臓器提供の意思表示について
自分の狭いツイッター村は、ポジティブな人や笑えるツイートしかしない人だけをフォローしているので平和だ。
そんな中、前澤社長が気になるコメントを付けてブログをリツイートしていた。
どうやら、ツイッター村で前澤さんが叩かれ、その叩いてる人たちに向かってテレビで坂上さんが反論したらしい。
その2人に向かって「応援する努力の方向が間違っていますよ!」と反論している医療関係者のブログを前澤社長がリツイートしていたみたいだ。
このブログによると臓器移植の意思表示をしている日本人は10%らしい。
数字の低さに驚いた。
自分は社会人になってすぐに意思表示カードを記入している。
当時は免許証の裏には記入欄がなく、別の名刺サイズのカードを持っていた。
うろ覚えだが、、、
確か家族のサインもするところがあり、親にサインを頼んだら断られた記憶だ。
いろいろな考え方があると思う。
死んでしまったら、使えるものがいっぱいあるのにただ焼かれてしまうだけ。
誰かの役に立つかもしれないのに灰になるだけってどう?
私の角膜を使うことで今まで目が見えなかった人が見えるようになるかもしれない。
私の心臓を使うことで苦しい思いをしている人がラクになるかもしれない。
私の腎臓を使うことで透析の必要がなくなる人がいるかもしれない。
他にも肺、肝臓、膵臓などなど私1人の体で10人くらいの不自由な生活をしている人を助けられるのだ。
普段何の役に立つでもなく、ゆるい生活をしているのだからせめて死んだ後くらい人の役に立てるならそうしようと思って意思表示している。
ただ、当時親には理解してもらえなかった。
今は結婚しているので、相方にはきっちり説明していて理解してもらえている。
死んだ後も誰かの身体の中で生き続けると思ったら、それはそれでなんか楽しくなる自分は少し変わっているのかもしれない。
いろいろな考え方があるので自分の考えを押し付けるつもりはないが、ブログの先生も書かれているように、本人が意思表示をしていても家族が反対して移植できない場合も多いそうだ。
私のように死んだ後も誰かの中で生きるのもいいと思う人は「臓器を提供します」に○を付けるといいし、そんなのしたくないって思う人は「臓器を提供しません」に○を付けるといいと思う。
一番いけないのは無関心と知らないこと。
やるやらないは別として、意思表示くらいはしようよ!
あと、本人が「臓器提供します」と意思表示しているのであれば、故人の最後のお願いなので家族はそれを叶えてあげてほしいと思う。
自分の身体を人のために役立ててほしいと願っていたのだから。。。
自分がここに書いたところで、前澤社長や坂上さんのような影響力はどこにもないけれども、1人でも知らなかった人に伝わればいいかなと思う。