2013年4月18日
各国隊が集う全体ミーティング
今朝、シェルパたちは朝から大慌てだった。本日行われるプジャのために、祭壇を作ったり、お供えものを置いたり、飾りつけをしたり、12人いるシェルパはベースキャンプ中を駆けずり回っていた。プジャはシェルパのための開山の儀式だ。シェルパカレンダーといって、日本の大安や仏滅などと同じく良き日取りで行われる。今日と明日はシェルパカレンダーによるとプジャにふさわしいという。
昨日作られた祭壇の正面にはチベット仏教の高僧の写真がまつられ、仏具が飾られる。祭壇の右側には僕たちやシェルパが今回登山で使用する装備の数々、アイゼン、ピッケル、ヘルメットなどを置く。左側にはお香を焚く。午前9時から始まるとされていたが、始まったのは10時を過ぎたころだった。お経を読むのは僕たちのシェルパの1人、ニマ・ヌル。
シェルパのほとんどチベット仏教徒だが、その中でも僧になれる人となれない人があるらしく、それは前世と深く関係しているらしい。遠征中に僧がいなければ他の隊か近くの寺院からお坊さんを借りてこなければいけない。ニマ・ヌルはエリートクライマーであると同時に、お坊さんでもあるので、とてもシェルパとして重宝している1人だ。お経も終盤が近づくと、祭壇の上に高い棒が立ち、その棒の周りにはタルチョと呼ばれる幾多もの旗がなびく。棒は祭壇とその頂点から四方に伸びるタルチョによって支えられる。棒についている旗はシェルパの仏教的な旗、そして日の丸に応援メッセージが書かれた旗がまつられた。その日の丸が風にたなびくと、日の丸の上にゆらゆらと、三浦雄。。。。とあり、当然そのあとは一郎とくると思った。しかし、最後の一文字は「大」となっていた!なんと、兄の娘が通う学校の父兄会が書いた寄せ書きがこともあろうに神聖な祭壇の上にまつられた。厳格なプジャの儀式がその旗がまつられた途端、ほのぼのとしたものに変わった。
プジャの儀式が終わると昼食となる。予定では明日からプモリC1にて高度順化を行うということであった。昨日のうちに五十嵐さんと、ミトロ君と協力して高度順化の準備をしたが、本日プジャが行われたので、当然僕たちがプモリで高度順化をしている時、シェルパ達はエベレスト登山に向けて荷揚げを始める。その荷揚げの振り分けをしなければならない。しかし、本日の午後2時から今回、エベレスト登山を目指す、各国の隊が合同して行う代表ミーティングがあった。そのため、昼食を食べながら、サーダーのギャルツェン、父、倉岡さん、貫田さん、五十嵐さん、ミトロ君、そして僕とエベレスト全体の配置ミーティングを行う。僕たちが考えている戦略をシェルパの考えとすり合わせることから始まり、テントの配置を決めなければいけない。しかし、時間がなかったので高所テントの配置以外のことは今日できなかった。その続きはプモリの高度順化が終わってきてからだろう。
2時のミーティングのため1時半に僕たちのベースキャンプを出発した。今日行われるミーティングはエベレストのキャンプ2以上のルート工作に関するものだ。エベレストには毎年30隊以上の登山隊が集まる。多くの隊はノーマルルートを登るため、ルートは共同で使う。ベースキャンプからキャンプ2(C2)まではSPCC(サガルマータポルーションコントロール)が請負い、それに対してエベレスト登山の各隊が、登山料に追加して支払われる。しかしC2以上上はこれまで非常に不透明であった。
03年はシェルパ同士のミーティングでルート工作のための人員を決めていた。08年はチームのリーダーが話合をして決めていた。しかし、倉岡さんによると、この数年はラッセルブライスのヒマラヤンエキスペリエンスやIMGなど大規模な公募隊が仕切ってルート工作をどうするか決めていたらしい。しかし、この方法だとこうした公募隊の負担が多くなってしまう。そのため今年から導入されたのがExpedition Operators Association(EOA)という組織である。この組織は各隊のエベレストやローツェの登山を目指す登山者から料金を徴収し、それをプールして、そのプール金からロープなどの装備代、ロープや装備の荷揚げ、ルート工作を各隊から志願した要員にその仕事量に応じて還元するという方法だ。
C2以上に持ち上げなければいけないロープの総量は6400m、100のアイススクリュー、100のカラビナ、150本のスノーバーである。ミーティングは主に、ヒマラヤンエキスぺリンスのラッセルブライス、エシアントレッキングのダワ・スティーブン、IMGのクレッグなど、大きな公募隊のリーダーが仕切っている。4万ドル相当するロープや装備はすでにヘンリートッド氏により購入されベースキャンプに運び込まれている。これらのロープを200m単位で1Load(13キロ)として、全体として42Load分のロードを各隊どれだけ負担するか、というのを会議の中で話し合う。
今年のエベレストには26の登山許可が出ている。26の登山許可があるという事は26の登山隊がいるという事ではなく、中には登山許可をシェアしている隊もいるので、少なくとも26隊以上はいることになる。僕の予想だと、30隊位だろう。その隊の中にはネパールで編成した90人以上もクライアントがいる7サミッツから、僕たちの隊のように4人しか登頂メンバーがいない隊もいる。それぞれ隊の規模に合わせて、荷揚げの量やシェルパの労力の分担を志願しながら決めていく。
EOAから支払われる荷揚げ料金は通常の隊が支払う荷揚げ賃よりも少ない。そのため志願するという事は隊がある程度そのシェルパに負担をするという事になる。しかしそれでもこうした方法で労力を分担しなければルートは工作できない。これはエベレストという特殊なコミュニティーがこれまでの長い試行錯誤の上産んだ特殊な登山方法である。EOAはネパール政府にも認められた組織となり、その年のエベレストやローツェ隊の情報はEOAにも伝わり、各隊のエージェントを通して料金は徴収される。当然、なかにはプール金を支払ったのだから、その上に労力まで提供をしたくない、という隊もいるし、事実今回も30隊以上いる中、手を挙げてルート工作に協力するといったのは僕たちを含めて10隊程度だった。
僕たちはC2まで2ロード、C2からC4までの1ロード、そしてC2からC3のルート工作を申し出た。エベレストは極めて特殊な環境だ。普通の登山はルート工作は自分達で行いルートを切り開くのは当然である。大きな山で数隊しかいない場合、それでも自分達のみでルートを切り開くか、協力して頂上を目指すか決める。しかし30隊以上もの隊が一つの頂上を目指すエベレストは隊全体が組織として協力しなければ成り立たない。こうしたエベレストのあり方は登山の新たな局面を迎えたことを認識させられる。
夕方、ミーティングの後、ベースキャンプに帰ると父が装備を付けて待っていた。アイスフォールの中を探索するのが楽しみで高所靴までつけて待っている出発しようとすると、父は右目が霞み見えにくいと何気なく言った。そのため、大城先生が探索に反応した。目がかかすむにはいろいろ理由があるが、それが高所によるものだと大変だ。
夕食のとき、それが高所によるものか、それとも違う理由なのか確かめるには酸素を吸って寝てもらうことにした。そのため、明日のプモリ行は安全を期するためひとまず1日延期することにした。僕はきっとこれまで放置していた白内障だと思うが、安全を期するのが一番だ。
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