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お山登りは 過酷な故に 道連れなければ つらすぎる
二千二十二年 一月
はじめに
この書を手に取っていただいたあなたは、なんと御奇特な方なのでしょう。どうもありがとうございます。
なんと、シリーズ八作目ですが、まだまだ続く予定です。
ですが、前作同様、この書には悪者は出てきません。
殺人などの物騒な事件も起こりません。
詐欺などのややこしい事件も起こりません。
そこには日常の神や仏がいらっしゃるだけです。
今回は、竹本がどうして神や仏の姿が見えたり、神や仏の声が聞こえるようになったのか、そのきっかけとなるお話しです。
どうぞ、お楽しみください。
また、この書は、神や仏を中心に書かれています。
神や仏のことには余り詳しくないんだという方々のために、神となった背景や係わった歴史の一場面などが書かれています。
場面は京都ですから観光案内書のような一面も併せ持っています。
また、この本の特徴として情景描写がほとんどありません。
会話が主です。
読まれた方が想像していただければ、それぞれの世界が広がるはずです。
神や仏に決まりきった世界は必要ないと私は考えています。
それでは、真面目だったり、ぶっ飛んでいたり、お転婆だったり、悩みを抱えていたりする神や仏の姿をご覧ください。
そして、それぞれの世界で神や仏と戯れてください。
気分転換
ここには私が知る限りの事実や不実が書かれています。
どうか鵜呑みにされませんように。
新しい年が明けた。
今年は何か変化があるのだろうか?
いつもと同じように仕事をして、いつもと同じように生活をし、いつもと同じように年老いていく。
そんな平凡な人生が送りたくて、今日まで過ごしてきたわけではないが、いつの間にかつまらない人生を送るようになってしまった。
なかなか現状を打破することは難しいだろうが、少し嫌なこともあったから、気分転換に大好きな神社巡りでもするか。
京都に住んでいると、神社や寺院に関することでは、迷うことはあっても退屈することがない。
さて、どこをお参りしようか。
色々と考えていたんだけど、急にお稲荷さんに詣でてみたくなった。
我が町には稲荷神社の総本宮・伏見稲荷大社がある。
『衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリ』と崇められており、全国津々浦々から広く信仰されているそうだ。
御利益は五穀豊穣、商売繁昌、病気平癒、仕事運、学業成就、産業興隆、交通安全、芸能上達など諸願成就があるらしいのだが、農業をやっている訳でもなく、商売をやっている訳でもなく、芸能活動をしている訳でもない。
学業などはとっくの昔に終わっているし、病気を患っている訳でもない。
仕事は現在無職だから、いい仕事が見つかるかもしれないな。
産業興隆とあるのだから、この際商売でも初めて見るか?
今すぐ関係があるとすれば交通安全か。
ずいぶん平凡な御利益だけど、思い立ったのだから仕方ないよな。
安産祈願などもあるようだけど、自分には関係ないし。
御利益なんか気にせずに、どんどん行ってみようか。
お正月の賑わいは全国屈指だといわれており、一月とはいえ半ばを過ぎた頃だから、狙い目かもしれないな。
二月の初午大祭には、また相当の参詣者があるだろうから、今のうちだぞ。
以前に参拝した時も、確か平日だったと思うのだけれど、結構な人出だったと覚えているし、稲荷山を一周して、クタクタになってしまった記憶がある。
それでも出掛けたくなるのは何故なんだろうな。
まあいいか、疲れるほど頑張って歩いたら気分も変わるだろう。
エピソードあれこれ
山城国風土記によると、この社の創建には渡来人の秦氏が深く関わっているのだけれど、稲作で裕福だった伊侶具という秦氏の遠い祖先が、餅を的にして矢を射っていたら、その餅が白鳥になって飛び立ち、稲荷山に下りてそこに稲がなったとか。
イネナリからイナリになったらしいんだけど、餅が白鳥になったとは考えにくく、伝説や神話としても少し陳腐に感じてしまう。
もう少しほかのエピソードは作れなかったのだろうか。
まさか、本当にあったとは思えないしな。
稲荷山に稲荷大神がご鎮座されたのは、和銅四年(七一一)二月初午の日というから、京へ都が遷る前に既にあったことになる。
初午大祭の所以はここにあるのか。
初午といえば『今昔物語』に稲荷社のこんなエピソードが書かれている。
参詣者も多く混雑を極める初午の日に、女房持ちの近衛舎人が友人たちと弁当や酒を持ち寄り稲荷詣でと洒落込む。
この女房持ち女癖が悪く、人混みを掻き分け掻き分け、下ノ社を通り過ぎ、雑踏や混雑の中でも好みの女性を懸命に探し、中ノ社に差し掛かる頃、とうとう美しい着物を着飾った艶かしい一人の女性を見付ける。
ただし当時の女性は市女笠を被り、枲の垂れ衣を下げているから、好みかどうかは分からないはずなのだが。
仲間の舎人は傘の下の顔を覗き込んだり、軽口をたたきながら通り過ぎたのだが、彼だけはよほど気になったのか近寄っていき、あろうことか、多くの参詣者がいるのもお構いなしで、勢い込んで口説きにかかる。
だが、つれない素振りの女性。
「そのように口説かれましても、奥方がおられる方の言葉など、どうして本気にできるのです」
剛を煮やした舎人は女房と別れてあなたと一緒になりたいと言い出す始末。
「ええ、妻はおります。しかし心の卑しい猿顔の女なのです。なんでこんな女と結婚したのかと、後悔しない日はありません。いつも別れようとは思うのですが、着物の繕いや家事を行ってくれる者がいなくなるのが不便で、ついつい先延ばしにしている始末です。あなたのような方が妻となっていただけるのなら、早々にそちらに移ろうと思います」
勝手な言い分ですね。
この女性も同じような反応です。
「よくもそのような戯言を」
「神社におりますのに、どうして嘘偽りが申せましょう。これぞ大神様の御加護か、このような奇瑞に巡り会うことになろうとは、参拝に訪れた甲斐がありました。ところで、あなたは独身ですか? どこにお住まいです?」
「今は決まった殿御もございませんから、新しいご縁でもあればとこのお社にご参詣に伺ったのです」
ふむふむ。
「それほどに、私のことを好ましいとお思いなら、住まいを教えてしまいたいような気になってしまいます。いえ、これは行きずりの方の言葉を真に受けて、はしたないことを申しました。どうぞお気になさらず、先にお行きください」
もう一押しと思った舎人は、
「そのようなことを仰ってくださるな、これからあなたと共にお宅へ伺いましょう。もうわが家へは戻りませんぞ」
その時、当の女性が豹変する。
舎人を平手打ちにし、その場だけでなく職場でも笑い者にしてしまう。
この女性こそが、この舎人の女房だったというオチなのだが、平安時代から老若男女が挙って参詣に訪れた様子が窺える逸話である。
また、清少納言が記した『枕草子』の中にも初午の話が書かれている。
「中ノ社に差し掛かる頃にはもう苦しくて、何とか上ノ社まで登りたいと思っていると、四十歳くらいの普段着のご婦人が申されるに『今日は七度参りのつもりです。もう三度巡りましたからあと四度くらいは何でもありませんよ』と告げて先へ進んでいかれる様を眺めては、大変羨ましくなりました」とある。
『大鏡』には、稲荷社に参詣に来たものの余りに疲れすぎて、その日のうちに帰れなかったというエピソードが書かれている。
お山登りは昔も今も、慣れていないと大変な苦労が伴うものだということだな。
もう少しエピソードを続けよう。
稲荷社には『しるしの杉』なるエピソードがある。
稲荷社に参詣すれば杉の小枝をいただいて身体のどこかに付けることが広く知れ渡っていたようで、熊野詣が流行っていた頃には往き帰りに稲荷社に参詣する習わしもあったようだ。
『平治物語』には、平清盛が熊野詣の途次、京からの早馬で三条殿が夜討ちされ、御所が焼け落ちたとの知らせを受ける。
清盛は急いで京へ戻ろうとするが、このような緊急時でも『まず稲荷社に参り、各々杉の枝を折って、鎧の袖にさして六波羅へ駆けつけるぞ』と記されている。
いくら霊験あらたかだとしても、もう少し急いだほうが良かったのじゃないかと思うのは私だけだろうか。
また、しるしの杉に関する和歌が残っている。
『きさらぎや けふ初午のしるしとて 稲荷の杉は もとつ葉もなし』
初午に参詣したしるしとして、大勢の人々が杉の小枝を採っていくものだから、すっかりなくなってしまったという意味で、それほどに信仰と結びついて人気があったということだろう。
また、天皇の体調が優れないのは、東寺(教王護国寺)の五重塔を建立するために、稲荷山の樹を無断で刈った祟りだという占い結果もあったらしく、伏見稲荷大社には従五位下という位階が授けられる。
以後、稲荷社と東寺の関係が続くことになる。
今もなお、稲荷祭では御旅所から東寺域内に並ぶお神輿と行列に対し、東寺の僧侶による「東寺神供」が授けられ、それから伏見の本宮へ向かうそうだ。
伏見稲荷大社
伏見稲荷大社は商売の神として、全国から信仰を集めている。
朱の鳥居がズラッと並ぶ千本鳥居は画像が思い浮かぶほどに有名だ。
また背後に控える稲荷山は全体が神域とされる。
稲荷山全体で見ると万を超える鳥居があるというから驚きだ。
その稲荷山は東山三十六峰の最南端に位置する、海抜二三三メートルの三つの峰からなる霊峰。
かつては古墳で、三つの峰それぞれに円墳が確認されており、山中には夥しい数の神蹟や塚、鳥居がある。
応仁の乱で焼失する前は山中にいくつものお社があったが再建はされず、現在は神蹟地として残り親塚が建てられた。
親塚の神名は古くからその名前で伝わっているとされ、
一ノ峰(上之社神蹟) 末広大神
二ノ峰(中之社神蹟) 青木大神
三ノ峰(下之社神蹟) 白菊大神
荒神峰(田中社神蹟) 権太夫大神
間ノ峰(荷田社神蹟) 伊勢大神
が祀られており本殿に祀られる五柱の神名とは異なる。
何故そうなのかは不明らしい。
少し話を戻すが、東山三十六峰とは京都盆地の東側にある南北十二キロメートルにも及ぶ三十六の山々の総称をいう。
面白いことに、洛中から見て山頂が確認できない山は含まれないらしい。
稲荷山は最南端だけど最北端は比叡山というから、正に洛中の東面の端から端までって感じだ。
ここでは列記しないが、当然のことながらそれぞれの山に名称があり、登り口もある。
また、近年では京都一周トレイルの東山コースが初心者向きらしく人気のようだ。
トレイルって何だ? と思われた方、説明しよう。
そもそもトレイルとは原野や森林、里山などの道を歩く速さで移動し、歴史や文化、風景を堪能する贅沢な旅を指すようだ。
ついでに健康増進にもつながるが、決して無理はしないように。
それぞれに細かいルールなどもあるようだから、一度調べてから出掛けるのがお薦めだ。
話を戻そう。
伏見稲荷大社は、京阪電鉄京都線の伏見稲荷駅からなら徒歩五分、JR奈良線の稲荷駅なら目の前に参道が通じる。
私はJRを利用し稲荷駅に降り立った。
帰りは京阪を利用してみよう。
駅を出て驚いたのが平日の昼前だというのに結構な人出だ。
やはり超が付くほどの有名な観光地は違うということか?
まずは楼門を潜って本殿へ向かおう。
楼門は豊臣秀吉が造ったといわれている。
この楼門は日本全国に現存する楼門の中でも最大規模のものらしい。
また両脇には仁王像ではなく右大臣・左大臣の随身像が阿吽行で安置されている。
楼門手前両脇には狛犬ならぬ狛狐が同じく阿吽行で迎えてくれる。
本殿は流造だが応仁の乱で消失し、三十数年後に再興されたものだ。
こういうところに参拝に訪れると色々調べたりもするから結構物知りになったりする。
しかもここは見所も多く、歴史も古いから調べる内容も多岐に渡り、すべてを覚えるのは至難の技だ。
トピックスやエピソードが多過ぎるんだな。
まるで観光案内書のようになっているが、しばしご辛抱いただきたい。
伏見稲荷大社には二つの拝殿がある。
その一つの外拝殿の周囲に吊るされた十二基の鉄製灯篭には、黄道十二宮の透かし彫りが見られとても珍しい。
これは神仏習合時の密教の影響を示すものと考えられる。
黄道十二宮とは黄道上にある十三星座のうち、へびつかい座を除く十二宮が十二星座と対応する形でそれぞれ定められているものをいう。
また密教でも、それぞれに対応する十二宮が定められている。
![](https://assets.st-note.com/img/1690086071650-0c2NvVpS6j.png)
もう一つの拝殿は本殿前の内拝殿になる。
やっと本殿に到着した。
まだ本殿かよともいえる。
ここから先の方が遥かに長いんだけどなあ。
お稲荷さんの特徴は全国に三万社以上もあるのに、御祭神がイマイチ有名ではないこと。
ここでは五柱が祀られているけれど見たことのない名前もあるから驚きだ。(前に来た時も同じ印象を持ったような気が……。)
本殿は、上社・中社・下社に別れ、摂社の二社を合わせ五社が一宇相殿に奉祀されている。
簡単に言えば一つの建物の中に五つの部屋があって、そのそれぞれに神が祀られているということだ。
それでは五柱の神々を紹介しよう。
稲荷三神の主は宇迦之御魂大神。
下社、中央座に鎮座。
摂社を含めた五柱の主祭神で、記紀にも登場する穀物の女神。
『古事記』では宇迦之御魂神と表記し素戔嗚尊の二番目の妻・神大市比売との間に誕生する。
一方『日本書紀』では倉稲魂命と表記し伊弉諾尊と伊弉冉尊の間に食物の神として誕生する。
次は佐田彦大神。
中社、北座に鎮座。
神道の神で稲荷三神の一柱。
記紀に登場する猿田彦神の別名とする説がある。
その証拠に室町時代の『二十二社註式』の伏見稲荷の条では『上社(当時)。猿田彦神。三千世界の地主神とは是れなり。』と明記されている。
佐田彦が猿田彦だとすると『出雲国風土記』では大国主命の命を救った𧏛貝比売の子であるとされ、琵琶湖の中の赤い鳥居で有名(?)な白髭神社の主祭神であり、妻は天岩戸の前で踊りを披露した天宇受売命とされる。
稲荷三神のもう一柱は大宮能売大神。
上社、南座に鎮座。
彼女も神道の神。
『延喜式神名帳』と『古語拾遺』では大宮売神と表記される。
宮殿の平安を守る女神。
神々の調整役というところか?
記紀には登場しないが『古語拾遺』に太玉命の子として登場する。
調整役の能力は高いらしく天皇守護の八神の一柱の女神である。
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