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M&P LEGAL NEWS ALERT #23:M&A契約におけるCFIUS届出対応


1. はじめに

かねてより、米国の国家安全保障の観点から審査を行う対米外国投資委員会(CFIUS)への届出は日本企業が米国企業を買収する際の重要な検討事項の1つではあったものの、日本を含む米国の同盟国・友好国の企業による買収がCFIUS審査で問題視されることは基本的にはないと考えられていましたが、日本製鉄によるUSスチールの買収に対してバイデン前米国大統領による中止命令が出されたことや米国第一主義を掲げる第2次トランプ政権の発足によりCFIUS審査は不透明になりつつあります。

そこで、本noteでは、日本企業が米国企業を買収する際のCFIUSへの届出の概要とM&A契約におけるCFIUS届出対応について検討します。
※本noteで記載しているサンプル条項は米国の上場企業が開示したM&A契約に定められている条項を参考に筆者が作成したものです。実際のM&A契約においては案件の個別具体的な事実関係に基づいて定める必要があることにご留意ください。

2. CFIUSへの届出の概要

まず、日本企業による米国企業の買収(完全子会社化)に際してのCFIUSへの届出は、一定の場合を除き(*1)、義務づけられておらず、あくまで自主的に行われる任意のもの(voluntary)とされています。

*1 CFIUSへの(事前)届出が義務づけられるのは、①重要技術(Critical Technologies)、対象投資重要インフラ(Covered Investment Critical Infrastructure)または米国市民のセンシティブな個人データ(Sensitive Personal Data)に関する米国事業(「TID米国事業」)を政府系企業が取得する場合と、②重要技術を生産、設計、試験、製造、加工または開発するTID米国事業に関わるものであって、当該TID米国事業を支配することとなる者等への当該重要技術の輸出等につき、米国規制当局の許可が必要になる場合です。

その上で、買収対象の米国企業が国家安全保障に関連する事業等を行っているか否かに加え、以下の要素も考慮して、CFIUSへの届出を行うかを判断することになります。

① CFIUSは、届出が行われずにM&A取引が実施された場合、独自に審査を行った上でM&A取引の取り消しを求めることができること
② 他方で、届出を行ってCFIUSの承認を取得した場合には、届出内容に重大な虚偽があるといった特段の事情がない限り、再びCFIUSによる審査の対象とはならないこと

また、米国の国家安全保障上の懸念はないと考えているが、念のためCFIUSへの届出を行っておきたいという場合には、通常の届出手続である通知(notice)の代わりに、簡易の届出手続である申告(declaration)を行うことも考えられます。

通知(notice)の場合、M&A取引に関する情報のみならず、M&A取引を行う当事者に関する情報(買主の取締役の個人識別情報など)を含む、広範な情報の提出が求められ、また、CFIUSによる通知ドラフトの事前チェックが行われた上で、通知の提出後、45日間の一次審査(review)と必要に応じて45日間(最長60日間)の二次審査(investigation)が行われることになります。

他方、申告(declaration)の場合、M&A取引や当事者に関する基礎的な情報を提出することで足り、また、30日以内にCFIUSによる回答を得られます(*2)。

*2 CFIUSに対して通知(notice)や申告(declaration)を行う際のオンラインファイリング手続における実際の画面等については、White & Case LLP「経済産業省 委託調査報告書『令和3年度重要技術管理体制強化事業(対内直接投資規制対策事業(諸外国における投資環境動向調査))』」(2022年3月)の176頁以下をご参照ください。

もっとも、申告が行われた場合、CFIUSは、①取引を承認する、②通知(notice)を行うよう当事者に要請する、③申告に基づいては判断ができなかったと当事者に回答する、④取引について職権による審査を開始する、のいずれかの対応を行うとされており、①以外であった場合には、結局、通知(notice)を行わざるを得ないことになるため、何らかの国家安全保障上の懸念がある場合には最初から通知を行うことも考えられます。

なお、CFIUSが毎年公表している年次報告書によれば、2021年から2023年に行われた申告において、①取引が承認されたのは約69%、②通知を行うよう当事者に要請したのは約23%、③申告に基づいては判断ができなかったと回答したのは約8%とされています(*3)

*3 Committee on Foreign Investment in the United States: Annual Report to Congress (Reported Period: CY 2023)

また、CFIUSへの届出数上位国の企業が2021年から2023年に行った通知と申告の数は以下のとおりで、(買収対象の米国企業が国家安全保障に関連する事業等を行っているかなどにもよるため、一概には言えないものの、)日本企業が申告を利用する割合は高い傾向にあります。

3. M&A契約におけるCFIUS届出対応

CFIUSへの届出の選択肢としては、上記のとおり、①通知を行う、②申告を行う、③通知と申告のいずれも行わない、の3つがあるところ、いずれを選択するかによってM&A契約に定める内容が変わってきます。

【定義のサンプル条項】
CFIUS」とは、対米外国投資委員会およびCFIUSの代理として行動するまたはCFIUSのプロセスに参加するCFIUSの構成機関を意味する。
 
第721条(Section 721)」とは、1950年国防生産法第721条(その後の改正を含む)および同条に基づく全ての規則(31 C.F.R. Part 800以降に規定されているものを含む)を意味する。
 
CFIUSの承認(CFIUS Approval)」とは、以下のいずれかを意味する。
(i)CFIUSが当事者に対し、本取引が第721条で定められている「対象取引(covered transaction)」ではないことを書面で通知したこと

(ii)CFIUSが当事者に対し、本取引に関する審査または調査が完了し、未解決の国家安全保障上の懸念はないと判断し、第721条に基づく全ての措置が完了したことを書面で通知したこと

(iii)本取引に関して米国大統領の判断を求める報告をCFIUSが米国大統領に対して行い、かつ、(a)第721条において米国大統領が本取引を中止または禁止するための措置を講じることができる期間にそれらの措置が講じられることなく当該期間が経過したこと、または(b)本取引を中止、禁止または制限するための措置を講じないことを米国大統領が公表したこと
 
CFIUSによる却下(CFIUS Turndown)」とは、(a)米国大統領が本取引を中止または禁止する命令を出したこと、(b)CFIUSが本取引を中止または禁止するよう米国大統領に勧告する報告書を米国大統領に提出する意向である旨をCFIUSが買主および売主に口頭または書面で通知したこと、または(c)CFIUSの承認プロセスを通じて特定された国家安全保障上の懸念を是正、軽減または対処できないことをCFIUSが買主および売主に口頭または書面で通知したこと、かつ、CFIUSの承認を得られない可能性が高いことについて買主および売主が誠意をもって合意したことを意味する。
 
CFIUS通知(CFIUS Notice)」とは、本取引に関し、1950年国防生産法第721条(その後の改正を含む)の31 C.F.R. Part 800, Subpart Eに従ってCFIUSに対して任意で提出する通知を意味する。
 
CFIUS申告(CFIUS Declaration)」とは、本取引に関し、1950年国防生産法第721条(その後の改正を含む)の31 C.F.R. Part 800, Subpart Dに従ってCFIUSに提出する申告を意味する。

(1)CFIUSへの届出を行わない場合

CFIUSへの届出を行わないこととした場合、両当事者の合意に基づいてそのように判断したことを明確にし、また、もし万が一M&A取引のクロージング後に届出を行うようCFIUSから要請された場合に、相手方当事者(特に売主)が協力してくれないといった事態に陥ることを避けるため、以下の内容を定めておくことがあります。

【CFIUS届出を行わない場合のサンプル条項】
買主および売主は、相互の理解および合意に基づき、本取引に関し、第721条に基づくCFIUSへの通知および申告を行わないものとした。もしCFIUSが買主および売主に対して届出を行うよう指示した場合、買主および売主は、正式な届出ならびに追加の情報および資料の提出を実務上可及的速やかに行うこと、また、CFIUSの審査プロセスを迅速に完了させるため、その他合理的に必要、適切または望ましいあらゆる措置を講じることに同意する。

また、通知と届出のいずれも行わない場合には、買収対象会社が国家安全保障上の懸念があると判断される可能性のあるTID米国事業に該当しないことを売主に表明保証してもらうこともあります。

【TID米国事業に該当しないことに関する表明保証のサンプル条項】
対象会社は、(i)「重要技術」を生産、設計、試験、製造、加工または開発しておらず、(ii)「対象投資重要インフラ」に関し、31 C.F.R. Part 800のAppendix Aの列2に定められた機能を果たしておらず、また、(iii)米国市民の「センシティブ個人データ」を直接または間接的に保持または収集していない。なお、「重要技術」、「対象投資重要インフラ」および「センシティブ個人データ」は第721条に定義されている用語としての意味を有する。

(2)申告を行う場合

CFIUSへの届出は行うものの、通知ではなく、申告を行う場合のサンプル条項は以下のとおりです。申告によりM&A取引が承認されなかった場合には通知を行わざるを得ないことになるため、通知についての対応も定めておく必要があります。

【申告を行う場合のサンプル条項】
買主および売主は、相互に協力し、本取引を可及的速やかにクロージングさせるために合理的な最大限の努力を行い、また、全ての合理的に必要、適切または望ましい措置を講じるものとする。かかる合理的な最大限の努力には以下の措置が含まれる。

(i)本取引に関し、31 C.F.R. §800.402に規定されているとおり、本契約締結後可及的速やかにCFIUS申告を作成し、提出すること。

(ii)CFIUS申告を提出後、CFIUSから追加の情報、文書その他の資料の提供を求められた場合には、第721条に定められた期間内またはCFIUSが書面で承認した期間内に、実務上可及的速やかに回答し、また、それぞれの関連会社をもって回答させること。なお、いずれの当事者も、相手方当事者と協議した上で、CFIUSの追加情報要請に対応するため、31 C.F.R. §800.406(a)(3)に従い、期限の延長を誠実に要請することができるが、いかなる状況においても、CFIUSによるCFIUS申告の却下が合理的に予想される延長を要請することはできないものとする。

(iii)CFIUS申告に基づくCFIUSの承認を受けられず、CFIUSが当事者に対して通知の提出を求めた場合には、以下の対応を行うこと。
 (a)CFIUSによるCFIUS申告の審査終了後、可及的速やかに本取引に関するCFIUS通知ドラフトを提出すること。
 (b)CFIUSからCFIUS通知ドラフトに対する全てのコメントを当事者が受領した日またはCFIUSがCFIUS通知ドラフトに対するコメントがない旨を当事者に通知した日以降、実務上可及的速やかにCFIUS通知を提出すること。

(3)通知を行う場合

CFIUSへの届出として通知を行う場合、CFIUSの承認は当事者がコントロールできるものではないことから、当事者の確定的な義務として定めるのではなく、CFIUSの承認を取得するために買主と売主が行う努力義務を定めることになります。

努力義務としては、「最大限の努力(best efforts)」、「合理的な最大限の努力(reasonable best efforts)」、「商業上合理的な最大限の努力(commercially reasonable best efforts)」など、義務のレベルに違いが設けられているところ、「最大限の努力」についての義務を定める場合、いかに時間やコストがかかっても当該事項を行わなければならないとして、確定的な義務を負っている場合と同じと解釈されかねないため、「合理的な」や「商業上合理的な」といった限定をつけることが多いです(もっとも、これらの限定につき、どの程度の違いがあるかは必ずしも明確ではありません)。

買主と売主が行う「努力」の内容については具体的に定めることになるところ、①CFIUS通知の提出・再提出に関する事項、②CFIUSからの質問等への対応に関する事項、③CFIUSとのコミュニケーションに関する事項など、CFIUS審査におけるロジを定めることが多いです。

【通知を行う場合のサンプル条項】
買主および売主は、CFIUSの承認を取得するために合理的な最大限の努力を行い、また、それぞれの関連会社をして行わせるものとする。かかる合理的な最大限の努力には以下の措置が含まれる。

(i)本契約締結後可及的速やかに(ただし、いかなる場合も本契約締結後5営業日以内に)、CFIUS通知ドラフトを提出すること。

(ii)CFIUS通知ドラフトに関連してCFIUSから受領した全ての質問・コメントに対応するCFIUS通知を速やかに作成すること。

(iii)CFIUSからCFIUS通知ドラフトに関する全ての質問・コメントを受領した日または追加の質問・コメントはない旨の通知を受領した日から5営業日以内に、CFIUS通知を提出すること。

(iv)CFIUS通知の提出後にCFIUSから受領した追加の質問・コメントに速やかに対応すること。

(v)本取引に関するCFIUSの審査または調査のプロセスにおいて、31 C.F.R. §800.504(a)(4)で指定された期間内またはCFIUSのスタッフが指定した期間内に、CFIUSまたはその他の米国政府機関・部門から求められた情報を提出すること。

(vi)第721条で企図されている機密保持の考慮事項、CFIUSから求められた事項および外部専門家限りとすることについて当事者間で合意した事項に従うことを条件として、
 (a)CFIUS通知に関連してあらゆる面で協力し、協議すること。これには、相手方当事者が提出書類やそのドラフトを事前に確認し、意見を述べるための合理的な機会を与えることが含まれる。
 (b)CFIUSとの間のあらゆるコミュニケーションを速やかに相手方当事者に知らせ、また、書面によるコミュニケーションの写しについては速やかに相手方当事者に提供すること。ただし、31 C.F.R. §800.502(c)(5)(vi)で求められている個人識別情報は除く。
 (c)相手方当事者がCFIUSとの間で行うあらゆるコミュニケーションの事前確認、CFIUSとの会議に先立つ協議、およびCFIUSとの会議への出席の機会を相手方当事者に与えること。

(vii)CFIUSが当事者に対し、CFIUS通知の撤回および再提出を提案または要請した場合には、CFIUS通知の撤回および再提出に協力すること。ただし、本契約に別段の定めがある場合でも、CFIUSによる却下があった場合には、いずれの当事者もCFIUSの承認を取得する義務を負わないものとする。

(viii)CFIUSの承認の取得を妨げ、または重大な遅延を生じさせることが合理的に予想される行為を自ら行わず、また、それぞれの関連会社をして行わせないこと。

(4)リスク軽減措置に関する定め

CFIUSが米国の国家安全保障上の懸念を示した場合であっても、リスクを軽減する措置(mitigation measures)を講じることでCFIUSの承認を取得することもでき、2023年にCFIUSがリスク軽減措置を求めたのは43件(通知233件のうち約18%)とされています。

CFIUSが年次報告書で公表しているリスク軽減措置の内容としては、①特定の知的財産や営業秘密、資産、技術情報の移転や共有を禁止・制限することや、②特定の技術やシステム、施設、情報には権限を付与された特定の者だけがアクセスできるようにすること、③買収対象会社の事業の一部を売却することなどがあります。

もっとも、買主としては、CFIUSから求められるリスク軽減措置の内容を実施すると当該M&A取引を行う意義が失われてしまいかねない場合には、そのようなリスク軽減措置の内容を受け入れる義務は負わないようにしておく必要があります。

【リスク軽減措置に関するサンプル条項】
・本取引に関して提出したCFIUS通知の審査プロセスにおいて、CFIUSが本取引の承認の条件として軽減措置の実施を要求した場合、買主および売主は、合理的な最大限の努力を行い、誠意をもって相互に協力して当該措置を実施する。ただし、買主は、以下の場合にはCFIUSが要求する軽減措置に同意する義務を負わないものとする。
 (i)買主が対象会社を所有または管理する権限に重大な影響を及ぼす場合
 (ii)対象会社の資産または事業価値に重大な影響を及ぼす場合
 (iii)買主、買主の関連会社および対象会社の事業、財務状況、業績、資産に重大な悪影響を及ぼすことが合理的に予想される場合
 
・上記の合理的な最大限の努力に関する定めにかかわらず、買主は、CFIUSの承認に関連する国家安全保障上の懸念に関し、個別にまたは総体として、以下の(i)から(iv)に該当するまたは該当することが合理的に予想される軽減措置を講じたり、同意したりする義務を負わないものとする。
 (i)買主、買主の関連会社または対象会社の事業、財務状況または業績に重大な悪影響を及ぼすもの
 (ii)買主による対象会社の経営への参加権限が著しく妨げられるもの
 (iii)買主による対象会社の製品または技術へのアクセスが制限されるもの
 (iv)対象会社の事業、資産または製品ラインの重要な部分の処分を要求するもの

(5)ファイリング・フィーに関する定め

CFIUSに通知を行う場合、M&A取引の規模に応じて最大30万米ドルの届出手数料(ファイリング・フィー)の支払いも必要となります。
※なお、申告では届出手数料はかからないものとされています。

当事者双方がCFIUSへの通知が必要と考えている場合には届出手数料を折半することが一般的ですが、売主はCFIUSへの通知は不要と考えているのに対し、買主側の意向でCFIUSへの通知を行うといった場合には届出手数料は全て買主負担とすることもあります。

【ファイリング・フィーに関するサンプル条項】
・買主および売主は、31 C.F.R. §800.1101によりCFIUS通知の提出前に支払うことが求められている届出手数料を均等に負担するものとする。

・31 C.F.R. Part 800に従って必要とされるCFIUSへの届出に関連する届出手数料は買主が全て負担するものとする。

4. おわりに

本noteではCFIUSへの届出に関してM&A契約で定められる条項を検討してきましたが、今後、日本企業が米国企業を買収する際に、CFIUSへの届出を行うか否か、また、どのようにM&A契約に落とし込むかの検討の一助となれば幸いです。


Author

弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説 実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)等、著書・論文多数

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