一年半越しのP.S.を。
東京駅から有楽町にある帝劇や日生への道が似合う大人になりたいなって、新しい夢が一つできた。私の住む街にも劇場は沢山あるけれど、やっぱり有楽町の劇場には独特の高貴な雰囲気がある。レースのワンピースにピンヒール。指輪とイヤリング。いつもの私より少し背筋を伸ばして、文字通り背伸びをして、2年半ぶりに有楽町を歩いた。
念願の『ニュージーズ』『座長・京本大我』。この2年と少しの間、カーテンコールでキャストの皆さんがズラッと並ぶ中、割れんばかりの拍手に包まれて、舞台の0番に立つ姿を想像しては、想像しただけなのに胸躍って感極まって泣きそうになる、なんて日々を過ごしてた。そんな夢のシーンが、現実になって目の前に広がっているのを観られて、泣き虫な私が泣かずにいられるわけなくて。マスク必須の世の中で良かったかもしれない。ハンカチを構えなくとも、勝手にマスクが涙を吸い取ってくれる。ぐしゃぐしゃの泣き顔もよく見えなくて済む。行きの新幹線でも、劇場でも、帰りの新幹線でも、「夢みたい、いや、夢じゃないんだ」って何度も頭の中でグルグルと唱えては、涙が溢れて仕方なかった。
朝、友達はみんなお仕事の時間で、一人きりだった行きの新幹線。何となく落ち着かなくて、スマホのカメラロールを眺めた。そしたら、去年の4月、公演中止が決まった翌日に書いたお手紙やその3日後に更新された京本くんのブログを見つけてしまって。そんなの読んで耐えられるはずがないのにね。好奇心って怖いね。
便箋3枚分ビッシリ書かれた私の手紙。そこには、努めて前向きに言葉を届けてくれる京本くんに私も応えるように、とても素直で前向きな私が居た。
京本くんがジャックという役に向けて、苦手な筋トレを頑張っていたことも、緊張でお腹痛いなんて言いながらもひたむきに前向きにニュージーズに向き合っていたことも。その時間も努力も、無かったことになるはずない。無駄になんてさせない。それと同時に、私たちが発表から胸を躍らせてきた時間や想いだって、無かったことになるはずなくて、そのどれもが、とても愛しくて幸せがいっぱいでかけがえないものでした。いつかきっと、この続きを描ける日が来るから、絶対に大丈夫。
って、そんなことを書いていた。今思うと、京本くんに宛てたお手紙というより、私への、メソメソ泣いている私に言い聞かせるためのお手紙だったみたい。こんなの送っちゃってごめんね。
とっても長かった。前向きな言葉を綴ろうと決めながらも、心の中はやっぱり寂しかった。他の作品は上演が決まっていくのに、新しい作品も発表されていくのにどうして、って。こればっかりは仕方のないことなのだけど、やっぱり隣の芝生は青く見えるもの。隣の花は赤いし、他人の飯は白い。そんな気持ちを抱く自分に対して、やめてよそんなの…って悲しくなったりもしたな。言葉にしてそれが叶わなかったらと思うとやっぱり怖かったけれど、声にし続けて良かったと思えた。声にしなきゃ、言葉にしなきゃ、届かない想いもある。
今日ようやく、有楽町で板の上に立つ貴方を久しぶりにこの目で観ることができた。ああ、ようやく、やっと。貴方が、貴方たちがずっと向き合ってきたものが、今こうして形になって、日の目を浴びて、実を結んでいるんだなと、痛いくらい嬉しいくらいに実感した。本当に本当に、良かった。願い続けて、夢を見続けて良かった。
幕が開けた劇場には、夢のような時間と空間と世界が広がっていた。チケット争奪戦は激戦だし、まだまだ油断できないご時世だし、沢山の人に観てもらうことがまだまだ難しい世の中ではあるけれど、ニュージーズのエネルギーがたくさんの人に届くと良いな。あわよくば、来年も再来年も、長く愛される作品になると良いな。
京本会のみんなも観られる機会があると良いんだけど、やっぱりちょっと難しいかな…なんて私が心配してどうするのって話なんだけど。歌やお芝居はもちろんだけど、ダンスもアクロバットも素晴らしくて、天国のジャニーさんを連れて遊びに来てくれないかな、って思っちゃうくらい、観て欲しい作品だった。京本会みんなのお仕事が少し落ち着いて、世の中も少し落ち着いたら、美味しい焼き鳥食べに行ったり、夢の国にも行ったり、プチ旅行とかもしてほしいな…。(好きな人と好きな人が仲良いからって、ほんと欲まみれで困っちゃうね。)
よし。京本くんもトラジャのみんなもマチソワ頑張ってるんだ。私も明日からまた頑張るよ。