美しく尊いおでん
漫画『深夜食堂』1巻にでてくるおでんが尊い。
まず、具材のシンプルさもそうなんだけど、マスターの説明とその情景がじんわりと美しい。
できればこれを音読してみてほしい。
詩的で美しく心に響き、そして腹が減るこの言霊をまず味わってみてほしい。
店(うち)のおでんは牛すじと大根とゆで玉子の三つに決めてるんだ。
という説明からはじまるんだけど、まず具材の数が3つという数字が良い。
昔から何かと、物語や伝承なんかで、魔神なり悪魔なり何かしらの人智を超えた存在が出てきて
「今から3つの願いを言え」
とか言ってくるシーンって数多くあるじゃない?
もしランプの魔神が願い事って広い括りじゃなく、
「今食べたいおでんの具材を3つ言え」
って言ってきたら、咄嗟にこの3つを願っちゃいそうなラインナップだよね。
牛すじ、大根、ゆで玉子。
そう
「決めてるんだ。」
っていう『意思決定』にもぐっとくる。
そして次のコマの
あれこれ具材そろえるのが面倒だし、オレが好きだからね。
って台詞。
そうなんだよ。生きるって、具材をあれこれそろえたおでんを作るって、何かと面倒なんだよ。
マメであったり丁寧であったりすることは善し、面倒ズボラぐーたらは悪し、っていう価値観に苛まれて自分を見失いそうになるこの現代社会において、あれこれ具材を揃えるのが面倒だと、どれほどの人間が包み隠さず正直に言えるだろうか?
そしてその後に来るシンプルな
「オレが好きだからね。」の力強さと頼もしさ。
あれこれ具材をそろえるのが面倒という一見ネガティブな要素を、一見寂しく侘びしくなりそうに危うい3種類だけの具材のおでんを、『特選』『厳選』『とっておき』に演出してしまう、肯定的で心に優しい響き。
面倒くさがりであることは、ズボラであることは、言い換えれば
『自分の好きなものを追及し、他の要素を極限まで削ぎ落とした姿』
とも言えるのだ。尊い。そして美しい。
同様の理由で『クッキングパパ』の田中が作った『ぐーたらおでん』も好き。
具が足らないから『ぐ(具)ーたら(足ら)おでん』で、こちらは牛すじ、大根、こんにゃくの3種類。
やっぱりこれも面倒くさがりであることに肯定的で、酒飲みの口に合うラインナップで、やっぱりこれもあたしの好きなおでんではあるんだけど、それでもやっぱり深夜食堂に軍配が上がったその理由を言っておこう。