メイドの土産(一)
独居老人になって久しいが今までは何不自由なく自分でやってきた。
ところが今年、何もないところで転倒して骨折・入院してから何かと不自由が生じるようになった。
見るに見かねた子供たちが家政婦さんを雇ってくれた。
といっても結局のところ支払いは私がするのだが。
今日はその家政婦さんがくる初日だそうだ。
どんなおばちゃんが来るのか、なんとなく楽しみにしていたのだが、現れたのはうら若きお嬢さん。
しかもウエイトレスさんのような格好をしている。後で聞いたところによるとメイド服というらしい。
さらに驚いたのが住み込みという。聞いてないよ?
慌てて子供に連絡をとったのだが、「言ってなかったっけ?」で済まされた。
まぁ部屋は余ってるから問題ないといえば問題ないのだが。
住み込みとなると何かと不都合が、いや私が不都合を起こさないのかが心配だ。
勤務条件や支払い条件などを話し合い、とりあえずお試しで数日ということになった。
年寄りにありがちな緊急事態については、家にいる限り、早朝でも深夜でも対応してくれることになった。これが一番ありがたいかもしれないが、きっと家事だけのおばちゃん家政婦よりは高いんだろうなぁ。
「今日ぐらいはゆっくりしてください」と言ったのだけど、のんびりできない性分らしく、さっそく働き始めたから驚いた。
さらに驚いたのが私のことを「ご主人様」と呼ぶ。「確かに私は雇い主だけどさすがにご主人様はどうかな?」と問うと、メイド服ではご主人様と呼ぶのが通例らしい。
通例と言われてしまえば、私だけ強硬に反対するのもおかしいからご主人様と呼ばれることを受け入れた。すると不思議なことにご主人様と呼ばれる度にウキウキしてしまうのだから魔法の言葉みたいだ。
彼女はとても手際が良い。家事全般は言うに及ばず、そのほかのことにも細やかな気遣いを見せる。
死んだ女房もそんな人だった。いつも丁寧な家事を心掛ける人だった。お嬢様として育ったからおっとりしていたのも一因かもしれないが、ある日の夕食を作るのに、6時間をかけたことがあった。確かに丁寧に作られた感じがしたし、何より美味しかったのだが、ちょっと段取り悪過ぎないかと (言えなかったけど) 思ったものだ。
それに比べるわけではないが、鮮やかな手際の良さを見せられるとすごいと思ってしまう。料理のバリエーションも広く、味も好みに近い。
申し分のないメイドさんなのだが、私の下着の横に彼女の下着が干してある時はちょっとドキドキしてしまった。女性の下着を見ることがそもそも久しぶりで、しかもうら若きお嬢さんの下着とくればドキドキしない方がおかしい。
ここはちょっと注意した方がいいと思ったのだが、注意すれば絶対部屋干しにするとかになるだろう。するともう拝めな…………いや、ここは私が認めてあげよう。洗濯物は太陽の元で干した方がいいに決まっている。そう、私が気にしなければいいだけだ。
ということでお試し期間も終わり、双方が納得して本契約することとなった。
ある日のこと、知人が入院したとの知らせを受けて病院へ見舞いに行った。
階段を転げ落ちて複雑骨折だということだ。これは退院してからもリハビリやら何やらで大変だなと思ったものだ。
その日の夕方、そんな話をしながら彼女と夕食を共にしていた時、 (ちなみに、誰かが尋ねてこない限り、食事は一緒に摂ることにした。その方が効率がいいし、何より誰かと一緒に摂る食事はそれだけで旨い) ふと気になって尋ねて見た。
「たとえば怪我などをして一人でお風呂に入れないとかだと介助はお願いできるのだろうか?」
「全然問題ありませんよ。全身くまなく洗って差し上げますわ」という返事だった。
それから数日、怪我をするような場面はないだろうかと真剣に探したのはご愛嬌としていただきたい。もちろん彼女には内緒だ。
そうそう、私は膝が悪いので、1階を居住スペースとしている。我が家の2階・3階はほぼ使うことがないので、そのうちの一室を彼女に使ってもらっている。
彼女の名は麻里亜、これまたメイド服によく似合う名だが、履歴書にもそう書かれているから間違いないのだろう。マリアというがまるで菩薩さまのような人だと思っている。
いきなり始まったうら若きメイドとの同居生活。
これからどんなことが起こるのか、どんなことを仕出かしてしまうのか。
楽しみや恥かしさや情けなさを味わうことになるのだが、それは今後のお話しとしよう。
これ続くのかなぁ…………。