中国最新法令UPDATE Vol.14:24年7月から施行−中国改正会社法② ガバナンス及び役員等の責任に関する改正
1. 導入:日本企業の対応ポイント(中国に子会社を持つ日本企業へのインパクト)
本中国最新法令UPDATE Vol.14で紹介するトピックのうち、中国に子会社を持つ日本企業が知っておくべき重要なポイントは以下のとおりです。
■ ガバナンスの変更
外商投資法施行前(2020年1月1日以前)に設立された外資企業は、2024年12月31日までにガバナンスについて会社法に適合させるための対応を行う必要があるところ、今回の会社法の改正によりガバナンスに関する規定について改正があったため、変更内容も踏まえた上で、未対応の会社については対応が必要であること。特に重要な改正点は以下のとおり。
・董事・董事会への監督機能をより強化する目的での「監査委員会」という新たな制度の導入。
・董事会、監事会を設置しなくてよい場合についての改正。
・従業員代表董事の設置が義務付けられる場合の拡大(日本企業の中国子会社について新たに従業員代表董事を設置する必要が生じる可能性がある点に留意)。
■ 董事、監事及び高級管理職(*1)(以下「役員等」と総称)責任の具体化・強化及び董事責任保険の導入
改正会社法では、役員等の責任の内容が具体化され、かつ第三者や会社に対して損害賠償責任を負う場合などが明確化されています。このような役員等の責任の具体化・明確化に伴い、中国子会社の役員等として派遣される社員に対してこれらの責任の内容をしっかりと説明しておくことが望ましいと考えられます(また、自分が中国子会社に派遣される読者においては、自分が中国子会社役員等として負い得る責任を理解しておくことが重要です)。また、このような責任強化に伴い、会社法でも董事責任保険が導入されるにいたっており、その導入についても検討することが望ましいと考えられます。
2. ガバナンスに関する改正
(1)会社のガバナンスに関する変遷の概要
会社のガバナンスについては、➀外商投資法施行前の旧法(中外合資経営企業法、中外合作経営企業法、外資企業法等)に基づくガバナンス、➁改正前会社法に基づくガバナンス、➂改正会社法に基づくガバナンスという形で変遷してきました。本記事における主題は、➁から➂への変更、すなわち改正会社法に基づく変更です。もっとも、これを理解するためには、まずは外商投資法施行前の旧法に基づくガバナンスから改正前会社法に基づくガバナンスに移行するに際してどのような変更があったかを前提として押さえておく必要があります。そこで、まずはこれらの変遷の概要について説明します。
ア:外商投資法施行前の旧法に基づくガバナンス
外商投資法施行前の旧法では、株主会・株主総会が存在せず、意思決定と業務執行とをいずれも董事会が担っていました。
イ:改正前会社法に基づくガバナンス
改正前会社法では、株主会・株主総会が設けられ、意思決定は株主会・株主総会で行い、業務執行は董事・董事会が行うという形で、意思決定と業務執行の分離が行われました。
ウ:改正会社法に基づくガバナンス
改正会社法では、「監査委員会」という新たな制度が導入されました。また、董事会・監事会について設置が不要である場面についても改正が生じています。これらの改正会社法に基づくガバナンスの変更が本記事のメインテーマの一つであり、この後一つずつ詳細について説明します。
(2)改正会社法による監査委員会の新設
改正前会社法では、有限会社において、少なくとも監事1名の設置が必要とされています(改正前会社法51条1項)。一方、株式会社について、監事会の設置が必要とされています(改正前会社法117条1項)。
改正前会社法のもとで、監事又は監事会は、董事や董事会、高級管理職を監督する職能が付与されていますが、実務上、監事又は監事会の役割が限定されており、監督職能を有効に果たせる場合が少ないので、形式的な機関であるとの指摘がありました。
そこで、今回の改正では、有限会社及び株式会社について、監事会又は監事の代わりとして、監査委員会(中国語:审计委员会)という制度が新たに設けられました。すなわち、会社の定款により、董事会において董事から構成される監査委員会を設置し、監事会又は監事を置かないことができる規定がされています(改正会社法69条、121条)。また、監査委員会は、監事会の職権を行使するものであると規定されています(改正会社法69条、121条)。従って、改正会社法のもとで、監事及び監事会が必須な機関ではなくなるといえます。
さらに、上記の規定に加えて、改正会社法では、株式会社の監査委員会に関するより詳細な規定がされています(改正会社法121条)。下表のとおり整理します。
なお、監査委員会制度は、会社法に導入されたのは今回の改正が初めてだったものの、他の法令に基づき、すでに上場会社及び国有企業に適用されています(「上場会社ガバナンス準則(*4)」38条、「国務院弁公庁による国有企業のコーポレートガバナンス構造の更なる改善に関する指導意見(*5)」二(二)3)。改正会社法の施行に伴い、今後、一般的な有限会社及び株式会社にも監査委員会の設置が可能となります。
上記のように、今回の会社法改正では、監事又は監事会は必要な機関でなくなるので、日本企業は、中国子会社の実情を考慮した上、監査委員会の導入か、それとも監査会又は監事の設置かについて検討し、柔軟に機関設計を行うことができます。ただし、監査委員会の議事方法及び決議手続について、法令上具体的な規定がないため、実務上運用する際、監査委員会の監督職能をどのように果たせるか、董事会の業務執行職能との関係性をどのように調和するかなど、さまざまな疑問点が生じる可能性があります。そのため、中国子会社で監査委員会を設置しようとする場合、すでに監査委員会を設置している上場会社又は国有企業の事例を参考にしつつ、専門家に意見を尋ねたほうが穏当だと思われます。一方、しばらく今後の立法動向及び実務上の運用事例を注目し続けて、より完備な監査委員会制度を待つことも一案と考えられます。
(3)有限会社において監事会・監事を設置しない場合
上記(2)で述べたように、改正前会社法では、有限会社において、少なくとも1名の監事の設置が必要とされていました(改正前会社法51条1項)。そこで、今回の改正では、規模が比較的小さく、又は株主人数が比較的少ない有限会社において、全株主の同意を得れば、監事を設置しないことができる規定が新設されました(改正会社法83条)。
この規定は、株主人数が少ない外資企業(有限会社の場合)に対して重要な規定です。実務上、日本企業が独資で中国子会社を設立したり、他の1社と中国で合弁会社を設立したりする事例が多く見られます。これらの場合、上記の規定を適用すると、監事を設立しなくてもよいので、子会社の設立及びガバナンスのコストを節約できるメリットがあります。ただし、「規模が比較的小さく、又は株主人数が比較的少ない」という基準の詳細(従業員数、資本金、株主の人数など)が明確に規定されていないため、今後司法解釈、登記機関の動向及び実務上運用を注目し続けます。
(4)株式会社において董事会・監事会を設置しない場合
改正前会社法では、株主人数が比較的少なく、又は規模が比較的小さい有限会社について、1名の執行董事を置き、董事会を置かないことができると規定されていましたが(改正前会社法50条1項)、株式会社については董事会を置かない旨の規定がありませんでした。すなわち、改正前会社法のもとで、株式会社について董事会の設置が必須でした。それに加えて、株式会社における監事会の設置も必須でした。
そこで、改正会社法では、規模が比較的小さく、又は株主人数が比較的少ない株式会社について、下記の2つの規定が新設されました。
改正会社法のもとで、株式会社においても董事兼任総経理1名及び監事1名の機関設計でも可能となったため、小型の株式会社にとっては会社の管理コストを減少し、機関設計をより簡潔にできるメリットがあるといえます。
上記(2)ないし(4)までの改正を受けて、機関設計の選択肢を表で整理すると以下のようになります。
(5)法定代表者、董事の就任、辞任、解任について
機関設計に関しては、上記の新設規定以外にも、法定代表者及び董事の関連手続について改正が行われました。詳細は下記アないしエのとおりです。日本企業としては、中国子会社における法定代表者の就任・辞任及び董事辞任・解任の規定を調整反映する際、当該手続に留意する必要があります。特に下記エのとおり、株主会による董事の解任について、解任された董事から損害賠償の請求が可能なため、慎重に対応する必要があります。
ア:法定代表者の就任者範囲の拡大
改正前会社法では、法定代表者就任者は董事長、執行董事又は総経理と規定されています(改正前会社法13条)。一方、改正会社法では、「会社を代表して会社の事務を執行する董事又は総経理が就任する」とされています(改正会社法10条1項)。このように、今後会社の法定代表者は、董事長や総経理に限定せず、会社の実情を踏まえて他の董事を法定代表者にすることが可能となり、範囲が拡大されました。
イ:法定代表者辞任規定の新設
改正会社法は法定代表者の辞任手続について初めて規定しました。法定代表者が、董事又は総経理を辞任する場合、法定代表者も同時に辞任したとみなされます(改正会社法10条2項)。また、会社としては、法定代表者が辞任した日から30日以内に新しい法定代表者を確定する義務も規定されています(改正会社法10条3項)。
ウ:董事辞任手続に関する規定の新設
董事の辞任手続について、改正前会社法では詳しく定められていませんでした。そこで、改正会社法は、辞任する場合、書面で会社に通知する必要があると規定しつつ、会社が辞任の通知を受領した日より辞任の効力が生じると明確にしました(改正会社法70条3項、120条2項)。
エ:董事の解任に関する規定の新設
改正前会社法では、株主会決議により理由なく董事を解任できるか否かについて、明確に規定されていませんでした。しかし、「最高人民法院による<中華人民共和国会社法>の適用の若干問題に関する規定」(五)の規定(*6)3条において、董事任期満了前、株主会の有効な決議による董事の解任を認めると規定されていました。また、当該司法解釈は、解任された董事の補償に関する紛争について裁判所の考慮要因も定めていました。
そこで、今回の改正では、上記司法解釈を踏襲して、初めて会社法において株主会の決議による董事の解任ができると規定しました(改正会社法71条1項)。また、決議がなされた日より解任の効力が生じると明確にしています(改正会社法71条1項)。ただし、董事の権益を保護するため、正当な理由がなく董事任期満了前に当該董事を解任する場合、当該董事は会社に対して賠償を請求することができます(改正会社法71条2項)。
上記の規定を受け、株主会による董事の解任には、何の理由もいらないと解釈されています。ただし、正当な理由なく解任する場合、解任された董事から損害賠償が請求される可能性がある点に留意が必要です。「正当な理由」について、条文上明確に定められておらず、今後の司法解釈や司法実務に注目する必要があります。
(6)従業員代表董事の設置義務の適用対象の拡大
従業員の権益を保護するため、有限会社及び株式会社の機関設計の一環として、董事会、監事会に従業員代表(「従業員董事」、「従業員監事」と呼ばれています)の設置が規定されており、従業員董事は、従業員代表大会、従業員大会又はその他の形式で民主的選挙により選出される者です(改正前会社法44条2項、51条2項等、改正会社法68条1項、76条2項等)。そこで、今回の会社法改正では、従業員董事の設置義務について改正が行われました。
改正前会社法では、有限会社について、①2つ以上の国有企業又は2つ以上のその他の国有投資主体の出資により設立された有限会社、又は②国有独資会社において、従業員董事を設ける義務が規定される一方、その他の有限会社の董事会で従業員代表を設けることが任意とされています(改正前会社法44条2項、67条1項)。また、株式会社について、董事会で従業員代表を設けることが任意とされています(改正前会社法108条2項)。
ところが、今回の改正では、有限会社か株式会社かを問わず、従業員代表の設置義務を負う会社の範囲は下記のように調整されました(改正会社法68条1項、120条2項、173条2項)。
上記のように、改正前会社法では、国有資本の関連会社にのみ従業員董事の設置義務があるので、外資企業に影響が少なかったのですが、改正会社法により、今後、従業員300人以上を有する外資企業でも、従業員董事の設置が義務になる可能性があります。日本企業としては、中国子会社の従業員数、監事会の設置及び従業員監事の有無を確認した上、適時調整する必要があります。
3. 役員等の責任強化
今回の改正では、会社ガバナンスを強化するため、会社の役員等の責任について、いくつかの改正が行われました。
(1)忠実義務及び勤勉義務の概念の具体化
改正会社法は、役員等の忠実義務及び勤勉義務の概念を下記のように新たに規定しました(改正会社法180条1項、2項)。
(2)忠実義務違反行為に関する改正
改正前会社法でも、①会社資金の流用、②利益相反取引、③会社のビジネスチャンスを奪うこと、④会社と競業すること、⑤会社秘密の漏洩など、董事及び高級管理職が忠実義務に違反する行為(以下「忠実義務違反行為」といいます)に関する規制がありました(改正前会社法148条1項)。
そして、今回の改正では、上記忠実義務違反行為の規制対象に監事を加えつつ(*7)、司法実務を踏まえ、忠実義務違反行為の具体的な規制のうち、いくつかが改正されました。主な改正点は下表のとおりです。
上記のように、利益相反取引、会社のビジネスチャンスを奪う行為、競業避止場合の手続がより詳細に規定されているので、日本企業としては、これらの規定に基づき、中国子会社・関連会社の内部制度を調整して、ガバナンスを整備する必要があります。
(3)役員等の責任の強化
改正会社法では、上記規制対象の追加等のほか、役員等の責任を強化していくつかの規定が新たに設けられました。日本企業から中国子会社に派遣された役員等(又は今後中国子会社に出向する役員等)としてはこれらの規定を確認する必要があります。主な規定は下記のとおりです。
■ 第三者に対する責任
董事、高級管理職がその職務を遂行するにあたり、他人に損害を与えた場合、会社が賠償責任を負い、董事、高級管理職に故意又は重大な過失がある場合、当該者も賠償責任を負う(改正会社法191条)。
■ 違法減資の場合の損害賠償責任
登録資本金の違法減資により会社に損害を与えた場合、株主及び責任を負う董事、監事、高級管理職は賠償責任を負う(改正会社法226条)。
■ 清算義務不履行の場合の損害賠償責任
清算義務者である董事が遅滞なく清算義務を履行せず、会社又は債権者に損害を与えた場合、賠償責任を負う(改正会社法232条1項、3項)。
■ 有限会社における出資の確認・催促義務
董事会による株主の出資に関する確認・催促義務が履行されていないことにより会社に損害を与えた場合、責任を負う董事は賠償責任を負う(改正会社法51条2項)。
■ 有限会社における株主の出資払戻に関する連帯責任
有限会社株主の出資払戻により会社に損害を与えた場合、責任を負う董事、監事、高級管理職は当該株主と連帯して賠償責任を負う(改正会社法53条2項)
■ 株式会社における違法配当に関する損害賠償責任
会社の株主に対する違法配当により会社に損害を与えた場合、株主及び責任を負う董事、監事、高級管理職は賠償責任を負う(改正会社法211条)。
(4)董事責任保険について初めて法律レベルで規定
改正前会社法では、董事責任保険に関して規定されていませんが、上場会社に関しては、董事のために責任保険を付保することができるという関連規定があります(「上場会社ガバナンス準則」(*8)24条)。
そこで、改正会社法は、董事責任を強化する一方、董事責任保険の規定も組み入れました。詳細な規定は下記のとおりです(改正会社法193条)。
このように、今後有限会社か株式会社かを問わず、董事責任保険を利用することができるようになります。日本企業としては、中国子会社・関連会社に董事を派遣する際、董事責任保険を付保することができます。この場合、子会社・関連会社社内の関連制度を整える必要もあります。
Authors
弁護士 三浦 亮太(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2000年 弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2000~2018年 森・濱田松本法律事務所。2019年に三浦法律事務所を旗揚げ。
弁護士 井上 諒一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2015~2020年3月森・濱田松本法律事務所。2017年同事務所北京オフィスに駐在。2018~2020年3月同事務所ジャカルタデスクに常駐。2020年4月に三浦法律事務所参画。2021年1月から現職。英語のほか、インドネシア語と中国語が堪能。主要著書に『オムニバス法対応 インドネシアビジネス法務ガイド』(中央経済社、2022年)など
弁護士 趙 唯佳(三浦法律事務所 カウンセル)
PROFILE:2007年中国律師資格取得。2007~2019年森・濱田松本法律事務所。2019年4月から現職
弁護士 袁 智妤(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2018年中国法律職業資格取得。2018年中国華東政法大学卒業、2021年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2022年12月から現職