IP UPDATE Vol.2「ざっくりさくっと令和3年特許法等改正法」
2021年5月14日、「特許法等の一部を改正する法律」(以下「本改正法」といい、本改正法による改正を「本改正」といい、本改正後の特許法を「改正特許法」といいます。)案が国会において可決され、成立しました。特許法を含む産業財産権法は毎年のように改正される法律ですが、本稿ではその内容をいち早くざっくりさくっとご紹介します。
なお、本改正法は、原則として「公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行されることとされています。
特許庁が公表している関係資料は以下に挙げておりますので適宜ご参照下さい。
改正項目
本改正による改正項目は多岐にわたりますが、企業における契約実務および権利侵害の局面との関係では、以下の3点が重要です。
1. 特許権の訂正等におけるライセンシーの承諾が不要に(改正項目(2)②)
現行特許法127条によれば、特許権につき通常実施権が許諾されている場合には、特許権者は訂正審判を請求するためには通常実施権者(いわゆるライセンシー)の承諾を得る必要があり、特許異議の申立ておよび特許無効審判における訂正の請求(以下、訂正審判請求と合わせて「訂正審判請求等」といいます。)でも同様でした(特許法120条の5第9項および134条の2第9項がそれぞれ127条を準用。)。また、実用新案法14条の2第13項においても準用されています。これらの規定の趣旨は、特許権者が誤解に基づいて不必要な訂正審判を請求したり、必要な範囲を超えた請求をすることによる通常実施権者の不測の損害を防止する点にあると解されています(特許庁編 工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第21版〕469頁)。
特許権者(ライセンサー)としては、特許無効の主張への対抗策として訂正審判請求等を行うというある種の緊急事態において、わざわざライセンシーの承諾を取得するという手間を回避したいところですので、特許ライセンス契約において訂正審判請求等にあらかじめ承諾するとの条項を規定しておきたいところです。もっとも、特許法127条のような規定は欧米等には見られませんので、知財部や法務部の皆様は、海外の企業とライセンス交渉を行う際に「なぜこんなconsentをしなければいけないんだ」と文句を言われた経験もあるのではないでしょうか。そもそも、特許権の権利範囲が減縮されたとしても、減縮された部分は自由技術になるため、ライセンシーが実施できる範囲に影響はなく、通常はライセンシーの利益を害することはなさそうです。
そして、海外企業との取引が一般的になったことや、特定の特許権が多数の者にライセンスされることも増えた今日では、承諾を取得することの煩雑さとのバランスからすると、上記規定の必要性に疑問が持たれていました。
本改正では、訂正審判請求等について通常実施権者の承諾を要しないものとされました。したがって、本改正法施行後は上記のようなライセンス交渉時におけるconsent条項に関する応酬は生じないことになります。
このような改正は、非独占的な実施権者にとってはライセンスされた範囲で自社が実施できれば構わないため、一般的には、特に不利益はないといっていいでしょう。もっとも、独占的通常実施権者は侵害者に対する損害賠償請求が可能と解されていますので、特許権の権利範囲が減縮されると侵害者に対する損害賠償請求の可否又はその範囲・額に影響する可能性があります。
そうすると、独占的通常実施権者としては自己の権利を確保しておくためには、訂正審判請求等をすることまたはその内容につきコントロールを及ぼしたいところです。そこで、ライセンス契約において、①ライセンサーは訂正審判請求等に先立ってライセンシーの承諾を得ることを義務付けること、②ライセンサーはライセンシーに対して、訂正審判請求等およびこれに対応する審決等の内容を通知することを規定することが考えられます(もっとも、①の効果については、ライセンサーがライセンシーの承諾を得ることなく訂正審判請求等をしたとしてもこれが却下されることはなく、あくまで契約当事者間における債務不履行の問題が生じるにすぎないものと考えます(私見)。)。
また、特許権の放棄についても通常実施権者等の承諾が必要とされていましたが、本改正で訂正審判請求等と同様の改正がなされています(改正特許法97条1項)。
2. 個人輸入目的であっても海外事業者による模倣品輸入行為が商標権等侵害に
現行商標法によれば、商標権侵害品の個人輸入は商標権侵害を構成しないと解されています(新・注解 商標法(上巻)98頁)。また、商標の「使用」の一類型である「輸入」とは、「外国から本邦に到着した貨物…又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に…引き取ること」(関税法2条1項1号)をいうと解されているところ、海外事業者が、国内の個人に対して模倣品を直接販売・送付する行為が商標権侵害を構成するかどうかは現行法上明らかでないといわれています(報告書49頁以下)。そうすると、現行法上、個人輸入目的で模倣品を輸入する行為は商標権侵害を問えないのではないかという疑問がありました。また、意匠法についても同様の問題がありました。電子商取引による個人宛輸入の増加(≒侵害貨物の小口化)という近年の傾向(報告書47頁)をふまえると、現行法の規定では権利者の保護が不十分だったといわざるを得ないでしょう。
本改正では、海外事業者による模倣品(商標権/意匠権侵害品)輸入行為が商標権/意匠権侵害となることが明確になりました。今後は、模倣品が個人輸入される場合については税関での水際差止めを中心として対応することが予想されます。
3. 特許権侵害訴訟にアミカス・ブリーフ制度を導入
「アミカスキュリエ(amicus curiae)」は、「裁判所の友」または「法廷助言者」とも呼ばれますが、米国や英国の民事訴訟において裁判所に係属する事件について情報または意見を提出する第三者のことであり、アミカスキュリエが裁判所に提出する意見書はアミカス・ブリーフと呼ばれます。わが国の民事訴訟法にはこのような制度に関する規定はありませんが、知財高裁大合議事件であるApple Japan vs. 三星電子事件(知財高判平成26年5月16日)において、第三者からの意見募集がなされたことをご記憶の方も多いと思います(当時の知財高裁所長、同事件の裁判長であった飯村敏明先生は「裁判所が法的判断をするための知見の収集について」とのご論稿を公表されています(NBL No.1038)。)。
特許権侵害訴訟では、その判断が当事者を拘束することはもちろんですが、当事者が属する業界のみならず、他の業界の企業、関係者にも大きく影響を及ぼす可能性があります。Apple Japan vs. 三星電子事件では、いわゆる標準必須特許(SEP)についてFRAND宣言がされた場合の効力が問題となりましたが、同事件は社会に広く意見を聴くに値する事件の典型といっていいでしょう。
本改正では、①特許権等侵害訴訟において、②「当該事件に関するこの法律(注・特許法)の適用その他の必要な事項」について、広く一般に意見を募集することができる制度が導入されました。①についていえば、まずは特許権(および実用新案権)に関して導入され、これ以外の知的財産権については今後の検討に委ねられています。また、特許権に関する訴訟の中でも、審決取消訴訟や職務発明関係訴訟は対象外です。
②についていえば、意見募集の対象として典型的に想定されているのは、(証拠の評価や証拠からいかなる事実を認定すべきかではなく)どのように法律を適用すべきかという問題ですが、必要があれば経験則や業界慣行等についても意見募集がなされる可能性があります。
さいごに
特許法等は頻繁に改正されていますが、ここ数年、知財訴訟制度改革に関する多くの改正がなされました。このような改正に基づく実務の動向は、知財訴訟以外の訴訟の改革にも影響する可能性があります。われわれ実務家としてはより良い訴訟を志向して日々工夫を重ねたいと思っています。
Author
松田 誠司(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2010年弁護士弁護士登録、第二東京弁護士会所属。2010年中之島シティ法律事務所入所、2015~2017年任期付公務員として特許庁総務部総務課制度審議室に勤務。2017~2018年弁護士法人大江橋法律事務所、2019年から現職。
工業所有権審議会試験委員(弁理士審査分科会試験委員)(2015年)、神戸大学法科大学院非常勤講師(2016年~現在)、情報ネットワーク法学会理事(2016~2020年)、慶應義塾大学理工学部非常勤講師(2020年~現在)、独立行政法人工業所有権情報・研修館 技術審査委員(2021年~現在)など。