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姪っ子物語 番外編1
俺たちに子供が産まれた。
それを知った皆はあちこちからお節介にもこの名がいいと言ってきた。
画数がいいとか、字面がいいとか。
そんなのはどうでもいいと思っていたが、親になると不思議なものでそういうことも気になってしまう。
そして名前提出の期限が迫る。
相変わらずこの名がいいとか、こんな名前どう? などと外野がうるさい。
結局俺たちは二人の結晶なのだから愛と名付けた。
名前を付けてしまうと誰からも反発はなく、それ以上に愛としか思えなくなるから不思議だ。
最初からその名をもって産まれてきたようにさえ思えてしまう。
これで莉子さんもばばあ、アッ間違った、ばあばとなった。
もう襲われることもないだろう。
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それから3年が過ぎた。
愛娘の愛はいつも元気いっぱいで一時も大人しくしてない。
そしてある時、電池が切れたように動かなくなる。
全力で遊ぶことはいいことだが、もう少し静かに遊ぶことを覚えてもいいのではないかといつも思ってしまう。
今日も今日とて朝も早くから家の中を走り回っている。
「おじさま、愛お願い」
「任せろ」
「愛、パパとお話ししませんか?」
「愛ちゃんは、じっとしてるのキライでしゅ」
「愛が動き回るからママが疲れたってさ」
「愛ちゃんは大丈夫でしゅ」
「そうなの? 元気だねぇ」
「ハイ」
そう言い捨てて走り去った。
しばらく家の中を走り回ってると急にソファーに倒れ込む。
電池切れのようだ。
ようやく家の中に静寂が訪れた。
ソファーにちゃんと寝かせ、タオルケットを掛けてやる。
パパって柄でもねぇんだが、パパはお前のこと愛してるぜ。
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その日の夕方、愛が神妙な面持ちで俺のところへやってきた。
「愛ちゃんはパパに聞きたいことがありましゅ」
「なんだ? 難しいことはわかんねぇぞ」
「ママはパパのことをおじしゃまって呼ぶのはどうして?」
「ママに聞いたか?」
「ハイ」
「なんて言ってた?」
「最初からだって」
「確かに間違っちゃいねえな」
「愛もおじしゃまと呼ぶ方がいい?」
「いや、パパでいいぞ」
「ママはおじしゃまと呼ぶのに愛ちゃんはパパと呼ぶの。どうして?」
「莉子さんわかるか?」
「ばあば」
「パパはママより先に莉子さんと知り合ったんだ」
「知り合い?」
「隣のうちに犬がいるだろ? ほらこの間愛の顔をペロペロしてただろ」
「うん、タロちゃん」
「愛とタロちゃんみたいな感じかな」
「エッばあばがパパをペロペロしてたの?」
「ちょっと表現がよくねぇな」
「じゃあパパがばあばをペロペロ?」
「そういう間柄じゃねえんだ」
「ん?」
「知り合いってのは顔と名前だけじゃなくて、その人がどんな人か知ってるってことなんだ」
「じゃあ愛ちゃんとパパも知り合い?」
「愛とパパは親子」
「愛ちゃんとママは?」
「それも親子」
「パパとママは?」
「夫婦ってんだ」
「ママとばあばは?」
「親子」
「愛ちゃんとパパと一緒?」
「愛のママはミクだろ?」
「うん」
「ミクのママが莉子さん」
「愛ちゃんとタロちゃんは?」
「知り合い」
「タロちゃんは人じゃなくて犬だよ」
スルドイ。
「それでも知り合い?」
「人とか犬とか猫とか、近くにいてよく知ってるのを知り合いって言うんだよ多分」
「ふ~ん」
「それで、莉子さんの娘のミクからすると俺はおじさまになるんだよ」
「よくわかりましぇん」
「莉子さんの知り合いの男の人はママにはおじさまになるんだよ」
「じゃあお肉屋さんのおっちゃんはどうなるの?」
「おっちゃんとおじさまは同じだよ」
「そうなの?」
「仲良しか?」
「誰がでしゅか?」
「ママと肉屋のおじさま」
「ハイ、いつもオマケしてもらってましゅよ」
「それだけか?」
「それだけ?」
俺は何を考えてんだ?
ミクに限ってそんなことはねぇだろうに。
これは嫉妬か?
この俺が?
「パパ?」
「他にママの仲良しさんは?」
「野菜屋さんのお兄ちゃん」
「仲良しか?」
「この前人参くれました」
「馬かよ」
待てよ、馬並みってことか?
もうそんなとこまで?
んなわけあるか。
なんだ俺、ミクにベタ惚れか?
「パパ?」
「その人デカいのか?」
「えっとそんなに大きくない」
「見たのか?」
「だって立ってるよ」
「立ってるの見たのか?」
「ハイ、いつも店の前に立ってるもん」
「そっちかぁ」
「どっち?」
ヤベェ、ヤベェぞ俺。
「いいか愛よく聞けよ」
「ハイ」
「男の人はおじさまかお兄さん、女の人はおばさまかお姉さんって言うんだ」
「どこで別れるでしゅか?」
「細かいことは愛がもう少し大きくなってからにしようか」
「どうして?」
「パパが説明できねぇ」
「難しいでしゅか?」
「そうだな、だから今のところは男の人は若いと思ったらお兄さん、若くないなと思ったらおじさまでいい」
「女の人もそうでしゅか?」
「それが少し違うんだなぁ」
「違うんでしゅか?」
「若いと思ったらお姉さん。これはそのままでいい」
「ハイ」
「問題は若くないと思った時だ」
「ハイ?」
「若くないと思う女の人の中にはおばさんと言われることがイヤな人もいるんだが、それは言ってみないと分からない」
「どうするんでしゅか?」
「行き当たりバッタリだ」
「愛ちゃん倒れるんでしゅか?」
「愛の考えでいいということだ」
「そうなの?」
「中には『おばさまじゃなくてお姉さまね』と言う面倒な女の人がいるかもしれないけど、それは覚えるしかない」
「覚える?」
「愛には愛という名があるように、この女の人はおばさん、こっちの女の人はお姉さんって具合いに覚えるしかないな」
「みんなお姉さんじゃダメなの?」
「それはそれでなぁ…………。まぁ愛の思うようにやってみればいい」
子供に物事を説明するのは難しい。
語彙力のなさを痛感する。
こりゃ近い将来娘にバカにされるかもしれねぇな。
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数日後の朝。
「愛、愛ちゃん、もう少し静かにしてくれると助かるんだけどなぁ」
「パパも一緒に走りましゅか?」
「パパは家の中では走らねぇよ」
「愛は走ってましゅよ」
「そうだな。だからパパからのお願いなんだけど、走るのはお昼からにしないか?」
「イヤでしゅ」
「じゃあお昼まではパパと静かに遊ぶとかではどうだ?」
「パパと何をして遊びましゅか?」
「例えばテレビを見るとか本を読むとか、ゲームをするとか」
「あまり面白くないでしゅ」
「それならこんなのはどうだ? ちょっとおいで」
俺は愛を両足の間に挟んだ。
「さあここから抜け出してごらん」
愛はバタバタもがきながらもなかなか抜け出せないでいた。
「パパ出られません」
「もう少し頑張ってみ」
相変わらずバタバタもがきながらもなんとか抜けだした。
そして……………
「パパ、も1回でしゅ」
しまった。気に入った遊びは飽きるまでやらされるのを忘れてた。
おわり
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あいみょん / 愛の花
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賑やかし帯はいつきちゃんです。ありがと。