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古事記百景 その三十二
天孫降臨
故爾詔天津日子番能邇邇芸命而。
離天之石位。
押分天之八重多那…此二字以音…
雲而。
伊都能知和岐知和岐弖於天浮橋。…自伊以下十字以音…
宇岐士摩理。
蘇理多多斯弖。…自宇以下十一字亦以音…
天降坐于竺紫日向之。
高千穂之久士布流多氣。…自久以下六字以音…
故爾天忍日命。
天津久米命二人。
取負天之石靫。
取佩頭椎之大刀。
取持天之波士弓。
手挾天之眞鹿児矢。
立御前而。
仕奉。
故其天忍日命。(此者大伴連等之祖。)
天津久米命。(此者久米直等之祖也。)
於是詔之此地者向韓国眞來通笠紗之御前而朝日之直刺国。
夕日之日照国也。
故此地甚吉地詔而。
於底津石根。
宮柱布斗斯理。
於高天原。
氷椽多迦斯理而坐也。
故爾詔天宇受売命。
此立御前所仕奉。
猨田毘古大神者。
専所顯申之汝。
送奉。
亦其神御名者。
汝負仕奉。
是以猨女君等。
負其猨田毘古之男神名而。
女呼猨女君之事是也。
故其猨田毘古神坐阿邪訶時。…自阿以下三字以音地名…
為漁而。
於比良夫貝。…自比至夫以音…
其手見咋合而。
沈溺海塩。
故其沈居底之時名。
謂底度久御魂。…度久二字以音…
其海水之都夫多都時名。
謂都夫多都御魂。…自都下四字以音…
其阿和佐久時名。
謂阿和佐久御魂。…自阿至久以音…
於是送猨田毘古神而。
還到。
乃悉追聚鰭廣物鰭狭物以。
問言汝者天神御子仕奉耶之時。
諸魚。
皆仕奉白之中。
海鼠不白。
爾天宇受売命。
謂海鼠云。
此口乎。
不答之口而。
以紐小刀。
拆其口。
故於今海鼠口拆也。
是以御世。
嶋之速贄獻之時。
給猨女君等也。
天津日子番能邇ゝ芸命(略:邇々芸命)は天之石位を離れ、天の八重の多那雲を押し分け、稜威の道別き道別きて、天の浮橋にうきしまりそりたたして、竺紫の日向の高千穂の久士布流多気に天降りました。
天忍日命と天津久米命の二柱の神は、天の石靭を取り負い、頭椎の大刀を取り佩き、天の波士弓を取り持ち、天の真鹿児矢を手挟み、御前に立ちお仕え申しました。
その天忍日命は大伴連らの祖、また天津久米命は久米直らの祖です。
邇々芸命は、
『この地は韓国に向かい、笠沙の御前を真っ直ぐに通り、朝日が直接照る国であり、夕日の照る国であるから、ここはとても良い土地だ』
と仰せになり、地の底に達するほどの深いところから太い宮柱を立て、高天原に届くほどに高く千木を掲げた宮殿をお造りになり、そこのお住まいになりました。
邇々芸命は天宇受売命に、
『私を先導しこの地に導いてくれた猿田毘古大神は、最初に声を掛けたそなたが送ってあげなさい。また、その神の名はそなたが受け継ぎなさい』
と仰せになりました。
このことに由来して、天宇受売命の子孫は猿田毘古の男神の名から一字受け継ぎ、猿女の君と言われるようになりました。
その猿田毘古神は阿耶訶で漁をしていた時、比良夫貝に手を挟まれ、海に沈み溺れてしまいました。
その時の海底に沈んでおられる時の名を底度久御魂と言い、海水に粒々と泡が立つ時の名を都夫多都御魂といい、泡が海面で弾ける時の名を阿和佐久御魂といいます。
猿田毘古神を送り、戻って来てから、大小様々な魚どもをことごとく集め、
『お前たちは天の神の御子にお仕え申し上げますか?』
と問い、魚どもは皆
『お仕え申し上げます』
と答えましたが、その中で海鼠だけが返事をしませんでした。
天宇受売命は海鼠に対し、
『この口が答えない口か』
と言い、小刀でその口を切り裂いてしまいました。それ故に今でも海鼠の口は裂けているのです。
したがって御世ごとの島の速贄が献上される時、猿女の君らに下されることになったのです。
※天之石位とは高天原にある神の座と言われています。
※天の八重の多那雲とは八重に重なるたなびく雲のことのようです。
※「稜威の道別き道別きて」とは「堂々と道を選び」の意です。
※天の浮橋とは国生みの時に伊邪那岐と伊邪那美が天の沼矛で海水をかき回
したところです。
※うきしまりの語意は不明とされています。どなたかご存じありませんか?
※そりたたしてとはすっと立ってという意のようです。
※竺紫の日向の高千穂とは九州・宮崎の高千穂説と鹿児島の霧島説がある
が、場所の特定はされていません。
※久士布流多気とは高千穂にある山の名とされていますが、所在は確定され
ていません。ただし、宮崎県高千穂町のくしふる峰の中腹に槵觸(くしふ
る)神社があります。
※石靭とは矢を入れておく道具のことです。
※頭椎の大刀とは柄の頭が握り拳のようになっている太刀のことです。
※波士弓とハゼの木で作った弓だと言われています。
※真鹿児矢とは鹿児が輝くの意を持つことから、真に輝く矢となるようで
す。
※韓国とは古代朝鮮のことです。
※笠沙の御前とは鹿児島県河辺郡の岬のことだと言われており、現在は南さ
つま市笠沙町の野間岬と言われています。ただし、宮崎県延岡市にある高
千穂峡近くの愛宕山の古い名が笠沙山と言われており、笠沙御前顕彰碑が
立っています。
※阿耶訶は三重県松阪市にあり、猿田彦(猿田毘古)神を祀る阿射加(あさ
か)神社がある。
※比良夫貝とは毛の生えた貝の怪物であるとする一方で、生物学者の南方熊
楠もタイラギではないかと仰っていたりします。
※底度久御魂とは猿田毘古神の別名でで海底に沈んでいた時の名です。
※都夫多都御魂とは猿田毘古神の別名で吐き出した息が海水中に粒々と泡が
上って行く時の名です。
※阿和佐久御魂とは猿田毘古神の別名で海面で泡が弾ける時の名です。
※島の速贄とは志摩の国から献上される初物の海産物のことです。
「太安万侶です。天忍日命と天津久米命と猿田毘古神をお呼びしました。まずは天忍日命と天津久米命の二柱の神、お役目ご苦労様でしたね」
「そんなに大層なことではないよ」
「物々しい恰好でしたよ、まるで戦に行くような」
「地上は平定したとはいえ、まだまだ物騒だと聞いていたからね。一応の備えだよ」
「それに御子が動かれれるのだから、それなりに威儀を正す必要もあった訳さ」
「ここだけの話だけど、子守りも大変なんだよ」
「くれぐれもここだけの話にしといてよね」
「新しい宮の住み心地はいかがですか」
「高天原とは比ぶべくもないけど、それなりには快適だよ。そうだよな?」
「そうですね」
「お二人に上下関係があるんですか」
「そりゃああんた、大伴の方が久米よりは上でしょ」
「ということは天津久米命の方が肩身の狭い思いをされているとか」
「我々は組織の一員ですから、上下関係があるのは当然ですし、不自由することはあっても、肩身の狭い思いをすることはありません」
「不自由することがあるのか?」
「会合などの後片付けが遅くなると、食堂での食事が摂れないこともあります」
「なるほど、頭に留めておこう」
「恐れ入ります」
「それではお待たせしました、猿田毘古神です。災難でしたね」
「災難と言えばいいのか、漁をしていたのだから自業自得と言えばいいのか」
「それにしてもご活躍でしたのに残念ですね」
「活躍というほどには活躍してないけれど、ご一行の先導を務めさせていただいたことは生涯の誉れになりましたね」
「それ故に結末が哀れと言いますか」
「私の名が歴史に残っただけでも満足だよ」
「海で溺れられた時に、新たに三つの名を持ちましたよね」
「あれは私が何かを言った訳ではなくて、勝手にそうなっていたんだから、与り知らないことなんだ」
「なるほど、そうでしたか」
「お世話になった天宇受売命はお元気ですか?」
「ずっとお会いしていませんが、お元気だと風の便りに聞きましたよ」
「そうですか、それは良かった。私の名の一部が彼女に引き継がれているのですものね」
「一部であっても、それほどに名は大事なものなのでしょうか」
「それはそうでしょ。名が廃るとか、名を上げるとか、とかく名については皆さん五月蝿いのじゃないでしょうか。今はそんなこともないようだけど、昔は姓 (かばね) を賜ったりしましたから。賜る姓によっては位が上がったり、逆に怒りを買うととんでもない名を賜ったりしますから」
「古事記とは無縁の話ですが、和気清麻呂 (わけのきよまろ) 公が称徳天皇の怒りを買い、別部穢麻呂 (わけべのきたなまろ) と強制的に改名させられたことがありましたね」
「有名な話しなんですか?」
「そうですね、弓削の道鏡を天皇にするために、仕組まれたはずの宇佐八幡宮の神託だったのが、清麻呂公によって違う神託が下された訳ですからね」
「天皇に逆らってまで、日本国を守ろうとしたわけでしょ? それなのにひどい仕打ちですね」
「清麻呂公には申し訳ないのですが、あそこで筋書き通りに道鏡が天皇にでもなっていたら、この国はどうなっていたか分かりませんからね」
「名が持つ恐ろしさをまざまざと知らされた気分ですね」
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古事記百景 その一 古事記百景 その二
古事記百景 その三 古事記百景 その四
古事記百景 その五 古事記百景 その六
古事記百景 その七 古事記百景 その八
古事記百景 その九 古事記百景 その十
古事記百景 その十一 古事記百景 その十二
古事記百景 その十三 古事記百景 その十四
古事記百景 その十五 古事記百景 その十六
古事記百景 その十七 古事記百景 その十八
古事記百景 その十九 古事記百景 その二十
古事記百景 その二十一 古事記百景 その二十二
古事記百景 その二十三 古事記百景 その二十四
古事記百景 その二十五 古事記百景 その二十六
古事記百景 その二十七 古事記百景 その二十八
古事記百景 その二十九 古事記百景 その三十
古事記百景 その三十一
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