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「そろそろ森林に行きたい」とうずうずしてくる人たちが目指す"みうらの森林プロジェクト"の未来
伝わりにくいこと、わかりにくいことは楽しむことから。
東京から三浦半島までを走る赤い電車でお馴染みの京急電鉄が、三浦半島の森林とまちをつなぐ取り組みを始めています。
三浦半島に広がるおよそ100haの森林を再生し、健全に管理していく「みうらの森林(もり)プロジェクト」。京急が、森林のこと、三浦半島のことを学び考え、未来につないでいく取り組みです。
みうらの森林の編集室は、森林や三浦半島のことを私たちが学んでいく過程をみなさんにシェアし、記録していくnote企画。まず「みうらの森林プロジェクト」ってどんなチームがどんな想いでやっているの?を深掘りする第1回目。
【プロフィール】
京浜急行電鉄株式会社
生活事業創造本部 事業統括部
田中 晋平
課長。横浜在住。幼少期から長野の田舎に遊びに行くことが多く、裏山で遊ぶのが好きだった。入社してから18年間は管理部門に勤務。2022年に生活事業創造本部に配属され、ゼロから事業を生み出すことにワクワクしている。
伊東 佑介
課長補佐。逗子在住。広報やIR事業などを経て、2021年から生活事業創造本部に所属。インバウンド向けのホステル事業や、「観音崎京急ホテル」を再編した「ラビスタ観音崎テラス」に携わる。動きの速さとひらめきで、本プロジェクトのコア的存在。
上田 航暉
横浜在住。入社4年目。学生時代は野球に熱中。2023年4月から生活事業創造本部に配属され、ゴルフ場やホステルの経営管理業務と並行して、「みうらの森林プロジェクト」に関わる。きめ細やかにチームメンバーをサポートする。
ファシリテーター 奥田 悠史
株式会社やまとわ取締役、森林ディレクター。信州大学農学部森林科学科で年輪を研究する傍ら、バックパッカーで世界一周。世界中で人々の“生きる”姿を伝えることに興味を持ち、編集者・ライター、デザイナー、カメラマンを経てやまとわの立ち上げに参画。ディレクションやクリエイティブを担当する。
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森林を守りながら、“ちゃんと事業として成り立つ”プロジェクトに
——まず「みうらの森林プロジェクト」の始まりの経緯から、教えてもらえますか?
伊東:もともと、ここは京浜急行電鉄株式会社(以下、京急)が、60年ほど前に鉄道延伸や住宅の開発用地として取得した土地です。ただ、市街化調整区域の変更などでなかなか活用の目処が立たず、近隣に飛び出た木々の整備以外はそのまま放置されていたんです。人も光も入らない伐期を超えたボウボウの森林になっていた場所を、なんとかできないかと。
田中:私たちが所属する「生活事業創造本部(以下、生活本部)」は、京急の鉄道以外の事業を管理する部署。マンションの企画から販売、百貨店やレジャー施設の運営など多様な事業を進める生活本部を、横断的にまとめるのが私たち「事業統括部」の仕事です。「みうらの森林プロジェクト」を開始したのも、幅広い事業のなかのESG施策としての側面が強いんです。
伊東:企業のCSR的な要素もありつつ、“事業”統括部がやるからにはちゃんと事業として成立するプロジェクトにしよう、という軸で取り組みが始まりました。
——社会貢献の要素が強いCSRは、たしかに収入にはつながらないイメージが強いですよね。「環境に配慮しつつ、ちゃんと事業にする」という両輪で考えるというのは珍しいですよね。
田中:実は社内でも、売り上げを立てることを手放してCSR活動に振り切ろうかという場面もありました。でも、私たちとしては両立させていくことが重要だと思っているんですよね。今言っていただいたように「珍しい」と期待してくれる方が多いですし、ちゃんとこの活動を“続けていく”ためには収支管理も必要だと思うからです。
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伊東:本気で社会貢献に取り組むことでファンになってくれる方々がいる一方で、ちゃんと収支を考えているから安心する方もいます。それにそこで自立するからこそ森の手入れがしっかりできますし、この活動を長く残していけるだろうという感覚がありました。
——めちゃくちゃ大事ですよね。自立するのが難しいからこそ日本の森に手が入らない現実もあるので、そこは本当に挑戦ですよね。現在は、間伐材を活用したバイオマス発電やグッズ制作のほか、「原っぱ大学」さんと連携して子どもたちの遊び場として活用していますが、こういった森林の活用方法は、どのように生まれていったんですか?
田中:まず「森林を活用せよ」と言われたとき、私自身は過去に携わったゴルフ場でおこなわれていた間伐材のバイオマス発電を思い出しました。その他にも、薪販売などの伐った木の活用をメインに考えていましたね。森林を「場」として活用するアイディアは、伊東からです。
伊東:私は逗子在住なので、近隣の山で活動している「原っぱ大学」の存在は知っていたんです。ただ、詳しい話を聞いたことがなかったので連絡して、代表の塚越さんに実際に足を運んでもらったら、「この山は宝の山だ」と言ってもらえて。
——宝の山……!
伊東:そう。日本全国で針葉樹の人工林が多いなかで、広葉樹の自然林が残っていることがすばらしいと言ってもらえました。それまで“素材”として見ていた森林が、“フィールド”の意味を持った瞬間でしたよね。
——伊東さんが、「原っぱ大学」に連絡を取ろうと思ったのはなぜだったんでしょう。
伊東:間伐してバイオマス発電と薪だけやっていても、なんか面白くないなと。違った目線で事業化を目指したい……と。バイオマス発電の電気を京急のグループ会社で活用できるのは強みだと思いつつ、そこまでは他社もやっていたので、もう少し何か……と思っているところで「原っぱ大学」と出会えたのは大きかったと思います。
田中:プロジェクトが始まって3ヶ月後の秋には連絡を取って、翌年3月には子どもたちが森林の中を駆け回ってた。私はあの子どもたちの姿を見て、おもしろいことが起きるぞと思ったんです。
伊東:最初は「森林ってCSRでしか活用できないんじゃないか」と思っていたんですけど、いろいろやっていくうちに「これは意外と一つの事業になるかもしれない」と気付き始めたところはあります。おそらく立地性もあって、我々がキーワードとしている「都市型社有林」の強みに少しずつ気付き始めた気がします。
「実験だから」で生まれるスピード感と行動力
——2022年の夏に活動が始まって、最初の間伐が12月。翌年には子どもたちや法人向けのイベントも開催しています。どんどん実行に移していくスピード感がすごいですよね。森林のことって規模も大きいし、よくわからないから「最初の数年はリサーチを」みたいな話になることも多いですよね。
田中:ずっと「実験です」と言い続けていたんです。「最後はちゃんと事業まで持っていきますから、まずはいろいろやってみたい」と言っていた気がする。
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伊東:そうそう、リサーチしながらやってみる!という感じでしたね。まずは勉強のために社有林を所有する他社や、行政へのヒアリング、木材を活用する企業に視察や勉強に行かせてもらって、並行して森林組合に聞いて間伐してみる、みたいな。そうやって頭と手を同時に動かしていくと、他社も僕らと同じような“活かしきれない社有林”の課題を持っているとわかってきました。やまとわさんに出会ったのも、その頃でしたね。
上田:イベントで出会ってすぐに長野県伊那まで会いに行ったんですよね。実際に木材の加工現場を見せてもらったりして、すごくいいヒントになったのを覚えています。
——その節はありがとうございました。やまとわに来てもらってみなさんの本気感というか、森に対するプロジェクトを楽しんでいる感じがすごく嬉しくて。それで僕たちもすぐにみうらの森林を見に行ったんですよね。みなさんが「これはおもしろいぞ!」と前のめりになったのは、どのくらいのタイミングでしたか?
田中:私はやっぱり「原っぱ大学」の塚越さんと一緒に山を登ったときかな。最初は「宝の山」というフレーズにピンとこなかったんですけど、背広でなんとか登ってみたら、すごく楽しかった。幼少期に裏山で遊んだ記憶が蘇ったんですよね。
伊東:最初からワクワクしましたね。このプロジェクトまでは京急の森の存在すら知らなかったので、「え!うちの会社って、山持ってるんだ!」って。
上田:僕も配属されてすぐに「山に登るからね」と言われて困惑しつつ山に入ってみたら、小さいときに公園で動き回ったことや土を触る楽しさを思い出して。すぐにおもしろいプロジェクトだと思いました。
——上田さんは2023年4月、このプロジェクトが動き出してからの配属ですよね。
上田:そうです。僕は「事業化を目指す」と聞いて配属されたので、最初は「建物を作って人を集めるのかな」みたいな、いわゆる“これまでの事業”のイメージを持っていたんです。でも、関わり始めると「今ある資産のなかで収支を作っていく」という試行錯誤が楽しくて、最初から前向きに取り組んでいます。
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田中:大きい計画に沿って動いていく手法もいいですが、このプロジェクトに関してはスモールチャレンジが楽しいよね。
伊東:本当にそう思う。この2年で、まずは一石を投じてみることの大切さがよくわかった。投じることで流れが変わると。
上田:企業では、全体方針に沿って進んでいく仕事が大半だと思います。このプロジェクトでは「ある程度の方針のところを担保したら、あとはやってみよう!」と、自分たちで作り上げていく仕事の仕方が新鮮。これから必要とされる仕事の在り方を学んでいる気もして、貴重だなと思いながら担当してますね。
田中:このスピード感や行動力は、このチームならではだと思っています。どんどん前に進めて形にしていくことに慣れていたメンバーが森林と出会ったことで、動き出せているんじゃないかな。
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森林の良さを、多くのひとに知ってほしい
——「みうらの森林プロジェクト」の活動開始から2年が経ちました。さまざまな動きをされてきたと思いますが、はじめた時から変わってきているな、と思うことはありますか。
伊東:「原っぱ大学」をはじめ,「神奈川県森林組合連合会」、「葉山の森保全センター」、「横須賀バイオマス発電所」など、外の人たちとの出会いに恵まれた2年だったと思います。新聞に掲載されたりして、社内外でも存在が認知されてきた感覚がある。人事によれば、このプロジェクトを知って京急に応募してくれる学生さんもいるらしいです。
田中:そうなんだ!リリース出してから1年ちょっとなのに嬉しいね。
上田:社内でも、特に若手は僕らの働き方に注目してくれていたり。メイン事業とは別軸でプロジェクトに関わるのは珍しいと思うので、僕自身もそういった新しい働き方を推進する存在になりたいなとも思います。
——社内からの応援ってめちゃくちゃ嬉しいですよね。みなさんどんなふうに反応してくれてるんですか?
田中:部署の垣根を越えて、植林活動などのイベントに参加してくれる人も増えてきていて。先日は、マンションなどの企画や販売を担当する「すまい事業部」がイベントに参加してくれたり視察にきてくれたよね。
上田:ここの木材でマンション共用部の家具を作ったり、住居者に向けた「遊べる庭」として活用したりできないか、と話しています。差別化しにくいマンション事業でも、「京急のマンションでは山で遊べる」などの、おもしろいアイディアにつながればいいですね。
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——みうらの森林の活動に、社内全体が良い意味で便乗できるのはいいですね!社内のみなさんに前向きな気持ちが広まっている感じがめちゃくちゃ素敵ですよね。
広報誌やメディア掲載の効果もあると思うんですが、実際は大きい企業でこういうことが浸透していくのってとても難しいと思ってるんです。そこを超えるにはどういうことが必要なんですかね?
田中:なんだろう。きっと私たちが、プロジェクトのことを楽しそうに喋ってるんだよね。
上田:同期とかに話してますね。
伊東:僕らも基本的にはオフィスにいるんですけど、このプロジェクトを始めてからは定期的に「そろそろ森林に行きたいな」と、うずうずしてくるんですよ。そういう様子が伝わっているところはあるかもしれない。
田中:確かに。スーツじゃなかったから「今日、森に行くの?」って会社で言われたし(笑)。そういう私たちに引っ張られてきた当社社員の方が、実際に森林に入ってみて、はっと気づいてくれることもありました。私たちが魅了された部分を、もっと多くの社員にも知ってもらえたらいいなと思いますね。
——想像するだけで楽しそうな職場(笑)
15年後のまちと人を育てる森林
——みなさんの気持ちがエンジンとなってプロジェクトが前に進んでいる感じが最高です。ここから先、どのように形になっていくのか楽しみです。
田中:おっしゃる通り、我々のマインドは強いかもしれないです。ただ、それは弱点でもあるので、企業としてはちゃんと仕組み化していきたいとも思いますね。今は未舗装状態の道をガンガン突っ込んでいく世界だから、そのおもしろさも含めて残していきたい。
——形にするという意味では、2023年8月に活動理念としてパーパス(なぜ取り組むのか)と、ビジョン(未来の姿)の設定をしました。なぜ、改めて言葉に落とし込もうと?
上田:視察や勉強のなかで、進んでいる企業はみんな「何のためにやってるか」が明確だと気がついたんです。逆に、僕たちが「京急は何のためにやっているんですか?」と問われたときに、ちゃんと言葉にしていきたいと思ったのがきっかけでした。
田中:私たちは単純におもしろいからやってるけれど、それだけじゃダメだって。多くの方々が「この活動はいつか注目されるときが来るから。CSR、ESGというキーワードだけではなく、自分たちで語れる言葉にしておくことが重要だよ」と助言してくれたのが大きいです。
伊東:僕らも会社員だから、いつ異動になってこのプロジェクトから離れるかわからない。そうなっても、同じ気持ちで取り組みを続けてもらえたらいいなと思ったのもありますね。関わっている我々以外のメンバーも含めて3ヶ月ほどかけて心を込めて作った言葉たちです。
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——「みうらの森林プロジェクト」は期限のない活動ではありますが、このパーパスを考えていたときは、どのくらい先の未来を見据えていたんでしょうか?
田中:「次の世代」というキーワードを意識していました。例えば、うちの子は今、9歳。15年経てば、上田さんくらいの年齢になって社会を作る立場になっていきます。そういう次の世代のことを思うと、10〜15年後くらいの目線が1番想像しやすいと思いました。
——2040年ですね。僕も、15〜20年くらいが現実的な目線だと思います。それ以上先の未来になると、 自然や社会の流れがどう変わっていくのか想定しづらいですよね。
田中:そうですね。企業として15年後のことを考えると、もっと手触り感のあるリアルなものを京急としてどうサービス提供していくか、それを生かす企画力やコネクション能力が必要になってくるんじゃないかと思うんですよ。そういった人材育成を考えたときも、やっぱり「みうらの森林プロジェクト」はインキュベーション的に人を育てる場所になり得ると思います。
伊東:ずっと同じことをしているだけでは、京急沿線には住んでくれないし、他の場所に魅力が負けてしまうかもしれない。三浦半島には海もあって山もあると。もっと沿線に人を引き寄せることができる、京急らしい取り組みにしていきたいですね。
田中:このプロジェクトは、社内で言われている「沿線価値共創」という言葉をまさに地でいってるなと思って。100年以上まちづくりに向き合ってきた京急が、未来のために世代を超えて取り組むプロジェクトになっていくといいなと思います。
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