花屋には春の花
私の住んでいる街の中心部は地下街がとても発達していて、駅周りの百貨店や商業ビルのほとんどが地下直結、隣の駅まで地下街を通って行くことができます。
したがって地下街の左側も右側もずっとお店が連なり、定食屋・喫茶店・靴屋・100円均一・時計の修理屋などなど、目にもとても賑わしく、たくさんの人がお店を覗いたりそこで買い物をしたり飲食を楽しんでいたりします。
働いている会社のビルに直結している地下出入り口の階段を降りて少しまっすぐ、それから左に入っていくと、ひときわ私の気に入りの一角が姿を現します。
まず、花屋。通路の角の狭い店には切り花や鉢植えなどがすれちがうのもやっとなほどに華やか、そこにはガーベラ・チューリップ・スイートピーなど。他の花屋と比べると少しお値段が張るのだけどもちが良く、私はそこでガーベラのまとめ売りの安い春の花を買ったならば、店を出て目を上げると、次はベーカリー。
たくさんの種類のカリカリしたのやもっちりしたの、焼きたての小麦粉の匂いを通過すると、ディスプレイに並べられているのはクリームやムースやフルーツの可愛らしく堂々としたケーキたちとそれらを交互に見比べてどれを買うか迷っているみんな。
通路を挟んだ反対側には、巨大な蒸し器とそこに少し前まで入っていたであろうほわほわの肉まんや天津、うにやいくらなどちょっとした高級食材を使ったお弁当やさくさくの天ぷらの数々、西京漬にされた切り身たちなど。そこはいわゆるデパ地下です。
その一帯では退勤時間が賑わいを連れ、ショーケースを覗き込む人たちの視線はバッティング、複数のフードパックを持ってのレジ待ちや「ご注文をお伺いいたしますー」の声が自分に回ってくるまでの順番待ちが長い列、だけどもそこにいる人たちはほとんどみんな、なんだか幸せそう。
そのように空気の上に登ったような、掴むことのできない幸福のなかを通過して、電車に揺られて家に帰り、ガーベラを飾ればなんだかぱっと空気が澄んで、冬の空と同じ灰色が低く地面すれすれを低空飛行しているみたいな私の気分も体もほんの少しだけ楽になったような気がします。
先日は私が住んでいるところにも雪が降り、その小さな氷のかたまりは真っ青な空から強風にとばされて、太陽のひかりを透かしてきらきらと光っていました。光を抱きしめた氷の粒たちはいったいどこからやってくるんだろうと不思議に思って見上げれば、花屋には春の花、寒さのなかで目を閉じれば、とてもとても密やかな春の最初の息遣い。