ドライマティーニ
相変わらず暇な店だ
だけどそれも悪くない
服装はいつものダークグレイのテーラードジャケットに白いシャツ
黒の革の細身のパンツとモンクストラップの革靴
静かに流れる MJQ* の音が心地いい
Milt Jackson の奏でる Vibraphone の音色は最高だ
だけど一応仕事中だから寛いでばかりもいられない
こんな暇な日は久しぶりに丸氷でもつくろうか
そういえばあの日も丸氷をつくりかけてたんだっけ
そう、丸氷といえば
ボンベイ・サファイアが好きだった彼女
この店で再会した後
しばらくはお互いを貪るように付き合った
だけど所詮学生バイトと一度も働いたことのない専業主婦だった二人
年齢的にも彼女が少し上だったからか
価値観がどんどんズレていくのを感じた
結局彼女が田舎へ帰ることになり
あっさりと二人の関係は終わった
彼女の新しい人生が楽しいものであったらいいのになとマジで思う
ドアチャイムがカランと鳴った
僕は反射的に上目遣いにドアの方を向き
片頬に笑みを浮かべながら「いらっしゃいませ」と囁いた
そこにはおよそこの店の雰囲気には似合わない
派手な服装の若い女性がドアを背にたたずんでいた
僕は仕方ないからもう一度「いらっしゃいませ」とつぶやいた
すこし甲高い彼女の声が聞こえた
「えっと、このお店やってる?」
「そうですね、開店休業の状態ですけどね」
「ここってお酒飲めるんだよね?」
「昼間はカフェですけど、夜はバーですから」
「思いっきりドライにしたマティーニってお酒ある?」
「まずはお座りになりませんか」
「ああ、そうね」
「ジンがお好きなんですか?」
「どうして?」
「ご注文から推察しまして」
「そうなんだ」
「以前にマティーニを飲まれたことは?」
「実は初めてなんだ、この間聞いたんだけど思いきりドライにしたマティーニが美味しく飲めれば一人前だって」
「ではマティーニがどういうものかもご存じない?」
「ハハハ」
「ご説明は?」
「一応聞いておこうかな」
「かしこまりました。では」
「つまりお客様のご注文はジンの比率が高いマティーニということになります」
「なるほど、それでジンが好きか聞いたのね」
「さらにご説明しますと・・・」
「お客様のご注文は双方ともドライでということになるのですが生憎ドライベルモットは当店では扱っておりませんのでご希望には沿えないかもしれません」
「そうなの?」
「思い切りドライにしたマティーニはという意味では」
「どういうこと?」
「ドライの意味はご存知ですか?」
「ウエットとかドライのドライだよね?」
「一般的にはそうですが、お酒の世界ではアルコール分が高めで糖分を低くした辛口という意味になります。つまりお客様のご注文は極力アルコール分を高くして甘みを抑えた辛口のマティーニということなんです」
「つまりその薬品のようなお酒は材料が揃わないのでできないってことね」
「ほとんど需要がございませんので」
「じゃあ何でもいいからまずは一杯飲ませてくれないかなぁ」
「何がよろしいですか?」
「普通のドライマティーニはダメかなぁ」
「かしこまりました」
それから彼女はドライマティーニを手始めにガブガブとカクテルを飲んでいる
「ずいぶんお強いですね」
「ある一定ラインを超えるまではね。そのライン越えちゃうと溶けるようにドロドロになっちゃうんだ。だからそれまでは飲む」
「無理に飲まなくてもいいんじゃないですか」
「そうね。あなたのことが知りたくなってきたから」
「はぁ?」
「私は灯っていうんだけど良かったら今夜私と付き合わない?」
「付き合う?」
「今夜はそんな気分なんだ」
「僕で良ければ」
「その僕がいいんだよ」
「それはどうも」
「思いっきり乱れようね」
こうして今夜も耽てゆくのです
彼女が飲み終わるのはいつになるのか
そしてその先に待ってるのは…… ムフフ
実はこの話の続きだったりします⇩⇩
上の話「Secret Room」の元はこちら⇩⇩
さらにこの話の続きだったりもします⇩⇩
*MJQはThe Modern Jazz Quartetの略です。
最後に登場した、少し艶かしいお嬢さんの画は、スズムラさまよりお借りしました。
太夫、ありがとうございます。
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