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山歩き 師匠は祖父

2010年9月25日日経新聞夕刊に掲載されたものを修正加筆したものです。

 僕は11歳の時、祖父、三浦敬三に山の歩き方を教わった。家族でアフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ(5895㍍)に登ったとき、2日目のホロンボヒュッテ(3700㍍)で高山病になった僕の前を祖父はゆったりとした足取りで歩いてくれた。
 ゆっくりと一歩ずつ確かめるように、呼吸も歩数に合わせて吐いて吸ってを繰り返す。このペースは僕の父、三浦雄一郎いわく、歩きながら休むペースだという。このコツを覚えてから、ヨーロッパ大陸最高峰のエルブルース、ヒマラヤの山々、そしてついにエベレストまで登ることができた。なにせ歩く方が休むより楽なのだ。

 最近、低酸素室トレーニングを利用する方たちにはキリマンジャロはじめヒマラヤの高所を目指す人が多く、僕たちは低酸素の危険性を教えたうえで、この「歩きながら休む」ペースを体験してもらう。たかがゆっくり歩くことだろうと考えるかもしれないが、ゆっくり歩くのは意外に難しい。まず、その人が身に付けていたパターンを変えなければいけない。
 例えば、歩道橋の平均的な高さは5㍍だが、普通の人は大体、40~50秒ほどで登りきる。しかし、このペースで富士山を五合目から登ると3時間ほどで山頂に着く。これは一流登山家が富士山を登るペースであり、普通の人がこれでは体力が持たないのは明白だろう。

 ゆっくり歩きに必要なコツは片足でバランスをとることにある。自転車でスピードが遅くなるとバランスを保つのが難しくなるのと同様、ゆっくり歩くと体重を片足にかける時間が若干長くなりバランスをとるのが難しくなる。そして最も重要なのが歩みのタイミングに呼吸のタイミングを合わせることだ。
 人にはそれぞれ癖がある。口で吸ったり鼻で吸ったり、複式呼吸であったり胸式呼吸であるかもしれない。その人の癖、体格、体力、肺活量、どれをとっても同じものはない。だから登山マニュアルや旅行パンフレットにあるような画一的な呼吸法が合うとは言い難い。

 僕らは低酸素室の中で身体に酸素がどれだけ取り込めているかを測るパススオキシメーターという計測器を装着してもらい、歩いていても休んでいても、長く無理なく体に酸素を取り入れる呼吸法を数値を見ながら身に付けるお手伝いをする。
 その時、僕の脳裏をよぎるのはキリマンジャロでの祖父の教えなのだ。山登りはウサギより亀が強い。

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