娘の帰宅

2024年3月14日 00:22

山間部の夕暮れは早い
まして天気が悪ければなおさらだ

こんな日に限って天気が悪いなんて
やっぱりあの子は私の娘ながらツキがない

都会で暮らす娘が夕方帰ってくることになった
昨夜突然電話を寄越し家に帰りたいと泣いていた
理由を訪ねても泣いてばかりでらちが明かない
結局とりあえず帰ってこいということにした

だから今こうしてバス停で娘の帰りを待っている
少し落ち着いてからでないと話も何もあったもんじゃないからな

娘の母、つまり私の妻は早くに身体を壊し、娘がまだ小さい頃に他界した
それからは父と娘で何とかやってきた
再婚を考えなくもなかったが、妻に先立たれ幼い娘を抱えた片田舎の男性に来てくれる女性などいるはずもなかった

もしそういう女性がいるとすれば、私に相当の資産があるか、相当に有益で広い交友関係があるか、相当にいいモノを持っているかだろうが、残念なことに私にはいずれも持ち合わせがなかった

娘が家事の手伝いをしてくれるようになってからは少し生活が上向いた
娘が家事のほとんどをしてくれるようになってからはさらに生活が上向いた

そして去年の春、高校を卒業と同時に就職口を求めて娘は都会へ旅立った

仕事先での競争が激しいらしく去年の盆も今年の正月も戻ってこなかったのに突然帰りたいなんてよほどツラいことがあったのかもしれない

ここは甘やかしてやるべきか、それとも仕事の大変さを説いてやるべきか
まぁそれもこれも話を聞いてからだな

ようお帰り
なんて格好してんだい

おかしい？

ゴスロリって言ったか？

父さんどうしてそんなこと知ってんのよ

ハハ　その成りは田舎じゃ目立つぞ

それ忘れてたよ

まあお前が気に入ってんのならいいんだけどな
それでいつまでいるんだ？

ずっといようかな
もう帰りたくないんだよね

そうか　じゃあしばらくのんびりすればいい

うん　そうさせてもらう

雨が強くなってきたな
急いで帰ろうか

父さん　ありがと

ん？

玄関の鍵を開けていると電話の音が聞こえた
今どき家に電話してくるヤツは誰だ？

もしもし藤枝です

四谷警察署の田所と申しますが、お嬢さんのことでお電話差し上げました

娘？　ここにいますから変わりましょうか？

はぁ？　そちらにいらっしゃる？　失礼ですがお嬢さんはお二人ですか？

いえ一人しかおりませんよ

実はお嬢さんらしき若い娘さんが亡くなった状態で発見されまして･･････

私の後ろにいたはずの娘

振り向けば

そこには立て掛けた二本の傘から

滴った小さな水溜まりがあるだけだった

完

文中の画は太夫からお借りしました　　ありがとうございます