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未婚で出産未経験のオンナの幸せ

あなたにとってオンナであることの幸せって何ですか?


そして、その幸せを定義しているあなたの前提はどんなですか?


「オンナである」ということは共通していても
・結婚しているのか未婚なのか
・子供がいるのかいないのか
・子供がひとりなのか複数いるのか
・結婚生活に満足しているのか不満足なのか
・ダンナが好きなのか嫌いなのか
・未婚で彼氏がいるのかいないのか
などなど、たくさんの前提がある。

前提条件によって幸せの定義は違うと思うし、その前提条件は同じでも、なんなら一人一人幸せの定義って違うと思うんです。


なのに、世間一般に言われている幸せの定義に捕らわれて苦しくなっちゃう。そんな人、多いですよね。


昔から「みんなと一緒」とか「流行りもの」とかどちらかというと好きじゃなくて、いつも違うのを選んできてた。けど、心のどこかでみんなが良いと言うものを良く感じない自分はおかしいのかもしれないという悩みもあった。

これは学生時代に強かったかな。でも、学生ってそもそもそういう時期なのかもしれないけど。

そんな風に一般的と言われるもの、流行りもの、みんなが持ってるものに興味がないはずなのにやっぱり気にしている自分が居る。そして世間一般からズレていると感じて、なんだか落ち着かなかった。だから、自分の価値観が大事だからそれでいいと頭では理解していても、やっぱり大衆心理に引っ張られちゃうのはある程度仕方のないことなのかな。

結婚して子供生んで、家買って、家族仲良く、夫婦仲良くが当たり前だし、それが一番の幸せ。


だから、未婚で子供がいないわたしは不幸みたいな構図。

 

「まだ結婚しないの?」
「いつ結婚するの?」
「お子さん何人だっけ?」
「お子さん何年生になったの?」


「結婚していないし子供もいない」
そう伝えると決まって言われるのは「あら、こんなにいい人なのに・・」

そんなやり取りを何十回、何百回としてきた。


いつもいつも上記の幸せを軸に話が始まっていく。
だんだん私も年を重ねてくると、「結婚は?」と聞かれるよりも「お子さんは・・・」と子供がいる前提で話が始まることも増えてきた。わたしが高齢者と接する時間が長いということもあると思うけど、その世代は特にその価値観が強い。



「くそーマリハラだ!」
「くそーセクハラだ!」
「どうでもいいじゃん、関係ないじゃん、ほっといてよ!!」
「人の気もしらないくせに」


ニコニコかわしながらその都度、物凄く嫌な気分になってた。世の中の流れに乗れていない「自分はダメな人間」というレッテルを否応なしにも貼らされる感じとでも言うのかな。


未婚で子供がいないわたしは不幸でかわいそうなのか。


今までは、それを払拭できるほど楽しい日常を暮らしているわけではなかった。そう、これがものすごく嫌な気分になっていた一番の根本原因。NLPを習ってそれに気が付いた。


状況が問題なのではなくて、状態が問題。
すべては自分の状態が引き寄せている現象が現実。

わたしにとって本当は一番育んでいきたいのに避けていたことは「人を愛すること」だった。婚活していたけど、心の底では結婚することを拒否していたことにも気が付いた。だけど、本当は人一倍誰かと親密になることを望んでいた。一人の人とまた愛し愛されるという幸せな感覚を味わうことを望んでいたけど、もう傷つきたくなくて無意識に避けていたみたい。


だけどね、もう一度考えてみたんです。
女としての幸せをどんな体験をもって感じたいか。


そしたらね、やっぱり愛したいし、愛されたい。
愛おしいって胸が温かくなるような瞬間をたくさん感じたい。
キュンって胸が締め付けられるような感覚や、ほんわか、じんわりと広がるような温かくて柔らかい感覚に包まれていたい。
そんな風に思った。

わたしにとってそれは誰かを想うことだったり、ハグしたり、身体を重ねることだったりする。スキンシップは私の人生でとても大きな位置づけにあることを再確認した感じ。

この年から恋愛なんて・・・と思う自分もいて、誰かを好きになることにも無意識にブレーキをかけていたみたいだったから、思い切ってそれに許可を出してみた。

そしたらね、顔も性格も理想の男性とカラダとココロを通わせることが出来たんです。人生でこんなに理想の人と出会えるんだ・・・。それはわたしにとって安心・安全の感覚を取り戻してくれるようで人生でとても大切な感覚だと心底思った。

わたしはこの感覚と共に在ることが幸せ。
そしてこの感覚をもっと育みたい。

素直にそう思えた。

今まで自分の幸せに対してなかなか許可できなかった。ごめんね。わたし。


でも、久しぶりにハグをした時、全身にエネルギーがドドっと一気に流れて細胞が一瞬で生き生きしていくのを感じた衝撃は本当に凄かった。

あぁ、わたしはずっとこれを求めていたんだ。
細胞が喜ぶってこういう感覚だった。それは、懐かしくとても愛おしい感覚。


わたしが思うオンナの幸せの一つに「異性にチヤホヤされる」という価値観が出来上がった。自分の魅力を受け入れられない時は異性からチヤホヤされている女性に対してとても嫌悪感があった。男性に媚を売っているようでみっともないっていう価値観でいた。

だけど、自分のことが好きなわたしになれると急に男性は優しくなる。そして不思議と優しい男性に囲まれているのが普通になる。今までそうでもなかった男性さえも、優しい男性へと変化するから本当にびっくり。自分の内面の変化だけで、こうも分かりやすく現実が変わるのかと本当にビックリするようになるよ。

男性は本来女性を喜ばせたい生き物。

言葉では聞いたことがあっても、それを体験したことのなかったわたしにはなかなか理解できなかったけど、お陰様で、最近本当にそうかもしれないって思えるようになった。


そして女性は男性からチヤホヤされると自己受容感が高まる。
これは大きなポイントなんじゃないかな。
だから積極的にチヤホヤされた方がいいんじゃないかと思うんです。

チヤホヤされている女性をみてモヤモヤする人は、本当は自分もチヤホヤされたい気持ちが隠れているけど、それを認められないのかもしれませんよ。


だから、未婚で出産未経験の女性はたくさん男性にチヤホヤされたらいいんだと思う。堂々とチヤホヤされようよ(笑)

40代以降の女性にとっては若い男性も、年上の男性もちょうどよく選び放題な気がするし。

わたしは今から高校生くらいからやり直すつもりで恋愛を楽しむつもりです。なんなら一人に絞らずに、たくさんの人に愛されるという体験もしてみてもいいかも。

一途こそ素晴らしいと思って生きてきたけど、自分の気持ちに正直にその時の感覚と感情のままに、自分を喜ばせることを選択していった先に何が見えるのか、最近そこに興味があって実験し始めているところです。

だって、一人に執着するのはココロが健全ではないかもしれないって思うようになってきたから。本命は一人いたとしても、四六時中会えるわけでもないし、四六時中仲良く一緒に居られるわけではないと思うから、その本命の人と一緒に居られる時間をより密度の濃い時間を過ごすためにも、会えない時間に自分を満たしておくことが大事なように思う。

そして未婚じゃなくても、性的な行為が自分の人生にとって今後必要かどうかは40代で一度考えてみた方がいいと思うんです。

人間は使わない機能はいらないものとして自然と衰えていくのも早くなるから。年を重ねてからの久しぶりの愛の営みは痛さを伴ってしまう。それは子宮や膣も萎縮してくることだったり、分泌物が足りなくなってくることに由来する。一度委縮したものは戻らないらしいよ・・・・。

維持するにも使ってあげないといけないし、どうせ使ってあげるなら気持ちよい方がいいに決まってる。当たりの男性は女性のカラダについてよく勉強してくれているから「待つ」ことができる。



このnoteにも書いたけど、わたしはクノタチホさんからNLPを習ったから、性愛の知識が自然と増えた(笑)だけど、それは私自身が本当は求めていたことだと認めたかったんだと思う。そして認めて受け入れたら、抑圧からの開放が一気に進んでビックリした!

性愛のことに取り組むと抑圧から早く解放されるよって言われてたけど、それを経験できて本当に良かった。

わたしにとっての女の幸せは自分自身を愛でることであり、チヤホヤされながら愛でてもらうこと。自分を愛することで満たされた幸せな感覚が勝手に周りへ循環されていくことなんじゃないかなって思う。

自分が輝くことで周りが幸せになる。自分への愛が周囲の人への幸せに繋がっている。そんな風にこれを読んでくれたあなたも、愛と幸せの循環の中心に自分がいるということを信念にしてみてはいかがでしょうか。




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