二人のクリスマス3
クリスマスまで1週間。
父親というのは情けないもんだな。
娘の好み一つ知らないんだからな。
小さい頃は抱っこするだけで、あるいは膝に乗せてやるだけでご機嫌だったのに、今では触れることさえこちらが遠慮してしまう。
せめてもの救いは世の父親のように邪険にされていないということか。
そもそもなぜ父親は娘に嫌われることが多いのか?
疑問に思って調べてみると遺伝子的にそうなっているのだとか。
詩織が僕を嫌わないのは血の繋がりがないからだろうか?
嫌われているわけではないのだろうから、深く考えるのはやめよう。
そろそろクリスマスプレゼントを選ばないとマズいんだけどなぁ。何にも思い付かない。さてどうしたもんか、詩織にもう一度聞いてみるか。
スマホが震えた。画面を見ると知らない番号だ。
普段知らない番号は出ないのだけど、これを虫の知らせというのだろうか何気なく出てしまった。
「大川病院です。加地さんのお電話で間違いないでしょうか?」
思い掛けない場所からの電話だった。よくは知らないが住んでいる地域にある救急病院だったと思う。
「そうですが、何かあったのでしょうか」
仕事などしている場合ではない、娘が、詩織が事故に巻き込まれ、外傷はほとんどないが頭を強く打ったらしく意識不明の状態だという。
俄に信じられる話でもなく詐欺かとも考えたがとにかく病院へ急ぐしかない。
神でも仏でも何でもいい、娘を、詩織を助けてくれるなら何でもしよう。
自分で運転して病院まで行くのは危ないかもしれないと思いタクシーを捕まえた。意外に冷静でいる自分に驚く。そういえば神頼みなど初めてのことかもしれない。
だが病院が近付くにつれ、動悸は早まり頭はクラクラして吐き気を催しだした。
「先程お電話いただいた加地ですが、娘の容態は?」
「先生からお話があると思いますのであちらでお待ちいただけますか」
「娘はどうなんです?」
「申し訳ございませんが私はそれをお伝えする権利がないんです」
「権利などどうでもいい、娘が無事か知りたいだけなんだ」
「すぐに先生が来られますから、お待ちください」
「娘に会えますか?」
「それも先生からお聞きください」
「あなたは何のためにここにいるんだ!!」
「加地さん、落ち着いてください。申し訳ございませんが私は単なる事務員で医療に関することはお答えできないんです」
「そうですね。あなたに不平を言っても仕方なかった。すみません」
待合所で待つ時間がとても長く感じられた。
身体が微妙に震えているのが自分でもわかる。
万が一のことがあれば僕はどうすればいい?
事故に巻き込まれたと聞いたが痛くはなかったんだろうか?
ああ、顔が見たい、声が聴きたい、微笑んでほしい。
だけど悪い想像しかできない。
母親似の穏やかな笑顔を思うと涙が零れそうになる。
ダメだダメだ。詩織には僕しかいないんだからしっかりしないと。
「加地さんですね、主治医の坂本です」
「先生、詩織は?」
「電話でもお伝えしたと思うのですが、事故に巻き込まれたようですが外傷は擦り傷程度で骨折や内臓の腫れなども認められません。ただ頭を強く打たれたようで意識不明のままです。しかし、スキャン画像を見る限り脳に損傷は見受けられません。事故の時には往々にしてある現象なのですが今しばらく様子を見ないと何とも申せません」
「そうですか」
「今も完全に意識を喪失した状態が続いておりますがお会いになりますか?」
「もちろんです」
「ではこちらへどうぞ。不謹慎かもしれませんがまるで眠ってらっしゃるようですよ」
本当に眠っているようだった。苦悶の表情などはなく穏やかな寝顔だ。
「先生、詩織はいつ目覚めるのでしょうか?」
「現時点ではいつとは申せません。今日かもしれないし明日かもしれない。ずっと先になることも有り得ます。長期になることもお考えいただいた方がいいと思います」
「分かりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「それでは私はこれで。入院の手続きが必要になりますからお帰りになる時で結構ですので事務局にお立ち寄りください」
「はい。ありがとうございます」
穏やかな寝顔を見ていると大したことはなさそうだという思いが浮かぶが、そう安穏としていられるわけではないことも容易に想像がつく。
取り急ぎ入院となると着替えや身の回りの品々を用意しなければならないが、アウターはまだしも下着などに触れるのは無理かもしれない。
さてどうする? 会社の若い女性社員に頼もうか、それとも酒屋のマダムに頼もうか。母親的な年齢を考えるのならマダムだろうな。彼女なら任せても大丈夫だろうし。
わざわざ家に来てもらって荷造りしてもらうよりすべて新しい物を買い揃えた方がいいだろうか。その方が彼女の手間も少なくて済むだろうしな。
やはり一度家に戻るか、明日からの仕事の話もしないといけないしな。
詩織を護れるのは自分だけ。では護るにはどうすればいいか。
僕は一大決心をした。
つづく
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