「眼帯の男」

「煙草の女」から続いています。



その日 麻衣子は えらく疲弊していた。

昨晩あった イヤなこと 
一瞬でもそれから逃れたかったのだ。

ただ それは無駄な試みだった。

結局は 
忘れよう 忘れよう とすると 
自分の中の其れが 図々しく居座るもので
返って その存在の大きさを 思い知らされるのだった。

わたしは ほんの少し 感傷に浸りたかったのね
と 苦笑し
麻衣子は腹をくくることにした。

麻衣子はときどき煙草を吸う。

普段から吸うわけではないが、
煙草は
すこしだけ勘を鈍らせ 麻痺させるのだ。

麻衣子は
これくらいが丁度いいわ
と思った。

そのとき 喫煙所の扉が開いた。

はじめは大きな音で やがて 静かな音へと変化した。

麻衣子は男の方には目をやらず
窓の外を見ながら煙草をふかし続けたが、

男が白い眼帯をしていて
鋭い目つきであることを 感じ取った。

麻衣子は 
それまで自分が煙草を「貪る」ように吸っていたことを一瞬、羞恥し
少し背を起こした。

かつてダンサーであった麻衣子にとって
意識を飛ばし
自分の身体に気を宿らせるのは容易なことなのだ。

麻衣子は
眼帯に隠れた男の視線が
自分に向けられていることに
なんとなく気づいた。

だから
男が眼帯をしていることは 
麻衣子にとっても 好都合だった。

男が鳴らす
ライター音が聞こえた。

ああ いい音ね 

同時に 記憶の中からオイルの匂いが蘇り
麻衣子はそれまでふかしていた煙草を
今度は 深く喉奥まで 吸い込んだ。

ほんの数秒だったけれど
麻衣子は満たされた。

麻衣子は眼帯の男に救われたのだ。



完。


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