ポイント解説・金商法 #17:「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂【事後交付型株式報酬における現物株式の付与・株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却について】
令和6年4月19日、金融庁・証券取引等監視委員会から、「インサイダー取引規制に関するQ&A【応用編】」の改訂版(以下「本Q&A」といいます)が公表されており、本Q&Aでは、事後交付型株式報酬(譲渡制限付株式ユニット(RSU)及び業績連動型株式ユニット(PSU))における現物株式の付与及び株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却に関するインサイダー取引規制の適用に関する「応用編」問9・10の2問が追加されています。
なお、株式報酬としての譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック(RS))の自己株式処分の方法による付与に関する「応用編」問8の追加を含む令和5年12月8日の本Q&Aの改訂については、「ポイント解説・金商法 #15」において解説しておりますので、ご参照ください。
1. 事後交付型株式報酬における自己株式処分の方法による付与
問9の解説では、以下のような一般的な内容の譲渡制限付株式ユニット又は業績連動型株式ユニットにおける株式の付与であれば、①当該付与が株式報酬の一種であること、②当該付与の条件及び当該条件充足時の現物株式の付与数並びに付与時期が当該付与時点より相当の期間前に社内規程又は契約等で規定されているものであることから、情報の非対称性に基づく取引による市場の公正性・健全性の阻害という事態は基本的には想定されないことを理由に、未公表の「重要事実」があったとしても、当該付与が当該「重要事実」と無関係に行われたことが明らかであるとして、インサイダー取引規制違反にはならない旨が示されています。
上場会社が未公表の「重要事実」(金融商品取引法第166条第2項)を有している場合には、株式報酬として役職員等に対し付与する譲渡制限付株式ユニット又は業績連動型株式ユニットにおける現物株式の付与を含め、自己株式の処分の方法により株式を割当先に移転することは「売買その他の有償の譲渡若しくは譲受け」(金融商品取引法第166条第1項柱書)に該当し、インサイダー取引規制への抵触を慎重に検討する必要があるところ(2011年12月公表の金融審議会「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」報告書5頁参照)、自己株式処分型の譲渡制限付株式ユニット又は業績連動型株式ユニットの交付時期に留意が必要となっていました。
前回の改訂対象であった応用編(問8)において、以下のような一般的な内容の譲渡制限付株式における株式の付与の場合、未公表の「重要事実」があったとしても、当該付与が当該「重要事実」と無関係に行われたことが明らかであれば、インサイダー取引規制違反にはならない旨が示されていましたが、問9は、問8で示された事前交付型株式報酬に関するこのような考え方が、譲渡制限付株式ユニット又は業績連動型株式ユニットの事後交付型株式報酬においても当てはまる旨を改めて示した形になります。また、同様の考え方は、上場会社が、役職員等に対して、社内規程又は契約等に基づき勤務の継続や業績条件の達成度合いに応じてポイントを付与し、当該ポイントに基づき信託を通じてその株式を付与するもの(株式交付信託)についても当てはまる旨が示されております。今後は、問8および問9の考え方に従い、株式報酬の幅広い類型において、(インサイダー取引規制の対象外である新株発行の方法によるのではなく)自己株式の処分の方法による場合にも、より柔軟に交付時期の設定が可能となると考えられます(*1)。
2. 株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却
問10の解説では、上場会社の役職員等による一般的な内容の譲渡制限付株式(問9解説参照)の売却で、以下の①乃至③の要素を備えるものであれば、情報の非対称性に基づく取引による市場の公正性・健全性の阻害という事態は基本的には想定されないことを理由に、当該売却時点で当該役職員等が未公表の「重要事実」を知っていたとしても、当該売却が当該「重要事実」と無関係に行われたことが明らかであるとして、インサイダー取引規制違反にはならない旨が示されています。
上記の考え方は、問9と同様に、譲渡制限付株式ユニット、業績連動型株式ユニット及び株式交付信託において付与される現物株式の売却についても当てはまる旨が示されています。
従前、株式報酬の付与対象となる役員や一部の従業員は、ほぼ常に、M&A情報など何らかの会社の未公表の重要事実を抱えている可能性があり、人によっては退任・退職後、一定期間が経過してからでなければ株式を売却できず、納税資金の工面に支障が出ていることや、在任中・在職中のインセンティブ効果が削がれているとの指摘がされていました(*2)。問10の公表により、株式報酬の付与を受けた役員・従業員は、問10の考え方に従って株式売却を行うことで、売買の期日と期日における売買等の総額又は数が特定されている又は裁量の余地がない方法により決定されている必要のある知る前契約・計画を用いなくとも(*3, *4)、より柔軟にインサイダー取引規制に違反しない形で納税資金の確保を行うことができ、インセンティブ報酬としての株式報酬の使い勝手が向上すると考えられます。
このように知る前契約・計画の不便さを解消するための要件であることを考えると、上記②および③については具体的な仕組みが特定されているわけではなく、契約という点では、典型的には、VWAPターゲット注文などの取引一任行為(金融商品取引業等に関する内閣府令第123条第1項第13号、金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針(令和6年4月)Ⅳ-3-1-3(1)・(2))や指図不能な保有株式売却信託による売却などが考えられるものの、その他の方法であっても、事前に決められたとおりの売却方針で売却が売却時における役職員の指示なく執行される仕組みであれば許容されるものと考えられます。また、社内規程については、現在の上場会社のインサイダー取引防止規程(内部者取引防止規程)においては、知る前計画による売却等、法令に基づく適用除外取引が許容されることしか規定されていない場合が大半であると思われますが、今回のQ&Aの改正を踏まえて、株式報酬を導入しているまたは導入を検討している会社にあっては、社内規程を改正し、株式報酬によるインセンティブの実現に柔軟に対応できるようにすることも必要であると考えられます。
なお、上記①の要件については、通常は満たされると考えられますし、上記契約において売却目的を記載することでその証跡を残せると考えられます。
本Q&Aの改訂は、コーポレートガバナンスの観点から中長期の業績向上に向けたインセンティブとしての機能を期待されて導入が進んでいる株式報酬制度の実務対応に関する内容の追加であり、株式報酬に関する交付時期の設定等に対し一定の影響が考えられるため、企業における実務担当者の方は一読されることが望まれます。
Authors
弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。
弁護士 大草 康平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年東京大学法学部卒業、2015年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。2020年3月から現職(2022年1月パートナー就任)。2017年から2019年にかけては経済産業省経済産業政策局産業組織課に出向(課長補佐)し、コーポレート・ガバナンスに関するガイドラインの策定、M&Aに関する会社法の特例に関する法改正等に従事。上場会社に関するM&A、コーポレート・ガバナンス等、会社法、金商法、上場規則関係を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
弁護士 新岡 美波(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2018年東京大学文学部卒業、2020年東京大学法科大学院修了、2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2022年4月から現職。幅広い分野の案件を経験し、現在ではファイナンス案件、金融法規制を中心に、企業法務全般を広く取り扱う。