M&P LEGAL NEWS ALERT #18:M&A契約におけるAIに関する表明保証②
1. はじめに
AI技術は急速に進化しており、また、複雑であることから、デュー・ディリジェンスを踏まえてもリスクを正確に評価することが難しいため、米国企業のM&A契約ではAIに関する表明保証を定めるものも見られるようになってきています(詳細は「M&P LEGAL NEWS ALERT#10:M&A契約におけるAIに関する表明保証」をご参照ください)。
そして、米国のニューヨーク市ではAIを利用した採用プロセス等における偏見や差別を予防するための規制があることから、このような規制の対象となるAIツールを使用していないことについて表明保証を定めるものもあり、今後、AIに関する規制整備が進むことで特定の規制の対象となるAI技術やツールを使用していないことについての表明保証を求めることになることも考えられるところですが、2024年8月に発効した欧州におけるAIに関する包括的な法規制であるArtificial Intelligence Act(「欧州AI法」)について表明保証を定めるものも見られるようになってきています。
そこで、欧州AI法に関する表明保証が具体的にどのように定められているか、近時の米国企業のM&A契約をもとに検討します。
※本noteで記載しているサンプル条項は米国の上場企業が開示したM&A契約に定められている条項を参考に筆者が作成したものです。実際のM&A契約においては案件の個別具体的な事実関係に基づいて定める必要があることにご留意ください。
2. 欧州AI法の特色
表明保証についての検討の前提として、欧州AI法には以下の特色があります。
※欧州AI法において、「AIシステム(AI system)」と「汎用目的AIモデル(general-purpose AI model)」は以下のとおり定義されています。
3. 欧州AI法に関する表明保証
このように、①日本企業やそのグループ会社であっても欧州AI法の適用があり得ること、②欧州AI法の規制を遵守する負荷が大きいこと、また、③欧州AI法に違反した場合のサンクションが苛烈であることから、まずはデュー・ディリジェンスにおいて対象会社が欧州AI法の適用対象となる事業等を行っていないかを確認することになります。
そして、対象会社が欧州AI法の適用対象となる事業等を行っていることが判明した場合、クロージング後に当該事業等を取りやめることや欧州AI法の規制を遵守するために見込まれるコストを買収対価に反映することになります。
他方、対象会社が欧州AI法の適用対象となる事業等を行っているか否かが判然としなかった場合には、欧州AI法に関する表明保証を求めることになります。
この場合の表明保証としては、「対象会社は欧州AI法を含むAIに関する法規制を遵守している」といった内容にすることも考えられますが、欧州AI法の規制は段階的に適用されていくこともあり、クロージング後に適用される規制は表明保証の対象外となってしまいかねないという難点があります。
そこで、以下のサンプル条項のように、対象会社が提供している製品・サービスにおいて欧州AI法の規制を遵守する負荷が特に大きいものは存在しないことについて表明保証を求めることが考えられます。
4. おわりに
冒頭に記載のとおり、AIに関する規制整備が進むことで特定の規制の対象となるAI技術やツールを使用していないことについての表明保証を求めることになることも考えられるところ、欧州AI法についても同様の対応が実務上見られるようになってきています。
今後、日本や諸外国において、欧州AI法のようにハードローによる規制整備が進められていくのか、それともガイドラインといったソフトローによる規制整備が進められていくのかは定かではない状況ですが、本noteがM&A契約におけるハードローによるAI規制に関する表明保証のドラフティングの一助となれば幸いです。
Author
弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説 実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)等、著書・論文多数