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「湘南の散歩屋さん」という試み~新しい世界を見つけるために~

今年10月、ひょんなことから「湘南の散歩屋さん」を始めることになり、慌ただしく3ヶ月が過ぎていった。

これが今年最後の記事になると思うが、僕が「湘南の散歩屋さん」に込めている割と真面目な思いを書いておこうと思う。

「湘南の散歩屋さん」では、「ただ歩くために歩く」をテーマに、参加者の皆さんと、ただ歩くために歩く会(湘南を歩く人)を開いてきた。
目的を持たず、歩くことそのものを目的として歩くという、ある意味で無意味に見える会を、7回も開かせていただいた。

たくさんの方と出会い、歩き、対話させていただき、本当に良い経験をさせていただいたと思っている。この場を借りて、感謝申し上げたい。

「歩くために歩く」イベントなんて、世界でもこんなことをやっているのはおそらく僕一人だと思う。健康のためのウォーキングや、名所散策など、大体のイベントは歩くこと以外の目的を持つことが多い。

歩くことが移動だけでなく、身体にもたらす効果はかなり大きいから、とても目立つ。そして大体にして人は、目立つことにばかり注意を向けてしまい、その背景や土の中にある本当に大事なものを見ることは少ない。

「歩くために歩く」というのは、現象としては目立たないが、実は現象を引き起こす起因となっている土の中で起きていることそのものを感じて、目を向けてほしい、という僕からのメッセージでもある。

僕にとって「湘南の散歩屋さん」というのは、1つの大きな試みだと思っている。
〇〇屋さんという言葉のイメージからくるビジネス、商売という側面よりも、実はアートとしての側面を強く持っている試み。

アートとは、高額で取引される絵や彫刻などのモノだけを指すのではないと思う。
僕はアートを「この世界の中に新しい世界を発見する試み」と捉えたい。
そしてアーティストは「新しい世界を見つけることに人生を捧げる人たち」だと。

僕たちは、本当にいまの社会、世の中、現実の中でしか、生きることが出来ないのだろうか。
どこか不安で、息苦しく、常に競争に晒されて、誰かと比較して生きねばならない世界。そんな辛い世界しか、本当に存在しないのだろうか。

「ある」と言いたいのならば、それを見つけなければならない。
言葉や概念だけで「ある」というのは余りに無責任だし、そうした言説ばかりいくら流行っても、現実は何も変わって行かないということを、僕たちはもう何十年も見続けてきた。

僕は「ある」と言いたい。
だから僕には、この現実の隙間を見つけて、入り込んだ先に新しい世界を、新しい現実を見つける責任がある。僕はそれを引き受ける覚悟で「湘南の散歩屋さん」をやっている。少しだけ怖いと思うこともあるけれども、偶然だとしても僕にそういう役目が回ってきたのだから、これは僕がやらなければならない仕事なのだろう。

「湘南の散歩屋さん」は、僕にとっての「新しい世界を発見するための試み」を、僕に出来る形で具体化したイベントで、僕はこれまでずっとそれを探していたようにも思う。
今年になってようやく少し形に出来て、少なからず手応えも感じることが出来た。
その中で確信めいた予感もあった。
この試みは、多くの人の心を救うことが出来るかもしれないという予感。

大きく出るつもりはないし、これからも地味に、細々と小さく続けていくけれども、僕はこの試みを通して、新しい世界のあり方を見つけて、それを伝えて行きたいと思っている。

僕自身もまだまだ模索中ではあるのだけれども、「湘南の散歩屋さん」は、僕は大真面目でやっているし、人生を掛ける価値があると信じている。

来年も色々と活動を広げていって、少しでも多くの人が、ちょっとでも心が豊かに、気楽に生きていけるような世界を見つけていきたい。
ひとつずつ具体的に、ちゃんと目に見える形で、発見した別の現実をシェアしていけたら、少しずつでも世界が変わっていくかもしれない。

理想主義的な話かもしれないけれども、そんな淡い理想を描くか、あるいは冗談でも無い限り、こんな活動は多分できない。

僕にアーティストとしての側面があるなら、「新しい世界を見つけることに人生を捧げる」理想主義者である、という部分かな。

そんな馬鹿げた活動かもしれませんが、もしよければ来年も応援よろしくお願いいたします。

みなさま良いお年をお迎え下さい。

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歩く人
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