書評 トランプ王国 もう一つのアメリカを行く 金成隆一著 岩波新書
これは「ルポ トランプ王国」が発売された直後、2017年に描いた書評ですが、いまだにトランプ、少なくともトランプを支持するコアな人たちの本音を伝えてくれる良書だと思います。第二次トランプ政権発足の今、掲載いたします
書評 『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』 金成隆一著 岩波新書
三浦小太郎(評論家)
トランプ大統領の出現を、高見からの国際情勢や政治分析ではなく、彼に投票した一人一人のアメリカ人の肉声を通じて、その意味を考えようとする優れたルポルタージュである。本書で紹介されるトランプ支持者の声は、まさに地鳴りのようにアメリカの共和党・民主党の既製政治勢力をうち破ったのだ。そのいくつかをまず紹介する。
「彼はポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)で批判されることを怖れていない。(中略)国境を守らないと国が崩壊するわよ。不法移民の流入を食い止めるべきよ。私たちは彼らにあまりにも多くの自由とお金を与えすぎた。福祉に依存するようになり、その重みでアメリカが沈みそうよ。(中略)彼らは一時的な困窮から脱出する方法としてではなくて、福祉に依存することをライフスタイルにしていて、生涯それで暮らしていくつもり。それは許されない。」(56歳女性)
「オバマ大統領にもヒラリーにも、『あなたに必要なことを、私はあなた以上に知っている』という姿勢を感じる。私はそれが大嫌いです。(中略)『政府のほうが物事を深く知っている』という姿勢に、私は社会主義や全体主義に通じるものを感じるのです。いまの民主党は左に傾きすぎている。リベラル勢力が民主党を乗っ取ってしまったのです」(48歳男性、民主党保守派だが今回はトランプに投票)
「特定業界の金で選挙を勝ち抜いた大統領では、結局は何も変えられない。製薬業界の巨額献金をもらう大統領の下で、薬の価格が下がるはずはない。(中略)今でもトランプの偏見や憎悪をあおる言動は好きじゃないが、彼にはビジネスの才覚がある。一回、アウトサイダーにやらせてみるのも悪くないと思った。」(49歳、プエルトリコ系男性)
「みんなが怒っているのは、雇用の喪失が主な原因と思う。共和党も民主党もどっちもグローバル化への対応で失敗した。アメリカの勤労者を忘れたのよ。勤労者の声はあまりにも長く無視されてきた。サイレント・マジョリティなのです。」(46歳女性)
「なぜ、アメリカの奥万長者は、アメリカ人の業者を使わず、さらに安い不法移民を使うんだ。自分の財布のことばかり考え、地域のことなんてちっとも考えていない。ブッシュ家のような、共和党のエスタブリッシュメントも同罪だ。不法移民が増えても、銀行員などの高学歴エリートたちは仕事を奪われる心配がないだろうが、俺たちには深刻なんだ。」(56歳男性、建設会社を経営していたが移民に)
「彼はオバマと正反対で下品な奴だ。でも、思っていることを正直に言う。これが魅力なんだ。もちろん、正直に言いすぎるから、海外との関係を壊してしまう心配もある。でもね、この地域のためにできることなんて、だれが大統領になってもほとんどない。だったら、トランプみたいな男に4年間限定でやらせてみるのもいいんじゃないか(中略)エリートが支配するワシントンを壊すには、そのぐらいの大バカ野郎が必要だ」(38歳男性、オバマ支持者だったが今回はトランプに投票)
本書の一つのクライマックスは、ヒラリー・クリントンがマンハッタンのパーティで、トランプ支持者の半数は、人種差別主義者やイスラム嫌いなどの偏見を持つ「惨めな人々」(deplorable)と表現したことで、トランプ支持者が怒りに燃えた演説会の報告である。ヒラリー自身は人種差別を戒めるつもりだったのだが、トランプ支持者たちは「私は惨めだ」と書きつけたTシャツを着て集会に押し寄せた。
ある女性労働者の「働いても、働いても賃金が伸びない暮らしが『惨め』であることくらい、私自身が一番わかっている。政治家として20年間もワシントン政界にいるヒラリーにだけは言われたくない」という言葉には、トランプを支持する労働者層の意識が最も鮮明に表れている。
そして本書を丁寧に読めば、必ずしも彼らは差別主義的でもなければ、不法移民の問題だけに怒っているのでもない。アメリカが60年代以後、差別反対、人権擁護、多文化共生、マイノリティの権利といった建前の中で、時代遅れの価値観として軽蔑されてきたアメリカ白人の伝統意識、具体的には、勤勉、信仰心、努力すれば財産がなくても学歴がなくても、誇りある豊かな生活が可能だという、庶民レベルのアメリカンドリームと開拓精神の復興を目指しているのだ。
そして、逆に職もなく未来を描けない苦しみの中で、若い白人世代がドラッグにのめりこんでいく事実も本書は描き出す。そして、弟と友がともにドラッグ中毒で死んでいったある女性が、今回のトランプ選挙で政治に目覚め、死んだ弟がトランプのファンだったことから、ボランティアとしてトランプの大統領選挙に関わっていく過程には、少なくとも彼女にとって、今回の選挙がアメリカと同時に自らの人生を蘇らせるためのものだったことを感じさせる。
彼女は電話をかけまくり、相手が投票行動を決めていないときはトランプの政策を必死で説明、「ただのボランテイアのあなたがここまで一生懸命支持するということは、何かトランプには魅力があるのでしょう」という声を引き出したとき、これまでひたすらまじめに働いても未来の見えなかった彼女はどれほどの生きがいを感じ、また亡くなった弟との連帯を感じただろうか。
本書の著者はトランプの姿勢にも政策にも批判的であり、この支持者の声も決して無批判に伝えているのではない。しかし、同時に、トランプ支持者の声の中には、部分的な事実誤認や誇張はあっても、現代社会の矛盾がはっきり表れていることを感じさせる一冊である。育ったアメリカ人だ。私は稼いだ金はここで使う。(中略)金は地域に還元する。社会ってのはそんなもんだろ。でも不法移民はため込んで、南のほうに送金するばかりだ。」(56歳、建設作業員)