イノベーション法務 Vol.3:「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項-内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて-」の公表
2024年10月17日、金融庁及び経済産業省が共同で開催する「ベンチャーキャピタルに関する有識者会議」(以下「本有識者会議」といいます。)は、「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項-内外機関投資家からの資金供給の拡大とスタートアップエコシステムの発展に向けて-」(以下「本VC推奨・期待事項」といいます。)を公表しました。
本有識者会議は、2023年12月12日に金融庁の金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」及び「資産運用に関するタスクフォース」から公表された報告書において、以下の提言等が示されたことを受けて、設置されたものです。
本有識者会議においては2024年4月から計3回の議論が行われ、同年7月よりパブリックコメント(結果については、こちらをご参照ください。以下「本パブリックコメント」といいます。)の手続を経た上で、本VC推奨・期待事項が公表されました。
VC実務の目線感を示すものとして非常に重要と考えられますので、本稿では、本VC推奨・期待事項の概要を解説します。
1. 本VC推奨・期待事項の位置付け
上記の経緯より、本VC推奨・期待事項は、長期運用に資するアセットクラスとしてのVCの魅力を高め、VC業界の発展を後押しするべく、広く国内外の機関投資家から資金調達を目指すVCに関して、ファンドへの投資者(リミテッドパートナー(LP))及びファンド運営管理者(ゼネラルパートナー(GP))として推奨・期待される事項を定めるものとして整理されました。
画一的に遵守を義務づけるルールベース・アプローチは採用されておらず、LPが投資判断をするに当たって自己の判断で本VC推奨・期待事項を考慮し、また、GP自身の判断により本VC推奨・期待事項を意識した運営がなされることによって、VCの資金調達・運用実務において活用されることが期待されています。そのため、本VC推奨・期待事項は、VCに対する監督上の目線を示すものではないことが明記されており、また、タイトルも原則として対応が求められるニュアンスのある「プリンシプル」という表現は採用されませんでした。
2. 本VC推奨・期待事項の対象となるVC
本VC推奨・期待事項が対象とするVCは、広く国内外機関投資家から資金調達を目指すVCとされており、そのVCの実態に応じて活用されることが想定されています。そのため、VCの規模や特性等の実態を考慮して、一部の本VC推奨・期待事項を実施しないという判断もあり得るとされておりますが、その場合、そのような判断を行った合理的な理由や将来展望等について、LP・GP間で意思疎通がされることが期待されるとされています。
なお、VCの金融商品取引法上の参入形態やファンドの法的位置付け(投資事業有限責任組合、匿名組合、合同会社等)は問わないこととされています。
また、対象となるVC以外のVCにおいても例えば、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)、金融系・大学系VCに関しては、ガバナンスの在り方等につき特殊性があり得ることに留意する必要があるものの、また、初期段階のVCに関しては、VCの規模や資金調達状況に応じた運営体制をとることが想定されるものの、必要に応じて本VC推奨・期待事項が参照されることも期待されるとされています。
3. 推奨・期待される事項
具体的な「推奨・期待される事項」は、以下の二段構成となっています。
なお、上記1. で述べた位置付けどおり、本VC推奨・期待事項に応じた対応をどのように行うかは、各LP及びGPの自己判断に委ねられており、対応の有無を第三者が評価するものではないことが改めて明記されています。
3-1. (a)推奨される事項
「推奨される事項」は、VCがアセットクラスとして国内外の機関投資家の投資対象となるため、LPに対する受託者責任を踏まえ、VCとして備えておくことが推奨される事項という視点で策定されています。
その概要は以下のとおりです。一般的なVCにおいて通常要求される事項と重複する点も多く存在するように思われますが、特に注意が必要と思われる点については補足をしています。
■ 受託者責任・ガバナンス
① GPのLPに対する受託者責任の認識・LPへの説明責任
利益相反事項のみならずファンド運営に関する重要な事項等が議論されるよう、LPの代表等で構成される諮問委員会(LPAC)を設置する等、LPの意見が十分反映されることが推奨されています。
② 持続可能な経営体制(キーパーソン等)の構築
やむを得ない事情がある場合やファンド運営に支障や利益相反が生じるおそれがない場合を除き、キーパーソンがファンド運営に専念する体制を整備することが推奨されており、また、短期間でのキーパーソンの離反は基本的に起きてはならない事象であるとの認識を持ち、万が一キーパーソンが離反する場合には、新規投資の停止やLPの出資コミットメントの再検討が可能とされることが推奨されています。
③ コンプライアンス管理体制の確保(責任者の明確化、規程整備)
④ LPの権利の透明性確保
特定のLPに対して、他のLPに重大な悪影響を及ぼし得る個別権利(社会通念上一般的なものを超えて、GPが特定のLPに対して特定の投資行為に係る拒否権を与える場合等が想定されています。)の付保を行う場合、他のLPにも情報提供が行われる等の透明性が確保されることが推奨されており、また、特定のLPに個別権利の付与を行う場合には、ファンド規模やLPの属性に応じ、LPは自身よりも出資コミットメント額が同等以下のLPに付与されている権利を求めることができるようにすることが推奨されています。
■ 利益相反管理等
⑤ 利益相反管理体制の整備(LPへの諮問等)
特に、GPが他事業との兼任・兼業や複数ファンドの運営を行う場合、利益相反管理の徹底が推奨され、他事業との兼任・兼業に関しては、GP内のリソース配分やファンド運用との関係を明確にした上で、ファンド運営に影響があり得る場合には、投資先企業の価値向上につながるもの等、LPのリターン向上に資するものに限定することが推奨されています。
⑥ GPによる適切な出資コミットメント等
GPは、投資先ごとの投資額に対するリターンよりも、LPの出資コミットメント額に対するリターンを最大化することが重要であることを意識することが推奨されています。
また、組合契約における利益分配構造等の主要な条件に関しては、グローバルな機関投資家からの資金調達も見据え、ILPA Private Equity Principles等のグローバル・スタンダードに配慮したものとすることが推奨されています。
■ 情報提供
⑦ 保有資産の公正価値評価(ファンド規模等に応じた評価体制・評価フローの構築)
⑧ 四半期ごとのファンド財務情報等の提供
3-2. (b)期待される事項
次に、「期待される事項」の概要は以下のとおりです。
■ 投資先の企業価値向上
⑨ スタートアップの成長に資する投資契約
⑩ 投資先の経営支援(人材紹介、ノウハウ提供等)
⑪ 投資後の継続的な資本政策支援等(フォローオン投資、ファンド期間の延長、M&A含む最適なエグジット手法・時期の検討)
⑫ 投資先の上場後の対応(クロスオーバー投資)
■ その他
⑬ ESG・ダイバーシティ
なお、「期待される事項」に関しては、目指すべき全体的な方向性を示すものであり、個別のVCの戦略は多様であることから、GP・LP間で十分な意思疎通が行われることが期待されると言及されるにとどまっています。実際、「期待される事項」の多くはVCの性質や方針によるところが大きいと考えられますので、あくまでもGP・LP間の検討事項の一例として位置付けられていると考えられます。
また、上記⑨ないし⑫にも表れているとおり、スタートアップの育成もGPの重要な役割とされておりますが、この点も、あくまでもリターンの向上に資する範囲での役割であることが明記されています。
4. まとめ
本VC推奨・期待事項は当初提言されていた内容からはトーンダウンし、プリンシプルとしての策定ではなく、あくまでも推奨・期待される事項として定められることになり、また、対象となるVCに関しても限定的となりました。その内容についても現在の実務に大きな影響を及ぼすようなものではないと考えられますが、他方で、VC実務の目線感を示すものとして重要な位置を占めると考えられ、また、(上記3-1. において個別に補足した事項のように)留意すべき点も存在するため、VC関係者においては必ず内容を把握しておくべきといえます。
なお、本VC推奨・期待事項については今後も必要に応じ、本有識者会議においてフォローアップ・見直しの検討を行うことが明記されているため、今後の動向についても注意する必要があります。
Authors
弁護士 所 悠人(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年早稲田大学法学部卒業、2016年早稲田大学法科大学院修了、2017年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。2021年8月入所(2024年1月より現職)。スタートアップ・プラクティス、ファイナンス、金融レギュレーションを軸としつつ、M&A・紛争を含む企業法務全般を広く取り扱う。
主要著書・論文は、『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『Lexology Panoramic – Securities Litigation 2024: Japan Chapter』(Law Business Research、2024年〔共著〕)等。
弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)。西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務、M&A・スタートアップ支援等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。