中国最新法令UPDATE Vol.13:24年7月から施行−中国改正会社法①
1. はじめに
2024年7月1日から、改正された「中華人民共和国会社法」(*1)が施行されます(以下、施行前後の会社法をそれぞれ「改正前会社法」、「改正会社法」といいます)。改正会社法は、15章計266条によって構成され、改正前会社法(2018年に改正・施行)の13章計218条より、実質的に改正・追加された条文は約110条になります。
今回の改正は、1993年に会社法が制定されて以来、2回目の全面的な改正であり(*2)、中国の会社に大きな影響を及ぼすものとして、中国国内では注目を浴びています。そして、2020年1月1日に施行された外商投資法およびその関連実施条例によると、外商投資法施行前に設立された外商投資企業(以下「外資企業」といいます)は、2024年12月31日までに、その組織形態、機関設計等を会社法やパートナーシップ企業法の規定に基づき調整する必要があります(外商投資法31条、42条2項、外商投資法実施条例44条)。したがって、外国企業にとっても、すでに設立した中国子会社や関連会社のためにも、今後の新規の中国進出にとっても、改正会社法の内容を把握しておくことが重要になります。
本稿では、改正の背景および概要を簡単にまとめた上で、主な改正ポイントおよび実務上の留意点について紹介します。
2. 改正の背景および概要
改正前会社法では、実務に遅れる会社制度や基礎的な制度の不足部分があり、会社の監督制度や責任追及制度に不備があるなど、改革と発展に適応されていない問題がいくつか指摘されていた上、中小投資者および債権者への保護の強化が必要と考えられました(*3)。このような背景を踏まえ、2019年に会社法の改正作業が立ち上げられ、4年の検討を経て、2023年12月29日に改正会社法が公布されました。
今回の改正は、改正前会社法の基本骨格と主要制度を基礎として、経済社会の発展に伴う新たな情勢および要求に適応し、実務上重要な問題および制度上の欠点に対応し、体系的な改正を行いました。また、中国の実情に応じて、実務上効果的なやり方および革新の成果を導入し、他国の会社法上有益な経験も吸収・参照しました。さらに、他の法律法規との整合性を図り、関連行政法規、規章および司法解釈の成果を吸収しました(*4)。
改正会社法の内容として、「会社登記」および「国家出資会社(中国語:国家出资公司)の組織機関の特別規定」の2章が新設され、有限責任会社(以下「有限会社」といいます)および股份有限会社(以下「株式会社」といいます)の資本制度、機関設計およびガバナンス、株主権利保護、董事・監事・高級管理職の責任、持分・株式に関する制度、会社の設立・清算制度などについて改正が行われました。
3. 改正ポイント-資本制度に関する改正
(1)登録資本(中国語:注册资本)制度の改正
① 日本企業の対応ポイント(中国に子会社を持つ日本企業へのインパクト)
② 中国の「登録資本」制度(引受制と払込制)
中国では、「登録資本」というコンセプトが用いられています(登録資本の金額は登記されます)。これは、日本の「資本金」におおむね対応するものです。中国の「登録資本」の内容をどのように考えるかにつき、以下の2つの制度があります。
1994年会社法施行時は、有限会社か株式会社かを問わず、払込制が採用されました。その後、改正前会社法では、有限会社および株式会社(発起設立の場合)について、引受制が採用されました(改正前会社法26条、80条)。改正前会社法における引受制の下では、実際の払込期限について、法律上の制限が設けられておらず、会社の定款で自由に決定できることになっていました(改正前会社法25条)。
このような改正前会社法における引受制においては、登録資本が多額に設定されているが、払込期間が長期に設定されており、見せかけだけ登録資本が大きくなっているといった問題が実務上指摘されていました。これが、次に説明する改正内容のきっかけとなったと言われています。
③ 改正内容
これらを表で整理すると以下のようになります。
④ 経過措置
上記の登録資本金に関する改正について、改正会社法施行前に設立した有限会社(以下「既存会社」といいます)はどのように対応するのか、改正会社法では明確に規定されていません。
この点について明確にするため、2024年7月1日、国務院により「国務院による<中華人民共和国会社法>登録資本登記管理制度の実施に関する規定」(*6)(以下「本規定」といいます)が公布・施行されています。本規定によれば、既存会社における対応方法は、以下のとおりとされています。
なお、本規定においては、一定の場合には、上記のような対応を行わず、当初の出資期間を維持することができる旨が定められていますが、その「一定の場合」は会社の生産・経営が国家の利益又は重大な公共利益に関わっており、かつ国務院主管部門又は省級以上の人民政府が意見を提出した場合とされており、日本企業の中国子会社がこれに該当する可能性は低いように思われます(本規定2条2項)。
また、本規定においては、会社が自主的に払込期間等を調整する場合だけでなく、登記機関の職権による調整要求権が定められています。すなわち、登記機関が、会社の経営範囲、経営状況及び株主の出資能力、主な事業内容などに基づき、会社の払込期間等が真実性や合理性原則に違反すると判断する場合には、登記機関が法に基づき会社に対して払込期間等の調整を求めることができるとされています(本規定3条)。このように、登記機関側から払込期間等の調整を求められる可能性があるという点には留意が必要です。
なお、会社が株主の出資金額、出資方法、出資期限などを調整した場合、関連情報が生じた日から20営業日以内に、国家企業信用情報公示システムを通じて社会に公示する必要があるとされています(本規定4条1項)。
本規定では、国務院市場監督管理部門により登録資本登記管理に関する具体的な実施方法を制定する旨が定められており(本規定11条)、今後の動向が注目されます。
(2)払込義務を履行しない場合の新設規定
① 会社に対する損害賠償責任の新設
改正前会社法においては、定款で定めた払込期限内に払込義務を履行しない株主について、①会社に対して不足額の払込義務を負うほか、②払込義務を履行した他の株主に対する違約責任を負うと規定されていました(改正前会社法28条2項)。
今回の改正では、株主が払込みを行わない場合につき、①会社に対して不足額の払込義務を負うほか、②会社に生じた損害につき賠償責任を負う旨が規定されています(改正会社法49条3項、改正会社法107条)。
今回の改正で、払込義務を履行した他の株主に対する違約責任は削除されている反面、会社との関係では、単に不足額を支払うという義務を超えて、会社の損害に対する賠償責任が加えられている点が注目されます。このため、日本企業としては、中国子会社・関連会社への登録資本金の一部が未払いとなっている場合には、不足額の支払を超えて、会社から損害賠償請求をされる可能性もあり得る(特に合弁パートナーがマジョリティーを握っており、合弁パートナーとの関係が悪化しているような場合)点に留意が必要です。
② 失権制度の新設
改正前会社法において、払込義務を履行しない株主を除名できるかどうかにいて、明確に規定されていないものの、司法解釈により、有限会社の株主が払込義務を履行していない(又は全ての出資を払い戻した)場合、かつ会社の催告がなされても、合理的な期間内になお出資を払い込まない(又は返還しない)場合、株主会決議による当該株主の株主資格の解除(以下「除名制度」といいます)ができるとされていました(最高人民法院による「中華人民共和国会社法」の適用の若干問題に関する規定(三)(*7)17条1項)。ただし、当該制度は、払込義務を全く履行しない株主に適用するものであると解釈されており、払込義務の一部だけを履行しない株主にも適用できると考えられる根拠がなく、逆に、一部払込義務を履行した株主について、除名制度が適用されないと判断される裁判例もあります(*8)。そのため、除名制度の適用範囲が狭いと指摘されており、実務上、利用事例も多くありません。また、上記は有限会社に関する司法解釈であり、株式会社について除名制度を認める司法解釈はありませんでした(*9)。
これに対し、今回の改正では、払込義務の一部を履行しない株主に対しても適用する失権制度が新たに設けられました。すなわち、有限会社の場合、一定の条件を満たすと、会社は、払込義務を履行しない株主に対して、払込義務を履行していない持分を失わせることができるとされています(改正会社法51条1項、52条)。また、当該失権制度は、株式会社にも適用するものとされています(改正会社法107条)。失権制度と除名制度の主な相違は下表のとおりです。
上記のとおり、失権制度は、払込義務を全く履行しない株主は無論、払込義務の一部を履行しない株主に対しても適用する制度なので、除名制度より適用場合が拡大された点が評価されており、出資に瑕疵のある株主に対して規制できることも期待されています。さらに、会社法改正前は、株式会社について除名制度は法令・実務上認められていなかったため、株式会社については、今回の改正ではじめて除名制度の法的効果も含む失権制度が導入されたことになります。ただし、失権制度の適用について、いくつかの不明点があります。例えば、出資の払い戻しが適用場合に該当するかどうか、失権後、失われた持分(または株式)について、株主が会社に対する損害賠償責任を負うかどうかなどについて、改正会社法では明確に規定されていないので、今後関連司法解釈その他の規定により詳細な解釈が注目されます。
失権制度のフローは以下の図のとおりです。
上記のように、日本企業としては、中国子会社にて払込義務を履行しない場合には、失権制度により規制される可能性があるので、中国子会社の定款に定める出資期間、出資義務の履行状況について、確認した上、把握する必要があります。
(3)株式会社の授権資本制度の導入
今回の改正では、初めて授権資本制度が導入されました。授権資本制度とは、一般論としては、株式の発行につき、毎回株主総会の決議を要求せず、株主総会から董事会に一定の範囲内での新株発行の授権を行い、董事会レベルで機動的な資金調達を可能とする制度です。
中国において今回導入された授権資本制度は、定款又は株主会(*10)が、董事会に発行済み株式の50%を超えない株式の発行を、3年以内という期間内に限定して授権することを許容するものです(改正会社法152条1項)(*11)。ただし、現物出資の場合、授権資本制度を適用せず、株主会の決議による決定が必要であるとされています(改正会社法152条1項)。また、董事会による授権資本制度の濫用を防止するため、董事会が授権を受けて新株発行を決定する場合、全董事の3分の2以上の賛成により決定する必要があると規定されています(改正会社法153条)。
当該制度は、株式会社の資金調達に便宜を与えると評価されますが、新しい制度であるため、実際に広く利用されるかどうか、実務上の動向が注目されます。
(4)会社の欠損を補填するために登録資本金を減少させる場面に関する簡易減資手続に関する規定の新設
改正前会社法の下では、会社が減資を行う際に、貸借対照表及び財産目録の作成、債権者への通知及び一定期間の公告が求められていました(改正前会社法177条)。そして、債権者は会社に対して債務弁済又は担保提供を要求する権利があるとされていました(改正前会社法177条2項)。このような複雑な減資手続は、債権者の利益を保護する効果がある一方、会社に負担をかけ、会社の運営に不利な面もあると実務上評価されていました。そこで、今回の改正では、欠損を填補するために登録資本金の減少を行う場面につき、簡易減資制度が新設されました(改正会社法225条)。詳細は下記のとおりです。
■ 中国における資本制度
前提として、中国における資本制度の概要は以下のとおりです(改正会社法32条、210条、213条等)。
■ 会社の欠損填補
会社の欠損を補填するに当たっては、まず任意準備金及び法定準備金を利用する必要があるとされています(改正会社法214条2項)。これらにより欠損の全てを補填できない場合には資本準備金を使用することが可能とされています(改正会社法214条2項)(*12)。
資本準備金を使用しても欠損を全て補填することができない場合にはじめて、登録資本金を減少して欠損を填補することができるとされています(改正会社法225条1項)。
■ 簡易減資の新設
欠損を補填するために登録資本金を減少する場合につき、より簡易な手続を許容する仕組みが導入されています。
■ 簡易減資の手続
貸借対照表及び財産目録の作成は必要ですが、債権者への通知が不要とされ、株主会で登録資本金の減少に係る決議をした日から30日以内に新聞又は国家企業信用情報公示システムで公告を行うことで足りるとされています(改正会社法225条2項)。
■ 制限
簡易減資手続を行う場合には、以下のとおり、一定の制約が課されています(改正会社法225条1項、3項)。
Authors
弁護士 井上 諒一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2015~2020年3月森・濱田松本法律事務所。2017年同事務所北京オフィスに駐在。2018~2020年3月同事務所ジャカルタデスクに常駐。2020年4月に三浦法律事務所参画。2021年1月から現職。英語のほか、インドネシア語と中国語が堪能。主要著書に『オムニバス法対応 インドネシアビジネス法務ガイド』(中央経済社、2022年)など
弁護士 趙 唯佳(三浦法律事務所 カウンセル)
PROFILE:2007年中国律師資格取得。2007~2019年森・濱田松本法律事務所。2019年4月から現職
弁護士 袁 智妤(三浦法律事務所 外国法弁護士(中国))
PROFILE:2018年中国法律職業資格取得。2018年中国華東政法大学卒業、2021年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2022年12月から現職