1. はじめに 2024年3月19日に、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案」が閣議決定しました。本法律案は、同年6月19日に参議院本会議において可決され、本法が成立するに至りました(以下、成立した「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」を「本法 」といいます 。)。
本法は、学校設置者等が子どもに接する仕事に就く者の性犯罪の前科の有無を確認するというイギリスのDBS(Disclosure and Barring Service)制度を参考にしたものであることから、「日本版DBS」法などと呼ばれることがありますが、性犯罪の前科確認以外にも、様々な規律を定めています(タイトルでは便宜上「日本版DBS」という分かりやすい略称を使っています)。
本法は、学校、保育所、学習塾など教育・保育業界に大きなインパクトを与えるものであり、事業者の方々は内容をきちんと理解した上で、各種対応を行う必要があります。そこで、本連載では、本法の基本的なポイントを数回に分けて解説していきます。
2. 全体像 下記のこども家庭庁ウェブサイトにおいて公表されている概要資料により、本法の全体像を見ることができます。概要、①学校設置者等及び民間教育保育等の事業者の責務等 、②学校設置者等が講ずべき措置 、③民間教育保育等事業者の認定及び認定事業者が講ずべき措置 、④犯罪事実確認の仕組み などが定められています。
出典:こども家庭庁ウェブサイト「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案の概要」 3. 教育界の事業者が押さえるべき勘所 以上を踏まえ、教育界の事業者は、最低限、本法がどういう法律で、自らに適用されるか否か、適用される場合にはどういう対応が求められているのかを押さえる必要があります。
まず、本法では、学校設置者等及び民間教育保育等事業者は、児童等に対して教育、保育等の役務を提供する事業を行う立場にあるものであり、児童等に対して当該役務を提供する業務を行う教員等及び教育保育等従事者による児童対象性暴力等の防止に努め、仮に児童対象性暴力等が行われた場合には児童等を適切に保護する責務を有すると定められています(本法3条1項)。
ポイントは、学校設置者等のみならず、民間教育保育等事業者についても、教員や教育保育等従事者による児童対象性暴力等の防止に努める責務、及び児童等を適切に保護する責務を負っている という点です。
民間教育保育等事業者については、本法19条の「認定」を受けない限り、犯罪事実確認義務(本法26条)は負わないという立て付けですが、たとえ認定を受けていなかったとしても、何らの責務もないわけではないという点は適切に理解しておく必要があります。
また、①学校設置者等、②民間教育保育等事業者のそれぞれについて異なる規律も設けられています。シンプルにまとめると、①学校設置者等は「認定」などのプロセスを経ることなく当然に犯罪事実確認義務等が課されるのに対し、②民間教育保育等事業者は「認定」を受けていない場合には犯罪事実確認義務等は課されていないものの、「認定」を受けた事業者は、学校設置者等と同様に犯罪事実確認義務等を課されることとされています。
事業者は、自身が「学校設置者等」のカテゴリーと、「民間教育保育等事業者」のいずれのカテゴリーに該当するか(それゆえにいずれの規律に服することになるのか)をきちんと把握した上で、適切な対応を講じる必要があります。
カテゴリーの把握に際しては、下記4で解説するとおり、「学校設置者等」と「民間教育保育等事業者」の定義・内容の理解が不可欠となります。
4. 重要な用語の定義・内容 本法を理解する上で、最低限、以下の定義・内容を押さえておく必要があります。
(1)学校設置者等 「学校設置者等 」については、本法2条3項において、以下に掲げる者をいうとされています。例えば、認定保育所、認定こども園、幼稚園、小学校、中学校、高校などがこれに含まれます。
① 次に掲げる施設(学校等)を設置する者 ・学校教育法第1条に規定する学校(同法第83条に規定する大学を除く) ・学校教育法第124条に規定する専修学校(同法第125条第1項に規定する高等課程に係るものに限る。) ・就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律(認定こども園法)第2条第7項に規定する幼保連携型認定こども園 ・認定こども園法第3条第1項又は第3項の認定を受けた施設及び同条第10項の規定による公示がされた施設 ・児童福祉法第12条第1項に規定する児童相談所 ・児童福祉法第24条の2第1項に規定する指定障害児入所施設等 ・児童福祉法第37条に規定する乳児院 ・児童福祉法第38条に規定する母子生活支援施設 ・児童福祉法第39条に規定する保育所 ・児童福祉法第40条に規定する児童館 ・児童福祉法第41条に規定する児童養護施設 ・児童福祉法第42条に規定する障害児入所施設(同法第24条の2第1項に規定する指定障害児入所施設を除く) ・児童福祉法第43条の2に規定する児童心理治療施設 ・児童福祉法第44条に規定する児童自立支援施設 ② 次に掲げる事業(児童福祉事業)を行う者 ・児童福祉法第6条の2の2第1項に規定する障害児通所支援事業であって、同法第21条の5の3第1項の規定による指定を受けた者が行うもの(指定障害児通所支援事業) ・児童福祉法第6条の3第23項に規定する乳児等通園支援事業(乳児等通園支援事業) ・児童福祉法第24条第2項に規定する家庭的保育事業等(家庭的保育事業等)
(2)民間教育保育等事業者 「民間教育保育等事業者 」については、本法2条3項において、以下に掲げる者をいうとされています。例えば、学習塾や学童クラブがこれに含まれます。
・学校教育法第124条に規定する専修学校(同法第125条第1項に規定する一般課程に係るものに限る。)又は同法第134条第1項に規定する各種学校における児童等を専ら対象とする学校教育に類する教育を行う事業 ・学校教育法第1条に規定する学校以外の教育施設で学校教育に類する教育を行うもののうち当該教育を行うにつき同法以外の法律に特別の規定があるものにおける学校教育法第50条に規定する高等学校の課程に類する教育を行う事業であって、内閣府令で定めるもの ・学校等における教育及び前2号に掲げる事業のほか、児童等に対して技芸又は知識の教授を行う事業であって、次に掲げる要件を満たすもの(民間教育事業) イ 当該技芸又は知識を習得するための標準的な修業期間が、6月以上であること。 ロ 児童等に対して対面による指導を行うものであること。 ハ 当該事業を営む者の事業所その他の当該事業を営む者が当該事業を行うために用意する場所において指導を行うものであること。 ニ 当該事業において当該技芸又は知識の教授を行う者の人数が、児童対象性暴力等を防止し及び児童対象性暴力等が行われた場合に児童等を保護するための措置を講ずるために必要な人数その他の事情を勘案して政令で定める人数以上であること。 ・児童発達支援を行う事業(指定障害児通所支援事業に係るものを除く) ・放課後等デイサービスを行う事業(指定障害児通所支援事業に係るものを除く) ・居宅訪問型児童発達支援を行う事業(指定障害児通所支援事業に係るものを除く) ・保育所等訪問支援を行う事業(指定障害児通所支援事業に係るものを除く) ・児童福祉法第6条の3第1項に規定する児童自立生活援助事業 ・児童福祉法第6条の3第2項に規定する放課後児童健全育成事業及びこれに 類する事業で学校教育法第29条に規定する小学校、社会教育法第20条に規定する公民館その他の内閣府令で定める施設において行われるもの ・児童福祉法第6条の3第3項に規定する子育て短期支援事業 ・児童福祉法第6条の3第7項に規定する一時預かり事業 ・児童福祉法第6条の3第8項に規定する小規模住居型児童養育事業 ・児童福祉法第6条の3第13項に規定する病児保育事業 ・児童福祉法第6条の3第17項に規定する意見表明等支援事業 ・児童福祉法第6条の3第18項に規定する妊産婦等生活援助事業 ・児童福祉法第6条の3第20項に規定する児童育成支援拠点事業 ・児童福祉法第59条の2第1項に規定する施設における同法第6条の3第9項から第12項まで又は第39条第1項に規定する業務を行う事業 ・障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法) 第29条第1項に規定する指定障害福祉サービスを行う事業(障害児に対する障害者総合支援法第5条第2項に規定する居宅介護、同条第4項に規定する同行援護、同条第5項に規定する行動援護、同条第8項に規定する短期入所又は同条第9項に規定する重度障害者等包括支援を行うものに限る。)
(3)児童対象性暴力等 本法により、防止の対象とされている「児童対象性暴力等」については、本法2条2項において、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律第2条第3項に規定する児童生徒性暴力等及び前項第2号に掲げる者に対して行われるこれに相当する行為」と定義されています。このうち、「児童生徒性暴力等」とは、次に掲げる行為をいうとされています(教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律2条3項)。
・児童生徒等に性交等(刑法第177条第1項に規定する性交等をいう。)をすること又は児童生徒等をして性交等をさせること(児童生徒等から暴行又は脅迫を受けて当該児童生徒等に性交等をした場合及び児童生徒等の心身に有害な影響を与えるおそれがないと認められる特別の事情がある場合を除く。) ・児童生徒等にわいせつな行為をすること又は児童生徒等をしてわいせつな行為をさせること ・刑法第182条の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(児童ポルノ法)第5条から第8条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第2条から第6条までの罪(児童生徒等に係るものに限る。)に当たる行為をすること ・児童生徒等に次に掲げる行為(児童生徒等の心身に有害な影響を与えるものに限る。)であって児童生徒等を著しく羞恥させ、若しくは児童生徒等に不安を覚えさせるようなものをすること又は児童生徒等をしてそのような行為をさせること イ 衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の性的な部位(児童ポルノ法第2条第3項第3号に規定する性的な部位をいう。)その他の身体の一部に触れること ロ 通常衣服で隠されている人の下着又は身体を撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること ・児童生徒等に対し、性的羞恥心を害する言動であって、児童生徒等の心身に有害な影響を与えるものをすること
(4)特定性犯罪・特定性犯罪事実該当者 本法において、前科の有無の確認対象となる「特定性犯罪 」については、本法2条7項において、以下の罪をいうと定められています。
・刑法第176条、第177条、第179条から第182条まで、第241条第1項若しくは第3項又は第243条(同項の罪に係る部分に限る。)の罪 ・盗犯等の防止及び処分に関する法律第4条の罪(刑法第241条第1項の罪を犯す行為に係るものに限る。) ・児童福祉法第60条第1項の罪 ・児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第4条から第8条までの罪 ・性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第2条から第6条までの罪 ・都道府県の条例で定める罪であって、次のイからニまでに掲げる行為のいずれかを罰するものとして政令で定めるもの イ みだりに人の身体の一部に接触する行為 ロ 正当な理由がなくて、人の通常衣服で隠されている下着若しくは身体をのぞき見し、若しくは写真機その他の機器(写真機等)を用いて撮影し、又は当該下着若しくは身体を撮影する目的で写真機等を差し向け、若しくは設置する行為 ハ みだりに卑わいな言動をする行為 ニ 児童と性交し、又は児童に対しわいせつな行為をする行為
また、「特定性犯罪事実該当者 」は、以下のいずれかに該当する者をいうとされています。
・特定性犯罪について拘禁刑を言い渡す裁判が確定した者(その刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者(当該執行猶予の言渡しが取り消された者を除く。次号において「執行猶予者」という。)を除く。)であって、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して20年を経過しないもの ・特定性犯罪について拘禁刑を言い渡す裁判が確定した者のうち執行猶予者であって、当該裁判が確定した日から起算して10年を経過しないもの ・特定性犯罪について罰金を言い渡す裁判が確定した者であって、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して10年を経過しないもの
5. 施行日 本法は、公布の日から2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされており、事業者は施行日までに万全な準備を整えておく必要があります。
子ども政策担当大臣が事業者向けのガイドラインを早期に策定予定である旨を明言しているところ、事業者としては、そのようなガイドライン等の情報をタイムリーに入手し、対応を練り上げることが望まれます。
6. まとめ 本連載の初回では本法の全体像と勘所を俯瞰しましたが、本法が適用される事業者のご担当者の方々は、更に具体的に本法によって課される責務や義務について理解していく必要がありますので、次回以降、学校設置者等、民間教育保育事業者それぞれについて解説していきます。
Author 弁護士 坂尾 佑平 (三浦法律事務所 パートナー) PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。 長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。 危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。