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2018/08/20 「俺、大丈夫かな?」
9:58
雨が降っている。涼しさに、秋の気配を感じる。
もうすぐ3週間だ。
もう3週間。まだ3週間。どちらもしっくりこない。
時の感触が、これまでとはあまりに違う。
今日の面会は、15時には着くように行って、18時には出よう。
夜の道が怖い。そのことに気がついた。
1時間の下道は、その多くが、街灯が無かったり少なかったりの暗い田舎道だ。道は狭く、対向車が怖い。ハイビームでセンターラインが見えなかったり、結構なスピードで走り抜けたり。すれ違うのが怖い。
昨日までそんなこと思わなかったのに。
それどころじゃなかったのだろう。
16:27
透析から戻ってきたばかりの亮くんは、ぐったりしていた。
透析は「フルマラソン後くらいの疲労感」と、どこかで読んだ。
それが、月水金の週3回。
とは言え、ICUでの24時間と比べたら格段の進歩だ。
Y先生と看護師さんが病室に入ってくる。
今なお、尿の量は二桁に届かずと、全然出ていないことを知る。
「あれだけ高熱が出て、あれだけ筋肉が壊れた後だから、そんなにすぐに自分の尿が出る(毒素を出せる)とは思っていない」と、先生が言う。
「俺大丈夫かな?」
亮くんが、看護師さんに聞いた。
「大丈夫になるためにやってるんだよ」
看護師さんが、明るく優しく答える。
看護師さんが、歯を磨き口内を綺麗にし、顔を拭いてくれる。こんなに大変な作業を、1日に何回もやってくれるのだ。まさに白衣の天使。なんて有り難いのだろう。
今日の亮くんは、終始とても辛そうだ。見ているほうも辛い。
便意との戦いは続く。
「まだ歩けないから(トイレには行けないよ)」、と言うと、「あぁそうか」と、さっと引き下がる。なんか辛い。
口内に違和感があるのか、顎をずっと動かしている。
「顎どうかしたの?」と聞くと、「(なんとかかんとか、)しゃくれるんだ」と返ってきた。
心臓血管外科には、執刀医のW先生を筆頭に4名のドクターがいる。
夕食に出たゼリーを亮くんが食べていると、執刀医のW先生を先頭にドクター全員が入ってきた。往診だ。全員で往診なんて、初めてのことだ。まるでドラマのよう。そして、ドラマのような言葉が続いた。
「よくここまで来て…」
ゼリーを食べているのを見たW先生が、「ゼリーを食べているのに、なんで鼻の管を付けてるのか」と、管も取って良いことに。
「手も足もリハビリして、この分だと順調に行けば車椅子だね」。
順調だ。順調に、回復している。
往診も食事も終わり、「そろそろ帰るね」と声をかける。「葉山に帰る」のか、「横浜の実家に行くの」か、と聞いてくる。「LA?」とまで聞いてきたのに、「大網だよ」と言っても、認識できないようだった。
葉山から大網に引っ越して、3年半が経とうとしている。
18:34
病院を出るまでは、と、ギリギリまで我慢した。
車に乗りこむ。
ドアを閉める。
瞬間に、一気に泣いた。
辛い、苦しい、辛い。
ずっと下している亮くん。苦しそうな様子で、便意を1時間も2時間も我慢する。私がいるから…。それなのに「帰るね」と言うと、「もう少しいたらいいじゃん」と言う。
どうしたら良かったんだろう。
「迷惑かけたくないんだ」
亮くんはそう言った。
わかる、わかりすぎる。
亮くんはそういう人だから。
この状況では、それが余計に苦しめている。
苦しい。吐きそう。辛い。なんだよこの状況。
ビッケがいて本当に良かった。
22:15
Sade の "By your side" を観て、salyu の "To U" を観る。
観ながら、これでもかってほどに泣いた。
亮くんの好きなこの2曲。プレイリストを作って、かけてあげようかな。
目が重い。鏡を見る。涙袋までもが腫れて、ひどい顔だ。
父は良いことを言った。
できるだけ毎日会いに行って、でも、時間は短い方が良いと。
その通りだ。自分が側にいたいからってダラダラといてしまって、結果的に亮くん(の便意)を我慢させることになったり、疲れさせてしまった。
明日の面会はお休みして、明後日は短時間で帰ろう。
リハビリが終わる17時頃に行って、30分くらい側にいて、帰るようにしよう。
意志力だ。ここはがんばろう。
「俺大丈夫かな」
看護師さんにも、私にも聞いた。
とても不安なんだろう。
「大丈夫、大丈夫だよ」って、そう言ったけれど、安心した感じはあまりなかった。
いったい、何をどう言ってあげたら良いんだろう。
どうしたら良いんだろう。
「大網」は分かっていなかった。でも、Sさんのことはわかっていたし、大網の友達のこともわかっていた。ムラがあるんだよ。大丈夫。
寝よう。
このままでは壊れてしまう。気が病んでしまう。そんなんじゃいけない。支える側なのだから。
本を読んで、寝よう。今日はもうおしまい。
明日は仕事をして、ゆっくりしよう。
夜にはちえちゃんとごはんを食べる。
本当は明日だって亮くんに会いたい。
でも、ご両親に任せよう。