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「森林って誰が手入れするもの?」知っているようで意外と知らない「森林」のこと

「みうらの森林(もり)プロジェクト」では、京急電鉄が三浦半島に持つ森林にしっかりと手を入れ、光の入る場所として生まれ変わらせたいと活動を進めています。このプロジェクトを通して、初めて「みうらの森林」に向き合い始めた私たち。(みうらの森林プロジェクトについては、こちらのnoteを読んでもらえると嬉しいです!)

京急の100haの社有林にどんな未来を描くのがいいだろう。このnoteでは、三浦半島の自然やまちで活動する人、別の地域で活動する人たちへの取材を通して、その未来を考えていきます。

第1回となる前回は、京急がどんな想いをもって取り組んでいるかについて話してきました。今回からはいよいよみうらの森林を飛び出します。まずは神奈川や三浦半島の森の現状を知りたくて、「神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター」を訪ね、地域農政推進課のおふたりにお話を伺いました。神奈川県、そして三浦半島の森林は、これからどんな未来に向かっていけばいいんでしょうか。

(写真左から)渡口さん、安松さん

【プロフィール】
神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター
農政部地域農政推進課のおふたり

安松 慶直
地域農政推進課・森林班の班長。学生時代は山崩れなどの森林防災工学を専攻し、2007年入庁。神奈川県の「水源の森林づくり事業」に携わる。現在は、森林整備の相談を受けたり、山と森を守る治山工事など幅広く地域の森林に向き合う。

渡口 響子
地域農政推進課・森林班。生態系に興味を持ち、生物学を専攻したのちに2011年入庁。森林計画、森林環境譲与税、県産木材の活用などを主に担当している。林業の技術や知識の普及とサポートをおこなう「林業普及指導員」として、安松さんとともに横須賀三浦地域の相談や支援に取り組む。

聞き手:みうらの森林の編集室

神奈川県や三浦半島にあるのは、どんな森?

——まず、神奈川県と三浦半島の森林の状況をお聞きしたいです。神奈川の森林には、どんな特徴がありますか?

渡口:神奈川県の森林面積は、9万4千ha。これは他県に比べてもかなり小さくて、都道府県別の森林面積ランキングでは下から3番目の44位です。対して人口は東京に次いで2位なので、人口に対する森林面積がかなり少ないのが特徴です。

——そんなに森林が少ない印象はありませんでした!相模原や丹沢など割と森が多いイメージでしたが、どちらかというと人が多くて、緑が少ないんですね。

安松:そうなんですよね。ですがイメージの通り、神奈川県の西側には森林が多く、林業も行われているので、人と森が密接に関わりあっているところも少なくないです。一方で、三浦半島は宅地開発が進んでいるので、緑は少ないのですが、住宅地と森林の距離が特に近く、地域の緑に対する関心が高いと感じています。

渡口:三浦半島は、他のエリアと比べてかなり特殊で、樹種の85%が広葉樹なんです。スギやヒノキなどの針葉樹林もありますが、ほとんどが広葉樹林。この広葉樹林の大部分は、薪や木炭として利用されてきた森林ですが、昭和30年代の燃料革命以後は利用されなくなり放置され、手入れ不足の状態になってしまっているのが現状です。

左:広葉樹、右:針葉樹
広葉樹と針葉樹はそれぞれこんな葉っぱをしています

広葉樹と針葉樹という話にピンとこない方もいらっしゃるかもしれませんので、上に葉っぱの写真を載せておきます!広葉樹と針葉樹という話題が出てくる時の文脈を説明しておきますと、針葉樹は「人工林(人が木材生産を目的に植林しました!)ですよ」ということと、「林業として利活用されてきましたよ」という意味合いがあります。一方で広葉樹は、里山や雑木林的な意味合いで使われることが多いので「林業地ではないね」、っていう話のことが多いです!なのでこの場合、三浦半島は林業として活用されている場所は少ないね!という意味合いになります!

編集室コバナシ

安松:本来は、暮らしの中で木材が活用されることで、森に人の手が入り健全に管理されているのが理想的です。しかし、石油エネルギーの普及によって薪や炭としての木材活用がなくなった頃から、都市部では特に、人々と森の関わりが薄れてきました。そして長い間森に手が入らなくなり、木が大きくなりすぎてしまっているんです。

森林の手入れは誰がするの?

——京急の社有林も数十年来、人の手が入っていなかったので森の中は確かに手入れ不足になっています。私たちが初めて森を訪れた時も木々をかき分けて入るような状態でした。その体験があるからこそ、この森をどうしたらいいんだろう?と悩みながら進んでいるところです。

渡口:三浦半島ではこうした森林整備の活動は少ないので、京急さんの挑戦はとてもありがたいです。神奈川県は国有林・市町村有林等が少なくて、全体の55%が私有林です。それもほとんどが所有規模3ha未満の小規模所有者さんなんですが、沢山の森林を持っていらっしゃる京急さんの挑戦から森に手を入れていくという事例が三浦半島でも増えると嬉しくて。その後の経過についても、一緒に観察させていただき、地域にあった広葉樹林整備のモデルケースとなっていただけたらと思っています。

——心強いです…!私有林の割合が多いとなると、整備をすすめていくのもなかなか大変そうですよね。

安松:森林というのは所有者さんの意思で森林整備が行われます。なので先ほど「人々と森の関わりが薄れた」とお話しましたが、関わりが薄れたことで所有者さんの森に対する興味が失われてしまうと、当然森林の手入れも進みません。ですがそれも仕方がない部分があると思います。相続なんかで小規模森林をご家族が受け継いだときに、それがどこのどんな森なのかを現地までちゃんと見に行くことって少ないんですよね。なので自分の所有する森がどんな状態なのか、よくわからない方も多くいらっしゃるんです。

森林の手入れの難しさは、「この森の所有者どこにいるの?問題」がめちゃくちゃ大きいんです...!!基本的には、森林管理は、所有者さんが森林資源を資産として管理することが前提とされています。森が資産として成り立つ森林や時代があったのも確かです。そこから、時間が流れ、木の価格が下がり、森と人との関わりがどんどん薄くなってきました。そして世代が変わっていく中、相続などのタイミングで森を分配してきた中で個人所有の面積はさらに小さくなったりしておりまして。子どもの頃におじいちゃんやお父さんから「大きな岩までうちの土地」と言われた記憶を頼りに、数十年ぶりに森に行ったらどの岩のことかまるでわからなかった、みたいな話は全国の森に関する「あるある」として存在しています...。

編集室コバナシ
森林整備に関するたくさんの資料を見せていただきました

森に手を入れることは、安全な暮らしを守ること

——個人の森に行政として手を入れることはできない中、森が手入れ不足になると災害リスクが上がったり、生物多様性への影響などが考えられると思うんですが、行政としては、今どのような活動に力をいれているんでしょうか?

渡口:神奈川県全体としては平成18年に「かながわ森林再生50年構想」という、県内の森林全体についての再生の方向とめざす姿を示した構想を立て、これに沿って森林再生の取組を進めています。その構想の中でも山地域では、水源環境保全税による森林整備が多く実施されています。これは個人等の森林を県が公的管理や支援などをして整備するという、全国でも珍しい取り組みです。県の西側の森林は、この事業で間伐などの森林整備がかなり進んでいます。

——それはすごいですね!県としてそこまで森林の手入れを進めようというのは思い切った事業だと思うのですが、きっかけなどがあったんでしょうか?

安松:きっかけは水需要の増大と渇水がありました。平成8年に神奈川県で起きた大規模な渇水では、その年の冬から春、梅雨時期の雨が少なかったことでダムの水量が低下し、取水制限が行われました。県西部の丹沢を中心とする森林が、水源地として豊かな水を育んでいますが、手入れが行き届かない森林では、「緑のダム」機能の低下が懸念されます。そこで本県では、「水を届けられなくなる」という危機的な視点から、「緑のダム」である森林を健全な状態に再生するため、平成9年から水源の森づくり事業による水源地の森林整備等を進めてきました。

森を放置すると「水が届けられなくなる」とは、どういうことなのでしょうか。これは、放置された森の姿をイメージできないとわかりづらいかもしれないので、少し補足します。すごく簡単にお伝えすると、手入れがされた森には高木から下層植生まで様々な植物が根を張っていて、土壌が厚く豊かで保水力や地下浸透力が高い、という特徴があります。一方で、放置された森は、水が地下に浸透する前に、いろんな形で蒸発、蒸散、流出してしまうんです。なので水不足にならないようにするためには、手入れがされた森(緑のダム)を増やしていかないとですよね、というのがこの「水源の森林づくり事業」の目指すところです。

編集室コバナシ

三浦半島の森林のこれから

——県の西側の森林は整備が進んでいるということですが三浦半島はどういった状況ですか??

渡口:実は三浦半島は水源環境保全税による森林整備等を進めている県の水源保全地域のエリア外なんです。ですから、県の西側の森林と比べると、手入れ不足の森林が多く残っている状況です。また、住宅地に近い、もともとは薪や木炭材として20年ごとに切られていた木々が、今は60年くらい放置されて大きくなりすぎてしまっています。風で倒れるなど危険木としても課題となっているので、少しでも早く整備を進めたいところなんです。

渡口:こうした課題から横須賀三浦の市町では、令和元年度から始まった森林環境譲与税を活用して、個人所有者の方などが行う森林整備に補助金を出しているところもあります。森林環境譲与税の使い道として、こうした手入れが進んでいない三浦半島の里山林への補助に使うというのも大事なことだと思います。ただ、市町村主体の事業となるので、地域ごとの判断に任せられているというのが現状ですね。

——森林の営みによる影響は、所有者さんだけじゃなく、渇水の事例などのようにもっと広いエリアに影響も出てくるものなので、森林の保全を誰がどうやって担うのかというのは、難しいところがありますよね。三浦半島は広葉樹林が多いということで、人工林中心の他のエリアとはアプローチが違うと思うのですが、どのような広葉樹林を目指すのが良いと思いますか?

渡口:広葉樹林は木材生産を目的として植えられた人工林と比べて、いろいろな活用方法があると考えています。神奈川県としては広葉樹の活用について5つのアプローチで整理しています。自然体験や遊び場としての「公園型」、キノコや木工素材としての「生産型」、自然植生を回復させる「林地保全型」、豊かな風景となる「修景景観型」、そして人々の生活を守る「防災型」です。

安松:所有者さんが森をどう整備したらいいか、と悩まれる時の目安にしてもらえるといいなと思います。三浦半島の森林は、人家と近接した箇所が多いので、所有者さんから相談された場合には、まず「防災型」をお勧めすることが多いです。地域住民の方も、安全性に配慮した「防災型」の森林を望まれる方が多いです。

神奈川県「広葉樹林整備指針」より、新しいこれからの広葉樹林)

広葉樹林を「生業」とする難しさ

——広葉樹林の整備がすすみづらいのは、経済的活用が難しいからという話も耳にするのですが、それはどうしてなんでしょうか?

安松:林業は、補助金を活用している事業体が多く、その補助金も、多くは建材として使われる針葉樹(スギ・ヒノキなど)の伐採に使われています。広葉樹木材は家具材などとして使われていますが、売り先があまりないので、かけたコストを回収しにくいというのが難しさですよね。

——森から木を出すというのは、やってみたらよくわかりますが、本当に大変ですよね...。作業道を開けて、伐採して、運び出して。すごく手間がかかります。

安松:そうですよね。木材の需要はあっても、現状では伐っても山から出すのにお金がかかるため、伐採しても赤字なら伐らない、という感じで何十年も放置された状態の山が多いんです。

渡口:そこで、伐った広葉樹を山から運び出す作業への補助メニューが今年度から県の森林環境譲与税で新設されました。相模原市に、広葉樹を活用して家具などを作っているMORIMOさん(一社さがみ湖森・モノづくり研究所)という方々がいるのですが、彼らは「県内で切った広葉樹を処分費無料で受け入れます」と、地域に門戸を開いているんです。こういった受け入れ先への伐採材の運び込みに本補助メニューが活用されれば、個人の方は処分費が浮きますし、広葉樹林の森林整備の循環につながると思います。

安松:全国的にも広葉樹の森が生業として成り立っている例は少ないので、広葉樹林の多い三浦半島でもそういった循環が成り立つのが理想的ですよね。あと、神奈川県の利点は、なんといっても人口の多さです。木材や森を活用したサービスやプロダクトを生み出すことができれば、ユーザーの多さはメリットになると思います。

これからの森林を、一緒に考えたい

——実際それぞれの活動がつながって、地域全体での大きな循環になっていくといいですよね。

安松:そうですね。私は以前、県西エリアの普及員を担当する中で、林業の厳しさを目の当たりにするとともに、前向きに森に向き合っている人たちとたくさんお会いしました。その人たちは、森を長い目で見ていて、いつまでもこの状況が続くわけではなく、化石燃料の影響などで、日本の木材需要が見直され、自分たちの時代がくるんだと信じて経営している方が多いんです。

——森の成長はゆっくりですから、森の時間軸で見ていくことが重要ですよね。県の西側のように三浦半島でも森の整備が進んでいくといいですよね。

渡口:県の西側の森林は水源環境保全税による事業をきっかけに整備が随分広がっていきました。最初は森林組合さんたちが小面積で始めることで、周りの森林も少しずつまとまって、管理が広がっていきました。小さく取り組みを始めた人のところへ、「うちもなんとかしたいと思っていたんだ」と人が集まってくるんですよね。東側の三浦半島でも、まず小さくても森と関わる動きが始まっていくことで、少しずつその輪が広がっていくと思います。
県としてもそういう取り組みを支援しつつ、神奈川県の森を良い状態にしていきたいんです。

森に手を入れていくことがたくさんの人に影響を与えるけれど、その管理は所有者に任されています。その影響の大きさを考えると、森は所有者のものでありながら、みんなのものであるとも言えそうです。森には公益的機能(防災や保水、炭素吸収など)がたくさんあって、放っておくとその機能が低下して、災害につながったりしてしまう。だけど、手入れを進めていくのはそう簡単なことではない。この難しい現実を面白く、京急らしく向き合っていきたいとおふたりのお話を聞きながら思いました。まず、自分たちがはじめることが次の誰かのアクションにつながるように。そしてそれが、いつか大きな循環につながっていくように。
森の現状を知った次は、三浦のまちのお話を聞きに行きたいと思います。