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オビ小説 第二弾 2024.07.

2024年7月の『オビ小説』は、『斎藤さんと中島くん』をお届けします。

♂『今時間ある?』

♀『ええ』

♂『突然で悪いんだけど俺と付き合ってくれないか』

♀『えっ それってどういう?』

♂『どういうって言われても、軽いノリで言ったわけじゃないんだけどな』

♀『本格的にってことですか?』

♂『急ぐんだよ』

♀『急ぐ?』

♂『時間あるんだよね?』

♀『はい』

♂『じゃあついてきて』

♀『はい?』

先を歩く同級生の男性を追いかけるように小走りに進む瑞稀。

♀『あの〜ちゃんと説明を』

♂『なくなっちゃうんだよ』

♀『なくなる? 何が?』

♂『購買のパン』

♀『それとどんな関係が?』

♂『うちの購買一人一つしか買えないじゃん』

♀『そうなの?』

♂『一つでは腹が減るんだよね』

♀『それで?』

♂『だから一つ買ってほしくて』

♀『私が?』

♂『お金は俺が出すから』

♀『そのために急いでるの?』

♂『そう』

♀『わかった』

♂『悪いね』

♀『で、私は何を買えばいいの?』

♂『任せる 君の好みでいいよ』

♀『だって食べるの中島くんだよね』

♂『僕はなんでも食べるから』

♀『じゃあ甘いの買っちゃお』

♂『よろしく。これお金』

♀『はいはい』

無事二つのパンをゲットした中島寛也は大喜びなのでした。


♂『斎藤さんありがとう』

♀『いつもこんな感じなの?』

♂『今朝は寝坊して朝飯食いっぱぐれてさ』

♀『いいこと考えた』

♂『どうしたの?』

♀『中島くん、教室まで一緒に来て。それからそのパン一つ私にちょうだい』

♂『えっどうして?』

♀『その代わり私のお弁当あげるから』

♂『そんなの悪いよ』

♀『パン一つよりお弁当の方がお腹も膨れると思うんだけどなぁ』

♂『でもなぁ』

♀『私もたまにはお昼ご飯に菓子パンもいいかなって思ったんだけどな』

♂『ほんとにいいの?』

♀『私が言い出したんだからいいんだよ』

♂『ありがてぇ』

♀『江戸っ子かよ?』

♂『マジ感謝だわ〜』

♀『一応女子のお弁当だから量はそんなに多くないよ。それから作ってくれるのはお母さんだから味の好みはわかんないよ』

♂『学校でおふくろの味が食えんのか?』

♀『中島くんのお母さんじゃないけどね』

♂『俺おふくろいないからさ』

♀『あっごめん、知らなくて』

♂『いいんだ喜びの方が大きいから』

♀『週に一度くらいなら交換してもいいよ』

♂『毎週おふくろの味が食えるのか? そんなに幸せなことってこの世にあるんだな』

♀『それ聞いたらお母さん喜ぶよ』

無事に寛也の菓子パンと瑞稀のお弁当を交換した昼食が終わった。


♂『斎藤さん』

♀『瑞稀でいいよ』

♂『じゃあ俺のことも寛也でいいから』

♀『うん』

♂『ちょっと聞くけど、この弁当箱って瑞稀専用?』

♀『そうだよ』

♂『お箸もだよね?』

♀『そうだけど?』

♂『食べ終わるまで気づかなかったけど、俺が口にして良かったのかなって』

♀『あっ、え~っ、キッ、キレイに洗ってあるから、き、気にしないで』

♂『すまん、早く気が付けばよかった。もし次があるなら箸くらい用意するから』

♀『いいよこっちで用意するから』

♂『でも』

♀『どうせ一度カバンに入れたらずっとそのまんまになるんでしょ? お母さんのお弁当食べてお腹でも壊されたらイヤだからさ』

♂『悪いな』

♀『大丈夫だよ』

それから週に1〜2度、瑞稀のお弁当と菓子パンを交換することが続いたのでした。


母『瑞稀にもやっと彼氏ができたのかい?』

娘『そんなんじゃないってば』

母『彼氏でもない男の子と弁当とパンの交換してるのかい?』

娘『乗り掛かった舟っていうか、そういうことになるのかな?』

母『その子はハンサムなの?』

娘『それは好みによるかな』

母『瑞稀はどう思うんだい?』

娘『悪くないと思うよ』

母『それなら一度家に連れておいで』

娘『連れてくる理由がないよ』

母『母さんは元栄養士だからさ、ちゃんと食べてない子の話をされると何とかしないとと思ってしまうんだよ』

娘『だからご飯ご馳走してあげるって?』

母『母さんがおふくろの味でな』

娘『まだそんなに親しくないんだってば』

母『弁当交換はどれくらいの頻度でやってるんだい?』

娘『週に1回か2回』

母『はは〜ん分かったぞ。キレイに弁当箱が洗ってある日がその子の食べた日で、洗ってない日が瑞稀の食べた日だな。こりゃあ娘の育て方を間違えたかもしれないな』

娘『あちゃ~藪蛇だぁ』

母『それじゃあその回数を増やそう』

娘『え?』

母『いやそれより彼専用の弁当をつくろう』

娘『どういうこと?』

母『弁当なんて一つ作るも二つ作るも同じだってことだよ』

娘『そんなことしたら疑われちゃうよ』

母『元栄養士の母親からって言えばいい』

娘『それは逆に気の毒に思ってるってことにならない?』

母『それでもいいんだよ』

娘『どうしてそこまでこだわるのよ』

母『今は母さんの料理を褒めてくれる人はそんなにいないんだよ。数少ない新しいファンを逃してたまるか』

娘『さすが元栄養士こだわるところが違う』

母『瑞稀出掛けるよ』

娘『どこへ?』

母『彼の弁当箱買いにだよ』

お母さんと一緒に近所の大型スーパーへ行く。
彼氏ではないはずだけど、特定の人を思って買い物するのって何だか楽しい。

母『母さんはこの弁当箱で勝負する。瑞稀はどうやって届けるかで勝負だな』

娘『勝負って何よ。母さんからって言えばいいんでしょ』


翌日から瑞稀は二人分の弁当を持って学校へ行くことになった。

♀『寛也くん、お母さんが寛也くん専用のお弁当作ったから持って行けって』

♂『俺専用?』

♀『時々お弁当とパンを交換してるの昨日お母さんに話したんだ』

♂『えっ怒られた?』

♀『その逆。お母さん元栄養士でね、新しく自分の料理を食べてくれる人を探してたんだって』

♂『それって実験的な?』

♀『それはこのお弁当を食べればわかるでしょ、ハイどうぞ』

♂『ホントにいいの? お金は?』

♀『それは分かんないからお母さんに聞いてみれば?』

♂『瑞稀のお母さんに会ったこともないんだぜ』

♀『だから一度ご飯食べにおいでって言ってたよ』

♂『なんか緊張するなぁ』

♀『夕方の早い時間ならだいたい私とお母さんだけ。お兄ちゃんがいるけどいつ帰るのかわからないし、お父さんはもっと遅いし』

♂『じゃあ今度の金曜でいいかな』

♀『多分いいけど、どうして金曜日?』

♂『次の日は弁当がないから食い溜めできないかなって』

♀『ハハハ、それもお母さんに伝えておくね』

♂『言わなくていいし』


以前から、菓子パンと弁当を交換しているところを複数人に目撃されており噂になっていたのが、今日からは交換ではなく弁当を渡すだけとなる。
二人は付き合ってるのと聞かれるのは当然のことだろう。

女1『ねえ瑞稀、中島くんと付き合ってんの?』

女2『付き合ってなきゃお弁当なんか作ってこないよね』

女3『いつから? 最近だよね?』

女4『どこが良かったのよ〜』

女5『結構イケメンだしね~』

矢継ぎ早のクラスメートからの質問に何一つ答えられない瑞稀。

『付き合ってるって言ってもいいのかなぁ』

返答に困った瑞稀は本人に聞いてみることにしたのでした。


♀『寛也くん、放課後時間ある? 話したいことがあるんだ』

♂『いいよ、途中まで一緒に帰るか』

♀『そうだね』

♂『どんな話かちょっとだけ聞ける?』

♀『その時に話すよ』


そして放課後

♀『寛也くんにお弁当渡してるのがクラスで噂になっちゃって、迷惑してない?』

♂『母の愛に飢えた狼が羊の差し出す弁当食ってるって?』

♀『そんな話しになってるの?』

♂『他にも噂話はあるみたいだけど気にしなくていいよ』

♀『迷惑じゃないのね?』

♂『全然』

♀『もう一つ大事な話があるんだけどいいかな?』

♂『問題ないよ、どうぞ』

♀『あの時寛也くんが私になんて言ったか覚えてる?』

♂『あの時って?』

♀『最初に購買のパンを買った時のこと』

♂『ああ覚えてるよ』

♀『言ってみて』

♂『今時間ある?』

♀『うん、それは正解ね。ではその続き』

♂『突然で悪いんだけど』

♀『うん、それも正解ね。ではその続き』

♂『俺と付き合ってくれないか』

♀『うん、問題はそこ』

♂『何が問題なんだ?』

♀『寛也くんは廊下で暇そうな私を見て、購買のパンを買いに行くのに付き合ってもらおうと声を掛けたんだよね?』

♂『ほぼ正解だな』

♀『だったら俺と付き合ってくれじゃなくて、俺に付き合ってくれじゃないの?』

♂『ほぼ正解だな』

♀『ほぼって何よ』

♂『瑞稀の話には足りない部分があるってことだよ』

♀『足りない部分?』

♂『俺が瑞稀を好きだってとこが抜けてるよ』

♀『えっ?』

♂『もう一度言おうか?』

♀『いやいい』

♂『どうした?』

♀『サラッと大胆なことを言うんだなって思って』

♂『もう一度言おうか?』

♀『絶対もう一度聞きたい時が来ると思うからそん時まで取っておくの』

♂『何度でも言えるぞ』

♀『ということはこうなることを予測してたってこと?』

♂『予測とまでは行かないけど、こうなればいいなとは思ってた。
あの時は、目的と手段がたまたま一致したということだな』

♀『ということは私は告白されて返事してないってことになるよね』

♂『全然急いでないけどな』

♀『でもけじめはつけないとね』

♂『ちょっとおっかねぇな』

♀『ちょいちょい江戸っ子だよね』

♂『からかうなよ』

♀『では真面目に』

♂『おう』

♀『不束者ですがよろしくお願いいたします』

♂『それってガチなヤツじゃん』

♀『寛也はガチじゃねぇのかい?』

♂『ホンマモンかよ』

♀『あたしゃ江戸っ子じゃねえよ』

♂『ハハ。で、なんて返せばいい?』

♀『自分で考えなさいよ』

♂『引き受けました。これでいいか?』

♀『いいんじゃないの?』

こうして二人はめでたくお付き合いをすることになったのです。
さてお次は瑞稀の家でおふくろの味を堪能………となりますでしょうか?


ある日の斎藤家

母『お父さん、瑞稀に彼氏ができたんだって』

父『それはめでたいな』

兄『ただいま』

母『ああ巧、お帰り』

父『巧は聞いてるのか?』

兄『なんの話?』

父『瑞稀に彼氏ができたそうだ』

兄『ああそういえば僕にも好きな人と好いてくれる人ができた』

父『一度に二人もか?』

兄『違う一人』

母『でも好きな人と好いてくれる人って』

兄『同一人物』

父『そういうのは両思いとか、好きあってるとか、相思相愛っていうんじゃないのか?』

母『で、どんな子だい?』

父『一応確認するけど女の子なんだよな?』

兄『そうだと思う』

母『確かめたわけじゃないのね』

兄『間違いないと思う』

父『見たわけじゃないんだな』

兄『うんまだ』

母『この頃は見ただけじゃ分からない子もいるらしいわよ』

父『聞いたわけでもないんだな』

兄『でも女性だよ』

父『別にお前の趣味嗜好を疑ってるわけじゃないんだけど、どうして言い切れる』

兄『僕が好きになったから』

父『それはちょっと根拠が薄弱だな』

母『一度家に連れておいで』

兄『それはいいけど』

母『今度の金曜、瑞稀が彼氏を連れてくるんだけど巧も彼女を連れてこれない?』

父『母さん、それいいな。では俺も有休を取ろう』

母『父さん、何考えてんですか』

俄然賑やかになりそうな金曜日。
普段なら父・母・兄・妹の4人家族に、兄の彼女と妹の彼氏が参戦。
さて、どうなりますことやら…………。