危機管理INSIGHTS Vol.16:金融商品取引法上の偽計、風説の流布
1. はじめに
令和5年11月20日、証券取引等監視委員会により、風説の流布及び偽計の嫌疑での告発案件が公表されました。風説の流布または偽計の事案は従前より定期的に勧告・告発されていますが、証券取引等監視委員会では、今後市場を取り巻く環境変化等も踏まえ、市場の公正性を脅かしかねない非定型・新類型の事案として新たな類型の偽計等にも積極的に対応するとしており(*1)、今後どのような案件が風説の流布、偽計として摘発されるのかが注目されます。
今回は、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)上の風説の流布、偽計とはどのようなものかの概要をご紹介いたします。
<風説の流布、偽計の告発・勧告事例>
2. 風説の流布、偽計とは
(1)根拠条文
風説の流布、偽計の根拠条文は、金商法158条であり、以下の規定になります(*2)。刑事事件の場合の法定刑は、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又はその併科です。(金商法197条1項5号)また、両罰規定もあり、両罰規定の場合は7億円以下の罰金刑となっています(金商法207条1号)。
(2)要件
金商法158条の風説の流布、偽計の要件は、①有価証券の売買等の取引のため、又は有価証券等の相場の変動を図る目的をもって、②風説を流布し、または偽計を用いることになります。
(3)風説の流布
「風説」の内容については、「虚偽の」との限定が付されていないため、流布された情報が虚偽であることは要さず、情報に合理的な根拠があるか否かの問題となると解されています(*3)。
「流布」とは、不特定または多数人に伝播させることをいい、例えば適時開示により広く公衆に情報伝達するものが典型例となりますが、近時ではX(旧Twitter)などのSNSによる情報伝達も該当します。
(4)偽計
「偽計」とは、他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策略、手段であるとするのが通説です。「偽計」についても他人に錯誤を生ぜしめる内容であれば足りますので、必ずしも虚偽の内容を伝えるなどの手段である必要はないものと解されます。
偽計と風説の流布は重複する場合も多くありますが、風説の流布については「流布」の条件がある関係上、不特定または多数人に伝播されていることを必要とするのに対し、偽計の場合には特定少数の者に向けられていても良いという違いがあります。したがって、偽計と風説の流布双方に該当するものとして勧告・告発がされるものもありますが(第4項参照)、風説の流布と偽計は使い分けられており、偽計のみ、風説の流布のみで勧告・告発されているものもあります。
3. 風説の流布、偽計の類型
風説の流布、偽計の類型は多岐に及びますが、敢えて分類すると、有価証券の発行体およびその役職員等の関係者が行うものとして、新薬の開発の成功など、発行体について虚偽のIRを行うものや他社とのM&Aに関連して他社の価値を偽りIRを行うもの、不公正ファイナンス等の類型があり、発行体の関係者以外の第三者が行うものとして、特殊見せ玉による偽計の事例や公開買付けを行う意思がないのに、公開買付けを行う旨の記者発表をするという文書を報道機関に送信した等の事例があります。また、公開買付けを実際に行う合理的な根拠がない場合の予告TOBは風説の流布に該当し得ることが指摘されています。
4. 告発事案における検討
上記令和5年11月20日の告発事案については、犯則嫌疑者に発行体であるA社の役職員は含まれておらず、A社の役職員の関与の有無は不明ですが、A社の株主、株式交換の相手方であるY社の代表取締役、Y社の株主が共謀したものとされており、株式交換の相手方の企業価値を偽ったものとされています。同事案における事案の概要および同事案における犯則事実は以下のとおりです(一部筆者において加工)。
上記の公表文から、証券取引等監視委員会の問題とする風説の流布及び偽計に該当する事実は以下のとおりと考えられます。
本事案の法令違反の事実関係・犯則事実は、「真実は~であったにもかかわらず、~旨の虚偽の内容を含む公表を行わせ」といったように、内容が虚偽であることを前提に事実関係が組み立てられています。上記のとおり、「風説の流布」、「偽計」について、公表された内容が虚偽であることは解釈上は必ずしも要求されませんが、本事案では、公表された内容と真実(実態)を見比べて虚偽の内容(合理的根拠を欠く部分)があるという認定をしているようです(*4)。
5. まとめ
上記のとおり、偽計・風説の流布については、種々の類型が存在するところ、現在の事実、既に行われた事実を偽る類型の場合には、当該事実の有無が問題となります。他方で、予告TOBのように、将来の事項に関する表示が問題となる場合には、当該表示はあくまでも将来の予定の表示となりますので、既に発生している事実関係の有無とは異なり、予定として真に存在するものかという点が問題となり、表示時点における客観的事実関係から、当該予定の有無を認定するという事実認定が必要となります。
本稿では、偽計・風説の流布の基礎知識について記載しましたが、今後の記事では偽計・風説の流布を巡る各論点について具体的な事例も踏まえさらに掘り下げていきます。
Authors
弁護士 山口 亮子(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2005年弁護士登録(2020年再登録、第二東京弁護士会所属)、18年~20年東京国税局調査第一部調査審理課において国際調査審理官(特定任期付職員)として勤務。20年7月から現職。
弁護士 蛯原 俊輔(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2016年検事任官(大阪地検、福岡地検小倉支部等で勤務)、捜査公判に従事。2019年弁護士登録(第一東京弁護士会)。国内大手法律事務所を経て、22年10月当事務所に入所。刑事弁護等の刑事関係対応や企業における各種の危機管理対応等を取り扱う。