危機管理INSIGHTS Vol.12:学校法人の危機管理/改正私立学校法の要所①-改正法の主眼と全体像-
1. はじめに
2023年4月26日に「私立学校法の一部を改正する法律案」が参議院本会議にて可決され、改正私立学校法(以下「改正法」といいます。)が成立し、同年5月8日に公布されました。
私立学校法の改正に至るまでの議論の紆余曲折については、以下の記事をご参照ください。
改正法については、文部科学省が「私立学校法の改正について(令和5年改正)」と題する説明資料(以下「本資料」といいます。)を公表しています。
本資料は、230頁に及ぶ大部なものであり、相当詳細な解説がなされています。
また、文部科学省はYouTubeにおいて、「私立学校法の改正について(令和5年4月28日)」と題する動画をアップロードしており、同資料を用いた解説を行っています。
改正法の詳細については上記資料をご参照いただくとして、本連載では改正法の中で、最低限ここだけは押さえておくべきという「要所」を数回にわたって解説していきます。
2. 改正法の主眼と基本的な考え方
私立学校における相次ぐ不祥事が改正法の背景にあり、改正法の主眼が私立学校におけるガバナンス改革の推進であるという大きな視点を持っておくと改正内容を理解しやすいと思います。
「ガバナンス」(統治)という言葉には、権力者や経営者の専横・暴走を抑制するという意味合いが含まれており、私立学校における理事長や理事会といった大きな権限を有する機関へのけん制という要素が改正法の随所に見られます。
本資料では、改正法には、①ガバナンス改革の目的、②理事会と評議員会の権限関係、③「対立」ではなく「協働」、④不祥事を防止する複層的な仕組みという4つの基本的な考え方が根底に存在している旨を説明しています。
(1)ガバナンス改革の目的
第1に、ガバナンス改革は「私立大学の教育・研究の質を向上させる」という目的を達成するための1手段であるということを明言しています。
これは、組織において陥りがちな「手段の目的化」(仕組みづくり自体が自己目的化してしまい、何のために仕組みを整えたのかを見失ってしまうこと)を防ぐべく、釘を刺していると読むことができます。
「なぜ組織や人的構成を変えなければならないのか?」、「なぜ理事会等の執行機関をけん制する必要があるのか?」、「なぜガバナンス改革が自法人における教育・研究の質の向上につながるのか?」といった問いに対し、学校法人自らが主体性を持って答えを練り上げることにより、「手段の目的化」を防ぐことができると考えます。
(2)理事会と評議員会の権限関係
第2に、理事会・評議員会の基本的な枠組みを維持しつつ、評議員会等による理事会等に対するチェック機能を高めるという理事会と評議員会の権限分配や関係性を整理しています。
この記載は、評議員会を「最高監督、議決機関」という位置づけに変更する旨の提言を行った学校法人ガバナンス改革会議の2021年12月3日付け「学校法人ガバナンス改革会議報告書」を念頭に置き、本改正は従来の理事会・評議委員会の位置づけを変えないものであることを確認的に説明したものと読むことができます。
「チェック機能を高める」という点については、評議員会の理事選任機関への意見具申や解任請求等が挙げられます(詳細は後の連載にて説明予定です。)。
本改正による学校法人の内部機関の関係性の変更点は、以下の図でまとめられています。
(3)「対立」ではなく「協働」
第3に、執行(理事会)と監視・監督(評議員等)の役割の分離が、「対立」ではなく、「相互けん制」・「建設的な協力」・「議論」といった関係性を築き、納得感のある学校法人の運営を目指すためのものであることを述べています。
学校法人制度改革特別委員会の2022年3月29日付け「学校法人制度改革の具体的方策について」(本文)4頁では「私立学校の特性に応じた形で理事・理事会、監事及び評議員会の『建設的な協働と相互けん制』を確立することにより、実効性あるガバナンス構造を構築しなければならない。」と述べ、6頁では「迅速な意思決定による改革を重視する向きからは、理事会と評議員会の双方の決議内容が異なる場合に、理事会の決議の優越を定める意見もあったが、両者の建設的な協働を促進することが今次の改革の出発点である。その趣旨から、上記の議決事項については両者の決議をもって学校法人の意思決定とするものであり、各機関の決議の優劣を一律に法制上措置するものではない。この場合、学校法人として理事会と評議員会との建設的な協働を促進するための手続を各法人の寄附行為であらかじめ定めることも考えられる。」と述べているところ、同報告書のこれらの提言を念頭に置いているものと考えられます。
そして、これは一連のガバナンス改革が何を目的としたものなのかを意識するという1つ目のポイントと通底する視点と言えます。すなわち、本改正に基づき、理事会と評議員会の役割の分離という「手段」面のみを過度に重視し、本来の目的を忘れて評議員会と理事会を抽象的な対立構造と捉えてしまうことは、「充実した納得感のある学校法人運営」から遠ざかってしまいかねません。
(4)不祥事を防止する複層的な仕組み
第4に、改正法で定められた不祥事予防策が、人事上の仕組みのみならず各種緊急措置の仕組みも含んでいることを指摘しています。
昨今、法人の形態や業種・業界を問わず、多種多様な不祥事が発生・発覚していますが、そのような不祥事のリスクをゼロにする必勝法や特効薬は残念ながら存在しません。
個人への継続的な教育・研修、不正の機会を削減する仕組みづくり、不正を早期発見できるモニタリング体制・通報制度の整備、ガバナンス・内部統制の充実化等、企業は既に複層的な不祥事予防の仕組みを構築し、不祥事発生リスクを低減すべく努力を重ねていると思います。
学校法人においても、不祥事を防止するためには小手先の対応では足りず、「複層的な仕組み」を構築し、不祥事発生リスクを1%でも低減できるようベストを尽くすことが求められます。
3. 改正法の全体像
改正法の全体像は、本資料4頁において、以下の表のとおりまとめられています。
今回は個別の内容には立ち入りませんが、広範かつ多岐にわたる改正がなされており、学校法人は自法人の組織・仕組みの抜本的な見直しを求められることになります。
4. 改正法施行に向けたスケジュール
改正法の施行日は令和7年(2025年)4月1日とされており、2年弱の準備期間があります。もっとも、改正法は、理事・監事・評議員等の人事面について大幅な改正を行っているほか、組織面や会計・情報公開等の仕組み等見直さなければならない事項は多岐にわたります。
5. 終わりに
私立学校法の改正により、私立学校におけるガバナンス体制の見直しが必要となります。改正法の内容を十分に理解し、何をすべきかを適切に把握することが、スムーズに自法人の体制を整備するための出発点です。
本連載は、数回にわたり改正法の「要所」を噛み砕いて解説していきますので、学校法人の担当者の方々の一助になれば幸いです。
Author
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。