった!レオンさんやノエル、カイルとも仲良くできたし」
アリアは、今日一日の出来事を母親に話しながら、満面の笑みを浮かべた。
母親は、アリアの笑顔を見て、満足そうに微笑んだ。
「よかったね。これからもたくさんの楽しい思い出を作ってね」
母親の温かい言葉に、アリアは心から感謝した。
今日の温泉は、アリアにとって忘れられない一日となった。温かいお湯に浸かり、心も体もリフレッシュできただけでなく、大切な友達との絆を深めることもできた。アリアは、これからもたくさんの人に囲まれ、幸せな日々を送っていくことを確信していた。
[おしまい]
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