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インドネシア最新法令UPDATE Vol.12:インドネシアの外資規制改正【制定版】
2021年2月2日、大統領令2021年10号が制定されました(制定日の30日経過後より施行)。本大統領令は、インドネシアの外資規制・ネガティブリストを改正するものです。その改正内容は、ネガティブリストを従前の350項目から46項目へと大幅に縮減し、外資規制を大きく緩和する内容となっています。本大統領令の施行により、従前の外資規制・ネガティブリストを定めていた大統領令2016年44号は廃止されます(以下、廃止される大統領令2016年44号を「旧大統領令」といいます)。
本マガジンでは、ドラフト版を含め、オムニバスローや大統領令をフォローしてきましたが、本大統領令の制定によりインドネシアの外資規制に関する法改正がひと段落したといえます。そこで、本記事ではオムニバスローや本大統領令による改正点を踏まえつつ、インドネシアの外資規制につき体系的に解説します。なお、改正後の条件付分野(いわゆるネガティブリスト)の内容については、末尾の表をご参照下さい。
1. インドネシアの外資規制の基本的枠組み
(1)投資法
インドネシアの外資規制に関する基本法は、投資法です。投資法は、2020年にオムニバスローにより改正されています。オムニバスローとは、投資促進や雇用創設を目的とし、複数の法律を一括で改正する法律です。オムニバスローの詳細については、インドネシア最新法令UPDATE Vol.5、6、8、9をご覧ください。
<関連記事>
インドネシア最新法令UPDATE Vol.5:オムニバスローの制定①「外資規制への影響」
インドネシア最新法令UPDATE Vol.6:オムニバスローの制定②「事業実施のための許認可システム」
インドネシア最新法令UPDATE Vol.8:オムニバスローの制定③「労働法」
インドネシア最新法令UPDATE Vol.9:オムニバスローに関するアップデート「期待値の下方修正?」
(2)大統領令
オムニバスローにより改正された投資法12条3項において、開放されている事業分野や閉鎖されている事業分野の詳細については、大統領令により定めると規定されています。これを受けて制定されたのが本大統領令です。本大統領令では、投資のために開放されている事業分野が以下の通り分類されています。
1. プライオリティー分野(別紙1)
2. コペラシ及び中小企業のために留保されているか、コペラシ及び中小企業とのパートナーシップが必要となる分野(以下「コペラシ・中小企業留保分野」といいます)(別紙2)
3. 条件付分野(別紙3)
4. 上記いずれにも含まれない分野
上記のうち、外資企業の持分比率の制限といったいわゆる「外資規制・ネガティブリスト」を定めているのは「条件付分野」です。日本企業の皆様にとって特に関心が高いのはこの「条件付分野」といえます。そこで、以下では、まずは条件付分野に関して説明したうえで、プライオリティー分野、コペラシ・中小企業留保分野のそれぞれについても説明します。
2. 条件付分野(外資規制・ネガティブリスト)
(1)総論
本大統領令における上記事業の分類のうち、いわゆる外資規制・ネガティブリストに対応するのは「条件付分野」です。条件付分野に該当する事業と条件の内容は、一覧の形で「別紙3」として本大統領令に添付されています。「別紙3」の仮訳については本記事の末尾をご覧ください。条件付分野とされているものを概観すると、新聞・ラジオ・テレビ等による情報発信関係(項目1~6)、輸送事業関係(項目7~29)、アルコール製造・販売(項目31~33、44、45)、インドネシアの伝統的産業(項目34~43)等を保護する姿勢が伺えます。
(2)旧ネガティブリストとの比較(本大統領令による改正点)
旧ネガティブリスト(大統領令2016年44号)では、日本企業の関心の高い分野において、例えば以下のような外資規制が定められていました。
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これらはいずれも本大統領令においては、条件付分野から削除されています。そうすると、上記各分野につき、理論上は外資が100%投資を行うことができるように思われます。ただし、業種によっては個別業法上、内資株主との合弁要件等、広い意味での外資規制が定められてる場合もあります。例えば建設業法32条では、外資建設会社につき、インドネシア建設会社との合弁形態が必要とされています。このため、本大統領令における外資規制と個別業法上の外資規制につき、どのように整合的に解釈すべきかという点については不明確であるといえ、今後の展開を見守る必要があります。
(3)金融庁・インドネシア銀行のレギュレーションとの関係
インドネシアにおいて、投資活動を監督する当局は投資調整庁(BKPM:Badan Koordinasi Penanaman Modal)です。もっとも、インドネシアでは、伝統的に金融分野については投資調整庁の監督権限は及ばず、金融庁(OJK:Otoritas Jasa Keuangan)とインドネシア銀行(BI:Bank Indonesia)が分野に応じて監督を行うというすみ分けがされていました。
本大統領令では金融業に関する外資規制は定められていません。金融業に関する外資規制については、本大統領令ではなく金融庁・インドネシア銀行のレギュレーションを参照することになると考えられます(本大統領令11条2項参照)。つまり金融業については、本大統領令のネガティブリストに含まれていないからといって外資100%投資が可能なわけではなく、金融庁・インドネシア銀行のレギュレーションで定められている外資規制に従う必要があると考えらえます。
3. プライオリティー分野
プライオリティー分野とは、国家の戦略上重要であること、資本・労働集約的であること、高技術であること、輸出志向であること等の要件を満たす事業分野を指すとされています(本大統領令4条1項)。「プライオリティー分野」という分類は旧大統領令においては存在せず、本大統領令により新たに導入された概念です(オムニバスローの制定過程においても、「今後はネガティブリスト方式からプライオリティーリスト方針に変更される」という点が大きく取り上げられていました)。プライオリティー分野には、全部で245項目が挙げられており、戦略的に投資を促進していこうというインドネシア政府の姿勢が伺えます。
プライオリティー分野の例としては、E-commerceアプリの開発(KBLI:62012)、ホテル事業(KBLI:55111、55112)、ゴルフ場事業(93112)、デジタルエコノミー(データ処理、ホスティング等を含む)(KBLI:63112)等があります。
プライオリティー分野に該当する事業については、金銭的・非金銭的なインセンティブが与えられます(本大統領令4条4項)。金銭的インセンティブには、法人所得税減額や機械・原材料輸入に対する関税の免除等が挙げられています(本大統領令4条5項)。また、非金銭的インセンティブには、許認可の簡易化、事業に必要なインフラの提供、エネルギー、原材料供給、イミグレーション、労働力へのアクセスの確保等が挙げられています(本大統領令4条6項)。
4. コペラシ・中小企業留保分野
中小企業留保分野には、①コペラシまたは中小企業のみが実施できる事業と、②コペラシ又は中小企業とのパートナーシップが要求される事業に分かれます(本大統領令5条1項)。
コペラシまたは中小企業のみが実施できるものとされている事業は、必要とされる技術がシンプルで代々承継される手法によるもので、事業資金が100億ルピアを超えないものを指すとされています(本大統領令5条2項)。小規模な手工業者等を保護するための政策であると考えられ、その例としては、家庭用品の修理(KBLI:95220)や低・中技術の建物建設(KBLI:42911~42913)が挙げられます。
他方で、コペラシまたは中小企業とのパートナーシップが要求される事業は、コペラシや中小企業により多く実施されており、大企業のサプライチェーンに組み込まれることが期待されている事業を指すとされています(本大統領令5条3項)。コペラシまたは中小企業とのパートナーシップが要求される事業については、外資企業が単独で行うことはできず、コペラシ・中小企業とのパートナーシップを組む必要があります。「パートナーシップ」の内容としては、コペラシ・中小企業との合弁会社の組成や、コペラシ・中小企業との取引契約(コペラシ・中小企業をサプライヤーとして起用する等)が含まれると考えられています。その例としては、魚の養殖(KBLI:03211等)や塩の製造(KBLI:08930)が挙げられます。
5. おわりに
本大統領令により、インドネシアの外資規制は大幅に緩和されることになると考えられます。日本企業の皆様においても、従前外資規制の対象であった業種に関し、外資100%とするためにインドネシア側パートナーの株式を買い取るというような場面も出てくるかと思われます。もっとも、インドネシアでは法令の内容通りに実務が動かないことも頻繁にあります。本大統領令による外資規制の緩和が現場レベルにどのように落とし込まれるかという点については、当局と密にコミュニケーションを取りつつフォローしていく必要があります。
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参考資料:条件付分野(別紙3)仮訳
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Author
弁護士 井上 諒一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2015~2020年3月森・濱田松本法律事務所。2017年同事務所北京オフィスに駐在。2018~2020年3月同事務所ジャカルタデスクに常駐。2020年4月に三浦法律事務所参画。2021年1月から現職。英語のほか、インドネシア語と中国語が堪能。主要著書に『インドネシアビジネス法実務体系』(中央経済社、2020年)など
この記事は、インドネシアの法律事務所であるARMA Lawのインプットを得て作成しています。