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シャーロキアン

「あのう」
振り向くと女性が一人、佇んでいた。
「三羽さんですか?」
「そうですが」
「田辺さんに聞いたらこちらにいらっしゃると伺いましたので」

彼女の服装は、鹿撃帽とインバネスコートをまとっている。
これは、そう、シャーロキアンだ。
僕は初めて美しい女性のホンマもんのシャーロキアンと出会った。

「あの田辺さんというのは?」
「御所の近くにお住まいで、どこかの大学教授だと聞いていますが」
「御所の近くにお住まいの方も、大学教授も数人存じていますが、田辺さんという方はいらっしゃいませんよ」
「ではあの方はどなたなのです?」
「それを私が聞いてるんですよ。でも私のお名前をご存知だということは私の知ってる人から聞いて来られたんだということは分かりました」

「それじゃああの方がどなたなのかも?」
「それはもう少し事実を積み上げないと判明しませんよ。ところであなたは?」
「申し遅れました。私はシャーロキアンクラブ京都支部の新入会員で芝山江梨子と申します」
「やはりシャーロキアンでしたか。その服装でそうかなとは思っていたんですよ。私はコナン・ドイルもシャーロック・ホームズも齧った程度で全然詳しくありませんし、もちろんシャーロキアンでもありませんが、あなたは私の認識するシャーロキアンとはずいぶん違うように見受けられますね。それにしてもシャーロキアンとしては理論構築が甘くないですか?」
「私はどちらかといえば形から入る方で、理論構築は得意じゃないんです」

「なかなかユニークな方のようだ。私の知る限り理論構築が得意じゃないシャーロキアンはあなたが初めてですよ」
「お褒めいただきありがとうございます」
いや、全然褒めてないんだけどな。

「ところで私に何かご用でしょうか。メンバーの伝言を預かってきたとか、それとも書簡でも?」
「支部長から三羽さんに会いに行けと言われまして、それから親しく会話ができるようになれと言われまして渋々、あっ失礼しました」
「あなたは正直な人だ。もはや笑いを堪えるのが精一杯ですよ」
「すみません」

「別に責めているわけじゃありませんから、謝らなくていいんですよ。ところで支部長の今井君は何故私と親しく交誼を結べと言ったのでしょうね」
「さあ、分かりません」
「そこが一番重要だと思うんですけどね?」
「そうですよね。私何してるんだか。出直してきます」

「その必要はありませんよ。お顔も覚えましたし、ユニークな方だということも分かりました。充分当初の目的は果たしましたから、もしもう一度来られることがあれば、次の目的をしっかりお聞きになってからいらっしゃい」
「はいそうします。お邪魔いたしました」
「そうだ、今井君へ伝言をお願いできますか?」
「はい、何でしょう?」

「『お前いい加減にしろよ』と伝えてください」
「怒ってます?」
「あなたには怒ってませんよ。じゃあよろしくお願いしますね」

トボトボと背を丸めて帰っていく彼女にはシャーロック・ホームズのホの字も感じられなかった。

つづく

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