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どうする? どうする?

 朝、目覚めたらまったく知らない部屋にいた。
 しかも素っ裸でベッドに寝ている。
 気付くと隣にも誰か寝ている。
 隣の人も素っ裸のようだ。
 顔を覗き込もうとしたら胸の膨らみが見えた。
 先っぽの干し葡萄も。
 どうやら女性と一つベッドで一夜を過ごしたようだ。

 この人は誰だろ?
 まったく記憶にない。
 若い頃なら一夜限りの経験もあるが、この歳になって僕はいったい何をやってるんだ?

 昨夜は久々に友人と飲みに出た。
 2軒目が終わった時点で友人とは別れたのだが、少し飲み足りない気がしたので1人で別の店へ行くことにした。
 元々知り合いの店だったのだが、店の名も店の設備もそのままにオーナーだけが変わっていたようだ。
 一瞬どうしようかと思ったけれど、1人だけ以前からの顔見知りの女性がいたからその店に落ち着いた。
 だが途中から記憶にない。その結果が今なのだろう。

『もう起きたの?』

『あぁおはようございます』

『他人行儀な挨拶ね』

『やっぱり昨夜?』

『しっかりと』

『何か粗相をやらかしませんでしたか?』

『粗相といえば生で中へ出しちゃったということかしら』

『強引に迫りましたか?』

『いいえ、私からお誘いしたのよ』

『それに応じた?』

『快くね』

『それで、あなたは「なかやま」の人?』

『以前のお客様だったそうね。私が今のオーナーで彩と申します』

『ここは彩さんのご自宅?』

『そうよ』

『どうしてこんなことに?』

『さっきもお伝えしたけど、私がお誘いしたの』

『どうして?』

『好きだからに決まってるじゃない』

『好き者なんですか?』

『失礼しちゃうわね』

『昨夜が初対面ですよね?』

『ビビビって来ちゃったの』

『そういうことですか。ところで昨夜のお支払いは?』

『きちんと払っていただきましたよ、少し多めにね』

『それは良かった。じゃあ僕はこれで失礼しますね』

『私を放って帰るつもりなの?』

『ここにいた方がいいですか?』

『どうせならもう一回、どう?』

『朝からですか?』

『私は問題ないわよ』

『そう言われれば僕も特に問題はないですけど』

『じゃあ決まりね、来て』

 最近身の回りに不思議なことばかりが起こる。
 彩さんとのこともそうなのだろうけれど、元を辿ればあの宝くじが当たってからだ。
 しかも七億。
 あれから人生が一変した。

 相当無駄遣いしても1人ではきっと使いきれない金額。
 老後の資金としても充分にお釣りが来る。
 だけどやたら友人が増えたり、親戚が度々連絡してきたり。
 どこから情報が漏れてんだって思うくらいに煩わしい。

『彩さん、腹減りませんか?』

『何かつくりましょうか?』

『外に食べに行きません?』

『どうして?』

『この部屋は濃密な空気で満たされてるでしょ?』

『そうかも』

『少し現実的な空気を吸わないと逃避してしまいそうで』

『女はいざ出かけるとなると少々の準備が必要なの』

『じゃあ何か買ってきますよ』

『そのまま逃げない?』

『僕が逃げるかもって心配してるんですか?』

『だってやっと巡り合えたのよ』

『逃げて欲しいですか?』

『いやよ』

『逃げたらどうします?』

『絶対追いかける』

『じゃあ逃げませんよ』

『どうして』

『追いかけられるの好きじゃないから』

『変な理屈ね』

 宝くじの当選が分かってすぐ弁護士に相談した。
 子供に生前贈与した場合いくらまで非課税なのかとか、孫や義理の娘には生前贈与ができるのかが知りたかった。
 あくまでC/Sなどの流動資産の話で、不動産など固定資産とはまた別のようだ。
 私がいくつまで生きるのかわからないけど、非課税で生前贈与できるのならそれに越したことはない。

 結果として、子供、その配偶者、孫への生前贈与の非課税枠は年間110万円と低い。
 子供夫婦と孫2人だと440万円までは非課税となるが、それぞれに渡したと証明できないとダメだそうで、一括で子供に渡して「分配しといてね」ではダメなんだそうだ。
 また、孫には教育資金として贈与する方法とか色々とあるようだから、今後の検討要だな。
 ただ、暦年贈与が一番無難なようだけど、年間500万円として1億贈与するのに20年もかかるんじゃ大変だな。
 ただしこれは僕がいつまで生きるかが大きな問題になるんだけど…………。

『僕が何かつくりましょうか』

『ねぇウーバーにしない?』

『その手もありですね』

『新鮮な空気ならベランダでもいいんでしょ?』

『実は出掛けるのも億劫なんですよ』

『じゃあそうしましょうよ』

『何食べます?』

『あなたと同じものでいいわ』

『分かりました』

『待ってる間に3回戦する?』

『食べてからにしましょうよって、またやるんですか?』

『私のことはいつ食べてもいいからね』

『はいはい』

『あなたのこともいつでも食べてあげるから』

『お好きなんですね』

『心からあなたのことがね』

 諸々の手続きを済ませ、老後に必要だと言われる倍の金額を残したとしても、有り余る金額を何に使うか考えてみた。

 投機目的以外に不動産はもう必要ない。
 元々趣味ではないが車も乗らなくなって最近はタクシーを使っている。
 せいぜい新しいパソコンが欲しいとか、スマホを買い替えようかとか、温泉にでも浸かって美味しいものが食いたいな程度のことしか思いつかない。

 貢がなければならないような推しもいなければ、女性もいない。
 基金でも作ってとも思ったが、最初に蓄えた基金が減るだけでいずれなくなるようなものではダメだろうとやめにした。

 服装? ユニクロと無印、ワークマンにしまむらで十分だろ。
 髪型? ハゲ親父にどうしろって?
 靴?  足元には拘りたいけど一足十万程度でしょ? 何足買うつもり?
 食事? ただでさえエンゲル係数高いのにさぁ。
 自分磨き? たわしかスポンジでいいんだろ?
 差し当たって使う道もないまま今日に至っている。

『どこがいいんですかこんなおっさん』

『実はお店のあなたをこっそり眺めてたの』

『いたんですね』

『すると女の子がみんなあなたの席へ行きたがるじゃない』

『昔からそうなんですよ』

『昔からいてくれるカナちゃんに聞いてもそう言ってたわ』

『僕も不思議に思って聞いたことがあるんです』

『そうなの?』

『まったく気を遣わなくていい休憩場所だそうです』

『初対面でも?』

『現に昨夜がそうだったんでしょ』

『そうよね。それで興味持っちゃって』

『そうだったんですね』

『気が付くと一緒にいたいと思うようになってたの』

『そんなことあるんですね』

『こんな感じ初めてなのよね』

『私に妻がいるとか、寝たきりの親がいるとか考えなかったのですか?』

『あなたと心か身体が繋がってたらそれでいいと思ったの』

『何にも知らないのにそんなに思えるものですか?』

『少なくとも身体は知ったけど考えは変わらないわ』

『そうですか、それじゃあ正直に打ち明けましょうか』

『緊張するわね』

『まず妻とは離婚済みで親はもういません』

『子供は?』

『一人いますけど成人して別の家庭を持ってます』

『セフレとか?』

『彼女も彼氏もいませんよ。もちろんセフレもね』

『ということはフリーじゃないの』

『そういうことになりますね』

『私もフリーよ』

『そりゃそうでしょ』

『祇園に一軒お店を持ってるのよ』

『だから?』

『スポンサーとかパトロンがいるかもしれないじゃない』

『そういうこともあるかもしれませんね』

『でもいないのよ』

『なんのアピールでしょ?』

『あなただけってことよ』

『マジかぁ』

『あなたにスポンサーなんて望んでいませんからね』

『そりゃよかった。まぁ望まれても無理ですけどね』

『逆に私が養ってあげたいくらいよ』

『つまりヒモ?』

『ううん、恋人』

『それでいいんですか?』

『少し不満もあるんだけどね』

『それは興味深い、どんなところがですか?』

 お金というのは使おうと思えばどれだけでも使えるのだろう。

 回転寿司を回らない寿司にするとか、高級な服を身にまとうとか、食材が時価と書かれたお店で食べるとか、ラーメンを食べるためだけに北海道や九州に飛行機で行くとか、などなど。
 発想が貧困なのは許されたい、俄か金持ちなんてこんなもんです。

 でも本当の贅沢ってそういうことじゃない気がするし、たくさん使うことが正しいとも思わない。
 自分の身の丈に応じた生活で充分だし、慣れないことはしない方がいいなって思ってしまうんだよね。

 別にチャレンジ精神がないわけじゃない。
 むしろどん底にあってもチャレンジするくらいだから旺盛な方だと思う。
 だけど、自分のために無駄に贅沢するとか、第三者のために金持ち面しようなどとは一切思わない。
 どんな状態であれ僕は僕。
 そう思って付き合ってくれる人がいてくれればそれが一番嬉しい。

『優しすぎるのよね』

『そうですか?』

『言葉遣いも丁寧じゃない』

『よく言われます』

『そこだけ距離を感じるのよね』

『だってさっきが初対面でしょ』

『そうなんだけど』

『慣れてくれば砕けた調子になりますから』

『それならもう少し荒々しい方がいいかな』

『メス豚、さっさと股開けやって感じ?』

『たまにはいいかも。でもちょっと違うかな』

『じゃあこんなのはどうですか?』

『えっ?』

『彩、今夜お前を抱くぞ』

『それいいわぁ』

『じゃあこの路線で行きますか?』

『あなたの言葉ならどんな路線でもいいわよ』

『色んなパターンを試したのは何だったんでしょうね』

『いいじゃないの楽しかったから』

『えっと、この流れだと僕たちは付き合うことになるんですよね』

『いきなり結婚でもいいわよ』

『まぁそれでもいいんですけどね』

『ホント?』

『ええ、でもお互いのこと何も知りませんからそこから始めませんか』

『身体は知ったし、ジュニアのサイズも分かったわよ。他に何が必要?』

『えっと、前半は事故のようなものです』

『確かに1回目は事故のようなものね。でも2回目は合意の上よね』

『あっはい、そうでうすね。じゃなくて、もっと基本的なことですよ』

『例えば?』

『名前とか』

『彩って言ったよね』

『年齢とか』

『女性にそれ聞く?』

『出身地とか』

『日本』

『ご両親のこととか』

『父親が二人に、母親が二人』

『えっとそれは?』

『事情があって生みの親と育ての親が別々なの』

『何かの保証人になってるとか』

『それはないわ』

『借金があるとか』

『健全経営してます』

『スリーサイズとか』

『実物見たでしょ?』

『初体験とか』

『昨夜あなたと』

『ずいぶん年が離れてると思うんですけど』

『愛し合ってれば関係ないわ』

『狐につままれたような気分なんですけど』

『そのままでいいんじゃない』

『お店は自己資金で?』

『頑張って貯めたのをほとんど吐き出したわ』

『年齢は』

『どうしても知りたい?』

『そうですね』

『アラサーってとこかな』

『僕はアラカンですよ』

『何か問題?』

『ダブルスコアですよ』

『だから?』

『我が子と変わらない』

『じゃあ今度紹介して』

『もう結婚してます』

『じゃなくて新しいお母さんとしてよ』

『ああそっち』

『なんて呼んでもらおうかな?』

『気が早いですよ』

『ママじゃお店と同じだし、母さん、マミー、彩ちゃんでもいいかな』

 お金の使い道はこれからも考えて行こうと心に決めた。
 今まで何も考えずに散々無駄遣いをしてきたのだから、そろそろ賢くならなくっちゃ。

 それにしても積極的で遣りての若い奥さんができるなんてなぁ。
 子供たちに叱られないかが心配。

『妄想中失礼します』

『なあに?』

『何か目的があるんですか?』

『目的?』

『普通は考えられない二人ですよね』

『普通がよく分からないけど、愛してるだけじゃダメなのかしら』

『愛してるだけじゃ飯は食えませんからね』

『そうね、若くして祇園にお店を持って、お客様にも恵まれて今はいい調子よ。お店を増やそうとか、もっと大きなお店にしようとか考えたこともあったけど、そういうことじゃないんだって気がしてね』

『う~ん』

『お仕事に汲々とするんじゃなくて、プライベートも充実させたいしね』

『それで僕?』

『何かご不満? 半分くらいの歳の女が、ベタ惚れで言い寄ってんのよ、もっと素直に喜んだら?』

『それが喜べないから困ってるんじゃないですか』

『どうして?』

『想像もしてなかった現実が目の前に起こってるからです』

『じゃあこれから考えればいいんじゃないの』

『そうなんですよね』

『ああもうじれったい、こっちいらっしゃい。やるわよ3回戦』

『朝ご飯は?』

『代わりに私を食べなさいよ』

『食べられるのは僕の方じゃ…………』

『なんか言った?』

おわり

KISS  /  Rock and Roll All nite

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