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インドネシア最新法令UPDATE番外編:Webinar「インドネシアフィンテックセミナー」をもっと理解するためのキーワード解説~「P2P」とは~
三浦法律事務所では現在、インドネシアのGuido Hidayanto & Partners法律事務所から弁護士を招いてインドネシアのフィンテック事情について解説するWebinar「インドネシアフィンテックセミナー」を配信中です。
セミナーの詳細・お申し込みはこちらから
ここでは、セミナーをよりよく理解していただくための導入編として、セミナーの中で頻繁に出てくる「P2P」というキーワードについて講師が解説します。
1. インドネシアフィンテック概要
インドネシアには、まだまだ銀行口座やクレジットカードを持っていない人も多いです。このような状況を一般に、「金融包摂が進んでいない」といいます。もっとも、スマートフォンは爆発的に普及しており、子供からお年寄りまでスマートフォンを持っています。そこで、スマートフォンを活用して金融包摂の課題を解消できないかという着目点から、インドネシアでは、フィンテック事業が大きな盛り上がりを見せています。
日系企業も性質の異なる多様なプレーヤーがインドネシアのフィンテック事業に着目しており、筆者がお手伝いさせていただいているクライアントも、大手商社や金融機関、ベンチャーキャピタル、スタートアップ等、さまざまな性質の企業が含まれています。
そこで、インドネシアにおいてフィンテック事業をすでに実施していたり、これから進出をご検討のみなさまの参考としていただくため、筆者がインドネシアフィンテック事業をサポートする中で培ったノウハウを集約したインドネシアフィンテックに関するセミナーを実施しました。
このセミナーでは、ビジネスモデルの検討を中心としているため、各法令の説明についてはさらっとしか説明していません。「P2Pレンディング」という言葉が良く出てきますが、「そもそも『P2P』って何?」という方もいらっしゃるかもしれません。そこでこの記事では、インドネシアのP2Pレンディングビジネスについて基礎の基礎から説明します。その上で、日系企業のみなさまが、どのような形でインドネシアのP2Pレンディングビジネスにかかわっているかについて紹介します。
2. P2Pとは?
そもそも、「P2P」という言葉はあまり聞きなれないものかもしれません。「P2P」とは、「Peer to Peer」を短くしたものです。「Peer」は「仲間や同僚」という意味で、「Peer to Peer」というのは仲間同士というような意味になります。
インドネシアにおけるP2Pレンディングというのは、デジタルプラットフォームを通じて貸主と借主をマッチングし、それらの貸主と借主の間で直接お金の貸し借りを行う制度です。金融機関から借りるのではなく、仲間同士でお金を貸しあっているような格好になるので、「P2P」という言葉が使われているように思います。この、貸手と借手をマッチングするデジタルプラットフォームのことを「P2Pプラットフォーム」と呼びます。
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(画像左)インドネシアで実際に流通している、P2Pレンディングアプリのスクリーンショット。画面はレンダーに表示される画面で、いろいろなレンディング案件が並んでおり、レンダーは、この中からレンディングしたい案件を選ぶ。
①「AMOUNT LEFT」:募集金額の残り
②「〇 Days Left」:募集締め切りまでの日数
③「B1」:借主の属性に応じたグレードが表示される。このアプリではAからEまであり、Eに近づくほどハイリスクハイリターンとなる。画像右はグレード表
④「MONTH」:レンディング期間
そしてP2Pプラットフォームを提供する事業者のことを「P2Pオペレーター」と呼びます。これを図で表現すると、以下のような形になります。
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ここで重要なのは、インドネシアのレギュレーション上、P2Pオペレーターは自らレンディングを行うことはできない(つまり、自らが貸手となることはできない)という点です。P2Pオペレーターは、あくまでプラットフォームの提供と運営に専念することになります。この点は国によっても制度が異なります。ちなみに日本では、インドネシアのP2Pレンディングに似ているものとして貸付型クラウドファンディングという仕組みがありますが、貸付型クラウドファンディング業者自身がレンダーとなる点が、インドネシアと異なります。
このように、P2Pオペレーター自身がレンディングを行うことはできないので、P2Pレンディングが成立するにはP2Pオペレーターとは別にレンダーが必要となります。実務上はたくさんのキャッシュをP2Pプラットフォームを通じたレンディングのために提供しているレンダーもおり、そのようなレンダーは「スーパーレンダー」と呼ばれています。
3. 日本企業の関わり方と留意点
日本企業がインドネシアのP2Pレンディングビジネスに関与する場合には、大きく分けて①スーパーレンダーとして関与する場合と、②P2Pオペレーターの株式を取得する場合があります。また、これらを組み合わせた形でP2Pオペレーターの株主となりつつ、レンディング資金も提供するというパターンもあります。
(1)スーパーレンダーとして関与する場合
P2Pオペレーター自身は自らレンディングを行うことはできないので、P2Pレンディングビジネスを行うには資金の出し手となるレンダーが必要です。日本企業が大口のレンディング資金を提供し、スーパーレンダーになる形でP2Pオペレーターと協業するというパターンが実務上良く見られます。その際、さまざまな留意事項がありますが、重要な点を2点挙げてみます。
ア 登録段階とビジネスライセンス取得済みの区別
このような協業を成功させるためには、パートナーとなるP2Pオペレーター選びが非常に重要となります。まず最重要のチェックポイントは、そのP2Pオペレーターが、登録取得段階にあるのか、すでにビジネスライセンスを取得しているのかという点です。P2Pオペレーターのライセンスは2段階となっています。P2Pオペレーターとしての活動を行おうとする企業は、まずは金融庁に対して「登録」を行うことになります。P2Pオペレーターは、登録を取得すれば、ひとまず事業を開始できることになります。その後、一年以内に、金融庁に対して、ビジネスライセンスの申請を行います。金融庁は、登録機関中のP2Pオペレーターのパフォーマンス等を審査のうえ、ビジネスライセンスを発行するかどうかを判断します。
P2Pオペレーターがすでに登録を取得していても、審査の結果、ビジネスライセンスを取得できない可能性も十分あります。また、ビジネスライセンスの申請をしても許可されないと判断し、ビジネスライセンスの申請を断念する場合もあります。インドネシアのニュースソースによれば、直近ではPT Arthatech Internasional Manajemen、PT Bole Cicil Indonesia、PT Syarfi Teknologi Finansialの3社が実際に登録抹消となっているようです(ソース:https://m.bisnis.com/finansial/read/20200810/563/1277406/ojk-cabut-tanda-terdaftar-tiga-fintech-p2p-lending)。
せっかくP2Pオペレーターとの協業を開始してもビジネスライセンスが取得できなければ、途中でビジネスを断念せざるを得なくなります。P2Pオペレーターとの協業のため、自社のシステムとP2PオペレーターのシステムをAPI接続したような場合には、そのためのコストも無駄になります。そこで、パートナーとなるP2Pオペレーターが登録段階である場合には、ビジネスライセンス取得見込みがあるのかという点について十分な事前確認が求められます。
イ キャッシュフローが適法に構築されているか
P2Pレンディングスキームにおいては、レギュレーション上、以下のようなキャッシュフローが前提とされています。
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筆者は日々、P2Pオペレーターのオーナーであるインドネシア人との協議を行っていますが(筆者はインドネシア語でのコミュニケーションを得意としており、英語ができない方とはインドネシア語で議論しています)、その中で感じたのは、「P2P規則は、法的拘束力のないガイドラインか?」と思うくらい、P2Pオペレーターごとにさまざまなバリエーションがあるということです。
たとえば、以下のようなストラクチャーも見受けられます。
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上記のストラクチャーの問題点はどのような点にあるのでしょうか。
P2Pレンディングの基本思想として、あくまでP2Pオペレーターは間に入るだけであって、P2Pオペレーター自体のデフォルトリスクを避けるため、P2Pオペレーターはレンダーから資金を受け取ったら速やかにボロワーに流すことが想定されています。金融庁の現在の実務では、P2Pオペレーターの口座にキャッシュが滞留するのは2営業日までとされているようです。
しかし、上記のストラクチャーでは確かにP2Pオペレーターにキャッシュが滞留しているのは2営業日ですが、SPCのところで資金が滞留しています。これでは資金の出し手であるレンダーからみると、最終ボロワーだけでなくこの得体のしれないSPCのデフォルトリスクまで負ってしまうことになります。実務上、P2Pオペレーターのオーナーを問い詰めていくと、実はこのSPCのところでまた貸しをして稼いでいた(!)というような驚きの事実が判明することもあります。
以上からお分かりいただけるように、予期せぬリスクを負わないためにもP2Pオペレーターとの協業にあたってはそのP2Pオペレーターがどのようなキャッシュフローを構築しているかという点も十分に確認しておく必要があります。
(2) P2Pオペレーターの株式を取得する場合
P2Pオペレーターの株式を取得する場合には、まずはP2Pオペレーターの株式を何パーセントまで取得するかを検討します。P2Pオペレーターの外資規制は85%までとされているので、外資企業が直接株式を保有できるのは85%までとなります。実務上は、例えばインドネシアの従業員に15%分を持たせるというアレンジ(実務上「ノミニーアレンジ」といいます)を行う場合もあります。もっとも、P2Pオペレーターの株主変更にあたっては金融庁の承諾を得る必要があります。ノミニーアレンジを実施する場合には、株主変更に関する金融庁の調査において指摘を受ける可能性があるため、ノミニーアレンジを検討する場合には通常よりも慎重に検討する必要があります。また、売手と株式譲渡契約書を締結する際には、「金融庁からの承諾」をクロージングの前提条件とすることを忘れないようにしましょう。
Author
弁護士 井上 諒一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2015~2020年3月森・濱田松本法律事務所。2017年同事務所北京オフィスに駐在。2018~2020年3月同事務所ジャカルタデスクに常駐。2020年4月に三浦法律事務所参画。2021年1月から現職。英語のほか、インドネシア語と中国語が堪能。主要著書に『インドネシアビジネス法実務体系』(中央経済社、2020年)など