税務UPDATE Vol.17:税制適格ストック・オプションの要件緩和
1. はじめに
(1)通達改正により権利行使価額を抑えた発行が可能に
令和5年5月30日、国税庁により税制適格ストック・オプションに関する法令解釈通達案(以下「本通達案」といいます。)が公表され、6月29日まで意見募集手続(パブリックコメント)を経た上で7月中には正式な通達が公表される見込みです。
本通達案の内容を前提とすると、従来の実務と比べて権利行使価額を抑えて税制適格ストック・オプションを付与できる可能性があります。この結果、スタートアップ企業としては、従業員等に対して税務上の優遇を享受させつつ従来の実務と比べてより多くのキャピタルゲインを得る機会を提供できる可能性があるため、採用の場面における訴求力の向上等、人材獲得戦略へのポジティブな影響が期待されます。
(2)権利行使の限度額の撤廃または大幅な緩和などの提言
令和5年6月6日、新しい資本主義実現会議において「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023年改訂案」が決議され、次のとおり、税制適格ストック・オプションについて提言がされました。
2. 現行の税制適格ストック・オプションの要件
税制適格ストック・オプションとは、大要、次に定める要件(租税特別措置法29条の2)を満たし、権利の行使による株式を取得した時点において課税がない(取得した株式の売却益を得る前に課税による負担が生じない。)を満たすストック・オプションを指します。
税制適格ストック・オプションは、その要件を満たすことにより、権利の行使により株式を取得した時点において課税がなく(取得した株式の売却益を得る前に課税による負担が生じない。給与所得等による総合課税が生じない。)、権利行使により取得した株式の売却時に売却額から権利行使価額を引いた譲渡益について譲渡所得税率約20%が課されるのみであるというメリットがあります。
しかしながら、現行の税制適格ストック・オプションは、権利行使期間、権利行使の限度額(スタートアップ企業としてリスクを取っている割にリターンが少ない。)、権利行使価額が時価(未上場会社の場合には直近の株式発行価額以上とするなどの対応)、保管委託といった要件により、使い勝手の良くないものとなっていました。
3. 要件緩和のインパクト
(1)本通達案の実施により権利行使価額を抑えた発行が可能となり、キャピタルゲインが大きくなる可能性がある
税制適格ストック・オプションの権利行使価額は、現在、上記2.⑤のとおり、権利行使価額が付与契約締結時の一株当たりの時価以上とすることが定められており、非上場会社においては「一株当たりの価額」として具体的にどのように算定した株価を採用することができるかという点が、従来不明確となっていました。
このため、株式価値算定を行わずに税制非適格と判断されるリスクを軽減する観点から、「一株当たりの価額」として直近の発行事例における払込金額以上として税制適格ストック・オプションを発行している事例も多いと思われます(結果、権利行使による株式売却後のキャピタルゲインが小さくなる)。
本通達案によれば、財産評価基本通達によって算定した「契約時の一株当たりの時価」以上の価額で権利行使価額を設定すれば、上記2.⑤の要件を満たすことになります(なお、種類株式の内容を勘案して算定することができます。)。また、財産評価基本通達による算定を認め、このように従前不明確であった「一株当たりの価額」の算定方法を明確化するものとなります。
これによりスタートアップ企業においては、「一株当たりの価額」をそれぞれ以下のとおりと定めても税制適格ストック・オプションの要件を満たすことが可能となります。
もっとも、ストック・オプションの会計基準に従って費用計上をする必要があることから、導入のタイミングについては留意が必要です。
(2)権利行使の限度額の撤廃または大幅な緩和などの提言
上記1(2)が全て実現されれば、税制適格ストック・オプションは、今と異なり、非常に使いやすいものとなるでしょう(それでもなお、費用計上をする必要がある点は、税制適格ストック・オプションを活用するか否かに際し、検討すべきポイントとしてあります。)。
もっとも、「措置を講じる」と明確に規定されているのは、「株主総会から取締役会の委任内容について、新株予約権の権利行使価額および権利行使期間等も含めることができるよう」にすることのみ(これが可能となれば、株主総会において大枠を定めた上で、具体的な発行内容を現在よりも取締役会に委任する範囲を拡大することができるため、利便性の向上には資することになります。)であり、その他の内容は「検討する」や「必要な検討を行う」に留まっていることから、具体的にどのような施策が実施されるのか、今後、注視していくことが必要です。
Authors
弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。
弁護士 金井 悠太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録、西村あさひ法律事務所を経て、2020年12月から現職。M&A、データ法制対応、紛争解決、海外進出支援、一般法律相談等広く企業法務全般に携わる。