考えたくない人の邪魔をするな
「酒飲んでるから難しいこと考えたくない」
何度も、そのような言葉を耳にする機会があった。
「ああ、すみません‥…」
と、わたしは笑って口を紡ぐ。この場において、「難しい」とは「つまらない」ということだ。相手を不快にさせたことを恥じる。
何度こんなことを繰り返すのか。自分に嫌気が差す。わたしはその場の楽しい雰囲気を奪った空気泥棒だ。
誰かがタバコに口付け、ひと息つく。場の参加者たちは紫煙が消えるのを黙って待つ。
「そういえばさぁ——」
それ以降の会話に耳を傾けても、本当に楽しんでいるのが誰なのか見当がつかない。偽物の笑い声がずっと響いている。バラエティ番組みたいだ。全身をアルコールに支配された怪物は気まぐれに話題を変え、コンテクストの破壊を躊躇しない。
誰でもいいから本当に好きなものについて語ってくれ。
そう願いながら、時間が過ぎるのをわたしはじっと待つ。
この場にいる理由を探す。でも、見つからない。その場にいるだけで、誰ともなにも共有できていない。ヤバイ。
人と関わろうとする度に人から遠ざけられているように感じる。同時に、わたしは人を遠ざけたいことを再自覚してしまう。
でも、はたから見るとわたしはまともな人間に見えるらしく、「一緒に飲みたい」と声をかけられ、つい嬉しくなって舞い上がり、そしていつも失敗する。
いい加減、もう少し上手くやりなよ。
そうしたい。そうしよう。
考えたくない人の邪魔をするな。