古事記百景 その二十五
大国主の試練
故隨詔命而。
参到須佐之男命之御所者。
其女須勢理毘売出見。
為目合而。
相婚。
還入。
白其父。
言甚麗神來。
爾其大神出見而。
告此者謂之葦原色許男。
即喚入而。
令寢其蛇室。
於是其妻須勢理毘売命。
以蛇比禮授其夫云。…自比以下二字以音…
其蛇将咋。
以此比禮三擧打撥。
故如教者。
蛇自靜故。
平寢出之。
亦來日夜者。
入呉公興蜂室。
且授呉公蜂之比禮。
教如先故。
平出之。
亦鳴鏑射入大野之中。
令採其矢。
故入其野時。
即以火廻焼其野。
於是不知所出之間。
鼠來云。
内者富良富良外者須夫須夫如此言故。…自良上四字須下四字以音…
蹈其処者。
落隠入之間。
火者焼過。
爾其鼠咋持其鳴鏑出來而。
奉也。
其矢羽者。
其鼠子等皆喫也。
於是其妻須世理毘売者。
持喪具而。
哭來。
其父大神者。
思已死訖。
出立其野。
爾持其矢以奉之時。
率入家而。
喚入八田間大室而。
令取其頭之虱。
故爾見其頭者。
呉公多在。
於是其妻。
以牟久木實興赤土。
授其夫故。
咋破其木實。
含赤土。
唾出者。
其大神。
以為咋破呉公。
唾出而。
於心思愛而。
寢。
爾握其神之髮。
其室毎椽結著而。
五百引石。
取塞其室戸。
負其妻須世理毘売。
即取持其大神之生大刀興生弓矢。
及其天詔琴而。
逃出之時。
其天詔琴拂樹而。
地動鳴。
故其所寢大神。
聞驚而。
引仆其室。
然解結椽髮之間。
遠逃。
故爾追至黄泉比良坂。
遙望。
呼謂大穴牟遲神曰。
其汝所持之生大刀生弓矢以而。
汝庶兄弟者。
追伏坂之御尾。
亦追撥河之瀬而。
意禮為大国主神。…自意以下二字以音…
亦為宇都志国玉神而。
其我之女須世理毘売。
為嫡妻而。
於宇迦能山之山本。…自迦以下三字以音…
於底津石根。
宮柱布刀斯理於高天原。…自布以下四字以音…
氷椽多迦斯理而居。…自多以下四字以音…
是奴也。
故持其大刀弓。
追避其八十神之時。
毎坂御尾追伏。
毎河瀬追撥。
始作国也。
大穴牟遅神は根堅州国に辿り着き、須勢理毘売と巡り合います。
そしてお二方は見つめ合い惹かれあい、そしてご結婚されます。
須勢理毘売は、
『見目麗しい神がいらっしゃいました』
と父神の須佐之男命にお伝えになります。
須佐之男命は大穴牟遅神をご覧になり、
『こいつは葦原色許男だ』
と仰いました。
大穴牟遅神を迎え入れられた須佐之男命は、その夜を蛇の室で寝させようとされます。
それを知った妻の須勢理毘売命は夫に蛇比礼を授け、
『蛇が噛もうとしてきたら、この比礼を三度振ってください。そうすると蛇は静かになります』
と仰いました。
そのお陰で大穴牟遅神は、ぐっすり眠ることができたのでした。
次の日の夜は呉公と蜂の室で寝るように言われます。
しかし妻が授けた蜂比礼で、ぐっすり眠ることができたのでした。
また他の日には鳴鏑を野に射込み、その矢を取って来るように大穴牟遅神にお命じになります。
大穴牟遅神が矢を拾うために野に入っていくと、須佐之男命は野に火を放ち、大穴牟遅神は火に囲まれてしまいます。
脱出するための場所が見つけられない大穴牟遅神が途方に暮れていると、一匹の鼠が現れ、
『内は富良ゝゝ、外は須夫ゝゝ』
と言います。
大穴牟遅神は言われた通りに地面を力強く踏みつけます。
すると地面に穴が開き、その中に隠れることで、火の難を逃れることができました。
鳴鏑の矢も鼠が見つけて持ってきてくれたのですが、その矢の羽は子鼠がすべて齧ってしまったのだとか。
夫が火に焼かれ亡くなったと思っている妻の須勢理毘売は、葬儀の道具を持ち嘆き悲しんでいます。
須佐之男命も死んだものと思っていたのですが、鳴鏑の矢を持つ大穴牟遅神が立っているのを見つけたのでした。
須佐之男命は大穴牟遅神を家に連れ帰り、八田間大室に招き入れ、頭の虱を取るように命じます。
大穴牟遅神は虱を取ろうとしますが、頭にあるのは多くの呉公でした。
ですが、この時も妻が助けてくれます。
妻は牟久の木実と赤土を夫に与え、
『木実を噛み砕き、赤土を口に含んで同時に唾き出せば、父神はあなたが呉公を嚙み殺していると思うでしょう』
と指示されます。
そしてその通りに思った父神は、心地良くなり眠ってしまうのでした。
好機の到来でしょうか。
大穴牟遅神は須佐之男命の髪を室の太い柱に結わい付け、五百もの人で引かなければならない大きな石で室戸を塞ぎ、妻の須勢理毘売を背負い、大神の持ち物である生大刀と生弓矢と天沼琴を持ち、逃げ出そうとします。
しかしその時、天沼琴が樹に触れ地が揺れ動くほどの大きな音が鳴りました。
須佐之男命は驚き目を覚まされますが、髪が太い柱に結び付けられているためにすぐには動くことができません。
家そのものを引き倒すほどの勢いで追いかけようとしますが、太い柱に結び付けられた髪を解くのに手間取り、大穴牟遅神と須勢理毘売は遠くへ逃げてしまっています。
黄泉比良坂まで追いかけた須佐之男命は遥に望む大穴牟遅神に対し、
『お前が持つその生大刀と生弓矢をもって、お前の兄弟たちを山の尾根であろうと、河の瀬であろうと追い払ってしまえ。そして大国主神と名乗り、また宇都志国玉神となり、我が娘の須勢理毘売を正妻とし、宇迦の山に土台のしっかりした柱を立て、高天原に千木が届くほどの立派な宮を建てるのだぞ、この奴め』
と仰いました。
大国主神は生大刀と生弓矢をもって、八十神を山の尾根であろうと、河の瀬であろうと追い払ってしまわれ、ご自分の領地を得られます。
そしてこれが大国主神の国造りの始まりです。
※須佐之男命は根堅州国にいらっしゃるようです。櫛名田比売と須賀の宮は
どうされたのでしょうね。
※葦原色許男の「シコ」を日本書紀では「醜い」という字を使っています
が、シコオは醜い男、つまり不細工という意味ではなく、力強い男性とい
う意味合いが強いと解釈しています。
※蛇比礼とは十種神宝 (とくさのかんだから) の一つで、なぜ須勢理毘売命が
これを持っているのかは不明です。
※比礼とは白い織物で女性が首に掛ける、現代のスカーフのようなものと理
解してください。
※呉公は百足のことです。
※蜂比礼とは十種神宝の一つで、蛇比礼同様なぜ須勢理毘売命がこれを持っ
ているのかは不明です。使い方は蛇比礼と同じで、三度振ることで呉公と
蜂が大人しくなるという物です。
※鳴鏑とは穴を開けた鏑が先端に付いた矢のことで、飛ばすと大きな音がす
るようです。
※「内は富良ゝゝ、外は須夫ゝゝ」は「内はほらほら、外はすぶすぶ」と読
むようです。意味はどうやら足元の地面の下は空洞(ほら)になっている
から踏み抜けるぞと鼠が教えてくれているようです。すぶすぶは入り口は
狭いが内側は広いということのようです。
※八田間大室とは大きな部屋ということです。
※牟久は椋のことです。
※赤土は「はに」と読みますが、赤土です。
※生大刀と生弓矢とは生命力に溢れる太刀と弓矢のことのようです。
※天沼琴とは美しい立派な琴のことだと言われています。
※須佐之男命が大穴牟遅神に行った様々な試しは、娘を取られてしまうこと
の嫌がらせでしょうか、それとも娘の夫は立派な存在であってほしいと思
う故の試しでしょうか。あなたはどちらだと思いますか?
※様々な試練に耐えてきた大穴牟遅神は、どうして逃げる必要があったので
しょうか。
※宇迦の山とは出雲大社北東の御埼山のことです。
※「この奴め」とは親しみを込めた「この野郎」程度のことでしょう。
「太安万侶です。ゲストは大穴牟遅君と須勢理さんです。大穴牟遅君、なかなか大変でしたね」
「妻のお陰で、問題なくクリアですよ。それよりせっかく名を貰ったのですから、大国主と読んでください」
「須佐之男君の仕打ちはどう感じましたか?」
「突然、娘が結婚しましたと、どこの誰とも知れない夫を連れてきて、引き合わせられたら、どんな父親でも腹が立つでしょうね」
「親の立場からすれば、驚きますよね」
「私が思うに、妻の前ではなかなか言い難いですけど、そもそも、蛇の部屋や百足や蜂の部屋が既にあったり、それに対処できるアイテムが用意されていたりと、過去にも試しを受けた者がいたのではないのかと」
「冷静な分析ですね」
「須勢理さんはどう思われますか?」
「夫と一緒になれて良かったと思っていますよ」
「それは過去にも同じようなことがあって、その方とは上手くいかなかったということですか?」
「そういうことの一つや二つ、どなたにもあることでしょ?」
「父上のことは?」
「あの方は昔からあんな感じですから。私より安万侶さんの方がお付き合いは長いでしょうから、よくご存じだと思うのですが」
「私も良く知っていますが、イベント好きで、他の方と比べるのが好きで、ホントに昔から変わらないですね」
「大国主君、君の行動で理解できないことが一つあるんだけど聞かせてくれるかな?」
「義理の父から結婚したとはいえ、娘を攫ったということですか?」
「違うよ」
「生大刀と生弓矢と天沼琴を盗んだってことですか?」
「違うよ」
「えっ? 何が聞きたいんです?」
「どうして須佐之男君が寝た隙を衝いて逃げ出したのかということだよ」
「ああそれ、妻と相談した結果です」
「どういうこと?」
「これからも試しは続くよって妻に耳打ちされたんです。だから、辛抱強く試しを受け続けるか、どこかのタイミングで逃げるかだねって話してたんです」
「そういうことですか。それで試しを受けるより、逃げることを選んだということかな?」
「その言い方、傷付くなあ」
「ごめん、ごめん。でも最後は須佐之男君も認めてくれていたような感じだったけど」
「娘は攫われるわ、大事な物は盗まれるわ、おまけに不可抗力とはいえ、家も潰れそうになるわと、義理の父は散々な目に遭われた訳ですけど、新しい名前と温かい言葉をいただきました。感謝しかありません。まあ、新しい名前は一つで良かったんですけどね」
「何でもやりすぎるのが須佐之男君だね」
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古事記百景 その三 古事記百景 その四
古事記百景 その五 古事記百景 その六
古事記百景 その七 古事記百景 その八
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古事記百景 その十五 古事記百景 その十六
古事記百景 その十七 古事記百景 その十八
古事記百景 その十九 古事記百景 その二十
古事記百景 その二十一 古事記百景 その二十
古事記百景 その二十三 古事記百景 その二十四
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