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ヨルシカ「451」の超個人的解釈
好きなアーティストの新曲に興奮して眠れなくなる夜、何度も曲をリピートして歌詞を読み返したり一緒に歌ってみたりする時間が幸せです。今回は2023年3月8日にアップロードされた、ヨルシカの新曲「451」について少し語らせてください。
ボーカルがn-buna(ナブナ)さん!!
公式ツイートやYouTubeのコメントにも喜びの声が多くてにっこり。451のメインボーカルは、ヨルシカの音楽作りをしているn-bunaさんで、私も思わず声がでました。ボカロPの時代から応援していた方は特にうれしいですよね。代表作ともいえる「夜明けと蛍」の頃よりさらに、表現力に深みが増していて、ヨルシカでの活動の真髄みたいなものを感じます。
451ってなに?
ヨルシカの曲のタイトル、いつもどういう意味だろうと思って調べると大体何かしらの作品がでてきて驚きます。451をググってまずでてきたのは「華氏451」という映画作品でした。
原作はレイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』で、(本の素材である)紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味する。
小説の内容にインスピレーションを受けているかは不明ですが、曲中は炎が連想される描写が多々使われているため、この451は温度のことだと推測します。
歌詞の考察・解釈
本題ですが、この話を記事として書きたいと思った理由に「創作者」としての感情と歌詞がシンクロしたというのがあります。男性が考えて考えて考えてペンを走らせ、紙が燃えているジャケット写真の様子、そしてなによりn-bunaさんが歌っていることから、本人の曲作りの感情を歌っているのかなと私は感じました。
さらに、「すごいなあ」と思ってしまうのが「燃える」という言葉の意味が各章で全く違うことです。例えば、熱意や意欲といったポジティブな意味、炎上や怒りといったネガティブな意味、どちらもこの歌詞の”燃やして”という言葉に込められている。以下ではそう思った理由や解釈を紹介します。
「笑いもの」にされることで発火するモチベーション
「ブレーメン」や「負け犬にアンコールはいらない」「ヒッチコック」などなど、ヨルシカの曲の中には、登場人物が後ろ指をさされたり笑いものにされたりするような描写を見ることがあります。
451でも1番から同様の表現がありました。面白いのは、「引火」「燃」というようなワードを選びながらも、怒りではなく踊ってしまうほどの「喜び」を表現しているところです。
これってまさに、筆が乗りはじめた時の気持ちよさ、創作のひらめきの喜び、みたいなものを感じるなあ。と、仕事柄書くことが多い私はそこでまず高揚しました。ジャジーな曲調も最高ですが。
さておき、「笑われてひらめく」っていうのはなにかおかしい言い方かもしれません。笑われたり、悔しい思いをした際に「なにくそ!」と奮闘することはありますが、451での表現の「燃える」は闘争心というより創作心のように感じます。辛いことや嫌なことを特に意に介さず、「話の種になるな」とか「もはやテーマにしたら面白いかも」と創作の栄養にし、作品に昇華しているようにとれて、聴いていてとても気持ちがいいです。
2番の「燃える」は少しネガティブ
さて、1番のテーマが喜びや創作のはじまりであるなら、2番は自暴自棄、すべてのリセットと考えます。1番では誰か1人の言葉だったものが、いつのまにか大勢の人の言葉に。さらにセリフも「変な奴ら」となっていることから、曲の主人公も1人ではなくなっています。
私が2番の歌詞を初めて見た感想は「ネットの炎上みたい」でした。人の粗探しをして悪く言う人だけでなく、(私みたいに)考察するファン、中には声を荒げる人たちに疲れる当事者。1人では意に介さなかった言葉も、相手が不特定多数になったり当事者側がグループとなったことで責任がでてきたりすれば、途端に気になりはじめて面倒になります。
不快な感情の先には、もう一度1番の時のような燃える創作をしたいという渇望が見えます。書いた紙を火で燃やしてすべてゼロから戻ってみたり、どうでもいいやと放棄して遊んでみたり。”燃やして”や”踊って”は、1番と全く同じ表現なのに、ガラリと景色が変わっていることに鳥肌が立ちました。
創作欲の波の先に見える本心
その後も同じような歌詞が続きますが、さまざまな感情の波があって書いては消してを繰り返す様子、また熱に触れて燃え上がる様子が歌詞だけでなく歌声からもひしひしと伝わります。
また、歌詞には今までなかった"愛して"という感情が見え隠れしてきます。これは、同じく2023年にできた「テレパス」でも使われている言葉です。創作者として、生み出した作品を誰かに愛してほしいという気持ち。個人的にはこれが本心・本質なのなのかなぁと思いました。
そして、そうと自分で解釈したからには、「私はヨルシカの作品を愛しています」と、ここに書き留めます。曲、聴いてない方はぜひ聴いてみてください。