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Bar ANRI

その店は住宅街の一角にあった。
外観はほとんど民家と変わらない。
が、一歩店に足を踏み入れるとまったく違う世界が広がっている。
店の名は『Bar ANRI』。
マスターが若い頃に好きだったポップシンガーの名前だそうだ。
だけど BGM は静かな Jazz が流れている。

店の入り口近くから奥に向ってカウンターが続く。

一番奥のカウンターに一人で飲んでる美人がいた。


「あちらのお客様から」

「あらそう」

俺に向けた会釈で一気に持ってかれた。


「見たところお一人のようなので一緒に飲みませんか」

「私を誘ってんの?」

「簡単に言えばそういうことです」

「私が今なにを飲んでるか分かる?」

「カクテルですね」

「ベースは?」

「一口いただいていいですか?」

「どうぞ」


「ジンベースですね」

「ウォッカよ」

「そうでしたか?」

「じゃあもう一杯、マスターあれお願い」


「これのベースは?」

「テキーラですか?」

「これがジンベースね」

「難しいものですね」

「こういうカクテルをメインに扱ってるお店ではね、何がベースなのか、何と何が合わさってキレイな色や不思議な色、味になるのかを考えるのが楽しいのよ。もう少し勉強してから出直してきなさい」


こてんぱんにやられた。
だから俺は必死になって学んだ。
カクテルバーでバイトもした。
そしてそれなりに自信がついた頃、もう一度あの店を訪れてみた。
彼女は相変わらずカウンターの一番奥で一人で飲んでいる。


「ご無沙汰してます。もう一度テストお願いします」

「あらあなた勉強してきたのね。いいわよ、マスターあれとあれお願い」


「このカクテルのベースは何?」

「これはラムですね」

「正解。じゃあこれは?」

「これに正解したら一緒に飲んでもらえますか?」

「いいわよ、でも一緒に飲むだけね」

「それ以上は望んじゃダメってことですね」

「そうね私、人のモノになっちゃったからぁ」

「ご結婚されたんですか」

「そうなの、少し遅かったわね」

「おめでとうございます」

「ありがと」

「どんなお相手なんですか」

「あそこにいる人」

「えっマスター?」

「そうなっちゃったのよね、ゴメンねぇ」

「今夜はジャンジャン飲みましょう」

「とことん付き合うわよ」


それから2杯目のテストにも合格し、しこたま飲むことになった。
最後にはほとんど意識もなくなるほどに飲み続けた。
もちろん、売り上げに貢献したことも付しておこう。

DUKE ELLINGTON & JOHN COLTRANE / In A Sentimental Mood

賑やかし帯はいつきちゃん、作中の色っぽいお姉さん画はKeiです。
ありがと。


#Bar_ANRI #DUKE_ELLINGTON_and_JOHN_COLTRANE #In_A_Sentimental_Mood #Kei