危機管理INSIGHTS Vol.21:学校法人の危機管理/改正私立学校法の要所②-理事・理事会に関する改正点-
1. はじめに
2023年4月26日に成立し、同年5月8日に公布された「私立学校法の一部を改正する法律案」(以下「改正法」といいます。)の施行日は2025年4月1日とされており、施行日まで半年を切りました。
改正法の概要は、以下の記事をご参照ください。
上記記事で解説したとおり、本改正の背景には私立学校における相次ぐ不祥事があり、改正法の主眼は私立学校におけるガバナンス改革の推進にあります。そして、「ガバナンス」には権力者・経営者の専横・暴走の抑制という意味合いがあり、私立学校のガバナンス改革においては、理事長や理事会などの大きな権限を有する機関への監督・牽制が重要視されています(なお、改正前の私立学校法(以下「現行法」といいます。)では、「機関」という言葉は使われていませんでしたが、改正法では、新たに「機関」の規定が設けられることになりました。)。
具体的には、改正法ではガバナンス改革を推進するため、「執行と監視・監督の役割の明確化・分離」の考え方に基づき、理事・理事会、幹事および評議員・評議員会の権限分配を整理し、理事会等へのチェック機能を強化されています。
本noteでは、機関に関する規定のうち、理事・理事会に関する主な改正内容について解説します。
2. 理事の選任・解任
第1に、理事の選解任のプロセスに関する改正がなされました。
現行法では、理事の選任・解任は寄附行為の定めによるとされていますが、改正法では、寄附行為の定めるところにより、理事選任機関が理事の選任・解任をすると定められています(改正法30条1項、33条1項)。また、一定の場合には、評議員会が理事選任機関に対して理事の解任を求められる上、評議員が理事の解任を請求する訴えを提起する権利を有する旨も定められています(改正法33条2項、3項)。
改正法により理事の選任は理事選任機関により決定されることになったため、理事選任機関の選任なしで特定の人物(校長など)を理事とすること(いわゆる充て職理事)はできないことになりました。充て職理事はできないことになった一方で、改正法においても校長が理事に含まれている必要があるとされていますので(改正法31条4項1号)、理事選任機関により、校長を理事に選任する必要があります。特に、1つの学校のみを設置している学校法人の場合、理事選任機関でその学校の校長が理事になることを否決されてしまうと、新たな校長を連れてきて理事に選任しないと、改正法が要求している理事の条件を満たさなくなる可能性がありますので注意が必要です。
どのような機関を理事選任機関とするかについては改正法には特に規定されていませんが、理事選任機関の構成や運営等については寄附行為に定める必要があると定められています(改正法23条1項10号、29条)。
また、改正法では、理事選任機関は、理事を選任するときは、評議員会の意見を聴かなければならないとされています(改正法30条2項)。
では、理事選任機関が評議員会の意見を聴いたところ、理事選任機関が選んだ理事の候補者が、評議員会で反対意見を付されてしまった場合はどうなるのでしょうか?
改正法では、評議員会の意見聴取事項と決議事項が分けて規定されており(改正法66条2項2号、3号)、理事の選任については、意見聴取が必要とされるにとどまり、決議事項とはされていません。したがって、評議員会の意見に法的拘束力はないとされており、理事選任機関の決議によって、反対意見を付された理事についても理事に選任することはできると考えられます。もっとも、文部科学省が公開している「私立学校法の改正について(令和6年7月8日更新)」と題する説明資料(以下「本資料」といいます。)によれば、改正法の制度趣旨が実効性のあるガバナンス構造の構築にあることから、評議員会の意見を尊重することが望ましいとされています(本資料92頁)。
3. 理事の資格等
第2に、理事の資格、兼職禁止、就任制限等に関する改正がなされました。
現行法では理事の素養に関する定めは置かれていませんでしたが、改正法では「理事は、私立学校を経営するために必要な知識又は経験及び学校法人の適正な運営に必要な識見並びに社会的信望を有する者」と定められています(改正法30条1項)。その上で、以下のとおり理事の欠格事由が法定されており(改正法31条1項、2項)、これに該当する人物を理事とすることはできません。
また、現行法では理事と評議員の兼職は禁止されていませんが、「業務執行と監視・監督の役割の明確化・分離」の考え方からガバナンス改革の推進を図っている改正法においては、理事と評議員および監事の兼職が禁止されることになりました(改正法31条3項)。
したがって、現在、理事と評議員を兼職している場合には、改正法の下では兼職を解消する必要があります。兼職を解消した場合に、兼職者だった者を理事とするのか評議員とするのかは学校法人の判断で決めることができるとされています(本資料96頁)。
さらに、現行法においても、親族の就任制限が定められていますが(現行法38条7項)、改正法ではかかる制限がさらに強化されることになり、個々の理事は、他の2人以上の理事、1人以上の監事、2人以上の評議員と特別な利害関係があってはならないと定められました(改正法31条6項)。ここでいう特別な利害関係とは、配偶者や3親等以内の親族であったり、当該者の使用人の関係であったりした場合等とされています(私学法施行規則12条)。特別利害関係人を理事に就任させないようにする趣旨は、親族や一定の関係者による馴れ合いによる学校運営を防止する点にありますので、制限強化によってガバナンス改革の推進を図っているといえます。
4. 理事会の機能
第3に、理事会の担う職務を関する改正がなされました。
理事会が学校法人における業務執行決定機関であるとともに、理事の業務執行の監督機関であることは、現行法と改正法において違いはありません。
もっとも、改正法では、以下のとおり、理事会が意思決定を理事に委任できない事項が具体的に定められ(改正法36条3項)、これらの事項については、必ず理事会で決定しなければならないことになりました。
改正法36条3項5号は、いわゆる内部統制システムについて規定されたものになり、大臣所轄学校法人等では、内部統制システムの整備が義務付けられています(改正法148条1項)。
したがって、大臣所轄学校法人等は、内部統制システムの基本方針を理事会で決定しなければなりません。また、文部科学省が公表している「内部統制システムの整備について」によれば、内部統制システムについての基本的な考え方として、大臣所轄学校法人等以外の学校法人においても、各学校法人の実情に応じ、内部統制システムを整備することが望ましいとされています。
また、改正法36条3項以外にも、例えば、以下のような事項については理事会決議事項とされています。
理事長、代表業務執行理事、業務執行理事の選定(改正法37条1項、3項、4項)
協業取引、利益相反取引の承認(改正法40条)
5. 終わりに
今回の記事では、理事・理事会に焦点を当てて改正法での主たる改正点について解説をいたしました。
改正法の施行日が近づいてきている中、学校法人の関係者の方々はその対応をされていることかと存じますが、本記事が各関係者の方々の一助になれば幸いです。
Authors
弁護士 齋藤 亮太(三浦法律事務所パートナー)
PROFILE:2024年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
2012年~2024年3月まで検察官として勤務(うち2年間は都内の大手法律事務所に出向)。検察官在職時は、財政経済事案をはじめ幅広い事案に携わる。
2024年4月より現職。危機管理・コンプライアンス分野を中心に、当局対応、民事・刑事の錯綜する事案等、企業法務全般を幅広く取り扱う。
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
弁護士 小林 昇太郎 (三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2020年神戸大学法学部卒業、2022年東京大学法科大学院修了、2023年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
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