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ピークを合わせる

2009年11月28日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

 茶色い落ち葉の塊がうっすらと雪化粧を始め、空気が冷たくなる季節になると、心が締め付けられるような緊張感に襲われる。それは、小さいころからスキーに携わり、そのシーズンの到来を心も体も準備をしているからではないだろうかと考える。

 先日、上村愛子らモーグルの日本代表チームが冬本番に向けて合宿のため、フィンランドに向かった。この合宿の後、ワールドカップ、バンクーバー五輪と続いていく。
 シーズンに備えてこれまで8か月間陸上トレーニングを行ってきた。冬の3か月間のため、春には体力をつけ始め、夏には技術に磨きをかけ、新たな技術を身に着け、秋には調整を行い本番に備える。

 こうした技術、体力を充実させコンディションを整えてパフォーマンスを最大限に大舞台で生かすことを「ピーキング」という。どんなスポーツにもシーズンがあり、勝負どころの試合がある。そんな中でどこにピークを持っていくかということが、コーチと選手の挑戦である。不思議なことに、疲れや体調といった普段使い慣れている言葉一つとっても、現代の運動生理学では完全に解明されていない。そんな中、試合にピーク合わせるのは「運動生理学のアート」とも言われる。

 先日、復帰レースを泳いだ競泳の北島康介選手は「今戻らなければ体がロンドン五輪に間に合わない」と話した。僕はこの話を聞いて二つのことに驚いた。一つはシンプルに北島選手が復活したことだ。2大会連続で金メダルを獲得している彼が再びレースに参加することで失う危険性のあるものは、得られるかもしれないものよりも多いように感じられた。その戦いに戻ってきた勇気に感嘆した。
 もう一つは北島選手の身体との対話能力のすごさだ。通常アスリートがピーキングを考える場合、数か月から1年程度である。それを彼は3年後にピークを置く場合、「今復帰しないと間に合わないと体から言ってきた」というのだ。
 どれだけ身体を酷使して戦い、会話を続ければこの域に達するのだろうか。

「五輪には魔物が棲む」といわれるが、その魔物とはピーキングのことをいうのかもしれない。そうした魔物と遊ぶのが一流アスリートのすごさだ。冬季五輪までもうすぐ。選手たちの活躍を楽しみにしている。

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