ポイント解説・金商法 #6:四半期開示の見直しに関するディスクロージャーワーキング・グループ報告
2022年12月27日、四半期開示の見直しとサステナビリティに関する企業の取組みの開示に関する金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ(以下「DWG」といいます。)の報告書が公表されました。本noteでは、四半期開示の見直しについて解説します。
1. DWG報告の概要
四半期開示の見直しについては、2022年6月13日に公表されたDWG報告において、コスト削減や開示の効率化の観点から、金融商品取引法の四半期報告書(第1・第3四半期)と取引所規則に基づく四半期決算短信を一本化する方向性が示されていましたが(詳細は「ポイント解説・金商法 #4」をご参照ください。)、今回のDWG報告では、「一本化」における具体的な論点について、以下のとおり見直しの方向性を検討するとされました。
(1)DWG報告を踏まえて対応が行われる事項
【四半期決算短信】※取引所において具体的な検討・対応を進める
企業の積極的な適時開示を促すための好事例の公表やエンフォースメント(実効性確保措置)の強化
原則として速報性を確保しつつ、投資家の要望が特に強い事項(セグメント情報、キャッシュ・フローの情報等)について、四半期決算短信の開示内容に追加する
速報性の観点等から、四半期決算短信については監査人によるレビューを一律には義務付けない
※企業においてレビューを受けるかは任意とするとともに、投資家への情報提供の観点からレビューの有無を四半期決算短信において開示する会計不正が起こった場合(これに伴い、法定開示書類の提出が遅延した場合を含む。)や企業の内部統制の不備が判明した場合、取引所規則により一定期間、監査人によるレビューを義務付ける
※要件や期間については、不適正開示等に対する実効性確保措置との関係も踏まえて検討を進める「一本化」後の四半期決算短信の虚偽記載に対してエンフォースメント(実効性確保措置)をより適切に実施していく
※法令上のエンフォースメントについては現時点では不要とする(ただし、四半期決算短信を含む、取引所の適時開示について、相場変動を図る目的など、意図的で悪質な虚偽記載が行われた場合には、現行でも金融商品取引法上の罰則の対象となると考えられる)
【半期報告書・臨時報告書】
四半期報告書において、直近の有価証券報告書の記載内容から重要な変更があった場合に開示が求められてきた事項については、臨時報告書の提出事由とする(※注)。例えば、「重要な契約(※)」について重要な変更があった場合や新たに契約締結を行った場合に臨時報告書の提出事由とする
※①企業・株主間のガバナンスに関する合意、②企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意、③ローンと社債に付される財務上の特約上場企業の半期報告書については、現行と同様、第2四半期報告書と同程度の記載内容と監査人のレビューを求め、提出期限を決算後45日以内とする
非上場企業は、今回の四半期開示の見直し後においても、上場企業に義務付けられる半期報告書の枠組み(現行の第2四半期報告書と同程度の記載内容と監査人のレビュー、45日以内の提出)を選択可能とする
半期報告書、臨時報告書及び発行登録書の公衆縦覧期間について、金融商品取引法を改正し、有価証券報告書の公衆縦覧期間及び課徴金の除斥期間である5年間に延長する
【その他】
「一本化」後の四半期決算短信や半期報告書へ適用できるようにするための会計基準・監査基準の整備を当局、ASBJ、取引所、日本公認会計士協会などの関係者において行う
(2)今後の検討事項や将来的な課題とされた事項
【四半期決算短信】
四半期決算短信の任意化
【適時開示】
適時開示ルールの見直し(細則主義から原則主義への見直し、包括条項における軽微基準の見直し)
※細則が定められている中でこれまで実務が行われてきた点や、インサイダー取引規制やフェア・ディスクロージャー・ルールとの関係を考慮した見直しとする
【有価証券報告書・臨時報告書】
重要な適時開示事項(例えば、企業が公表する重要な財務情報等)について臨時報告書の提出を求める
※具体化する際は、重要な適時開示事項の範囲や、将来情報が含まれる場合の取扱いについて検討していく四半期決算短信に含まれる情報も重要な適時開示事項に含め臨時報告書の提出事由とする
有価証券報告書の公衆縦覧期間や閲覧期間のさらなる延長
【開示制度全般】
適時開示についての取引所のシステムと臨時報告書を含む法定開示についての金融庁のシステムの連携によるワンストップ化や制度上の整備
上場企業の開示情報に係るシステムのあり方
2. 四半期開示の見直し
決算短信は、開示内容を充実させてきたことで、「長信」となっており、有価証券報告書の内容と重複しているといった指摘がありました。
そこで、2016年3月のDWG報告において、会社法・金融商品取引法に基づく法定開示と取引所の適時開示について、全体として開示の充実を図りつつ、役割に応じて内容の重複を減らして上場会社の実務負担の軽減を図ることが提言されたことを受け、取引所において、経営成績等の定性的な情報の開示要請を取りやめる等の速報性・周知性を重視した決算短信の簡素化が実施されました。
四半期開示の目的は投資者が上場会社の経営成績や財政状態の変化のトレンドを早期に把握することにありますが、その目的や効果に照らして上場会社の実務負担が見合うものなのかという議論がその後も続いていたところ、今般、適時開示(四半期決算短信)の内容を再び充実させ、また、エンフォースメント(実効性確保措置)を強化することで、法定開示(四半期報告書)は廃止し、適時開示(四半期決算短信)に一本化することになりました。
【法定開示と適時開示】
決算短信は取引所規則に基づいて開示するものであるため(※)、今回のDWG報告の提言を踏まえ、取引所において、四半期決算短信の具体的な見直しが進められることになります。
なお、四半期報告書については、法定の提出期限を延長する場合には、延長申請書に各種記載を行った上で管轄財務局長の承認を得る必要があり、また、四半期報告書の提出遅延は適時開示事由(有価証券上場規程402条2号u)と上場廃止事由(有価証券上場規程601条1項7号)とされています。
他方、四半期決算短信については、一定期間内における開示が要請されているのみで、この期間を超える場合でも、遅延理由を示した適時開示を行っているにとどまり、遅延に関する厳格な手続は定められていません。
そのため、今回の「一本化」によって、四半期決算短信の提出期限が期末後45日以内などとされ、また、不適切会計等が発覚した場合における四半期決算短信の提出期限の延長に関する手続や適時開示事由、上場廃止事由が取引所において定められることが予想されます。
3. 適時開示の充実
今回のDWG報告では、四半期開示の見直しに加え、適時開示の充実についても言及されています。
現行の適時開示制度は、投資者の投資判断に著しい影響を与える会社情報は直ちに開示しなければならないとの考えのもと、インサイダー取引規制を踏まえた個別具体的な開示項目が定められています。
【適時開示の対象となる会社情報】
上場会社や子会社等の決定事実(有価証券上場規程402条1号、403条1号)
上場会社や子会社等の発生事実(有価証券上場規程402条2号、403条2号)
上場会社の決算情報(有価証券上場規程404条)
上場会社や子会社等の業績予想の修正、配当予想等(有価証券上場規程405条)
その他の情報(有価証券上場規程408条~411条)
他方で、「投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」についての包括的な開示項目(バスケット条項)も設けられており(有価証券上場規程402条1号ar、2号x、403条1号s、2号l)、また、開示すべきか迷ったときは常に投資者の視点に立って行動することが求められています(有価証券上場規程401条)。
もっとも、日本の上場会社においては、新型コロナ感染症拡大や国際情勢の変化といったこれまで想定されなかった事象について、個別具体的な開示項目に該当しなければ開示が行われない傾向にあるといった指摘もあったところです。
※なお、このような指摘も踏まえ、東証は、「新型コロナウイルス感染症の影響に関する開示例及び説明のポイント」(2020年4月3日)や「ロシア・ウクライナ情勢に関する開示例」(2022年3月17日)、「事業環境変化による影響に関する開示例」(2022年6月3日)などを公表するとともに、投資者に対する積極的かつ継続的な情報提供を上場会社に要請しています。
そこで、適時開示についても、コーポレートガバナンス・コードと同様に、ルールベース(細則主義)からプリンシプルベース(原則主義)にすることを取引所において継続的に検討していくことが今回のDWG報告で提言されています。
「継続的に」とされていることから、直ちに大幅な変更がなされることは考えにくいところですが、引き続き動向を注視する必要はあります。
※なお、適時開示ルールの見直しに際しては、これまでの①個別の開示項目の該当性の検討→②軽微基準への該当性の検討→③バスケット条項への該当性の検討→④任意の開示の検討という適時開示実務を踏まえた上で、原則主義に移行した場合の上場会社の開示実務の負担(開示事由に該当するかの判断がつかない場合、全て開示するという判断をせざるを得ない)と投資者の投資判断に重要な会社情報を適時に開示するという適時開示の目的とのバランスが取引所には求められることになります。
Authors
弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。
弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)、『支配株主・支配的な株主を有する上場会社における少数株主保護─東証「中間整理」の解説─』 (旬刊商事法務 、2020 年)、 『上場子会社のガバナンスの向上等に関する上場制度整備の概要』(旬刊商事法務、 2020年)等、著書・論文多数。
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