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ひとりの読者のために外国語で物語を書く
文学フリマ東京39で無料配布したロシア語絵本のフリーペーパーについて、少し記録しておこうと思います。
2種類のロシア語絵本(猫絵本)をつくり、頒布したのですが、すぐに在庫切れになってしまいました。また読んでいただいた方からの反響がすごくて、「かわいい」「泣ける……」「泣きました」「うちの猫を大事にします!」という、ありがたい感想をいただきました。
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まさかフリーペーパーに感想をいただけるとは思わず……。思いつきでつくってしまった小さな物語が、読んでくださった方の心に届いたことが、なにより嬉しかったです。本当にありがとうございます。
「なぜロシア語で絵本を――?」と何人もの方に聞かれたので、この場をお借りしてお答えします。
ひとつには、わたしが長年ロシア語を公用語とする地域に住んでいて、い角間にかロシア語で読み書きができるようになったこと。そして「いつかロシア語で作品を書きたい」という思いがあったからです。ですが、一番のきっかけは、わたしの××年来の友人A(ペテルブルグ出身、日本人女性と結婚して現在都内在住)が、「文学フリマ東京に行く」と言ってくれたからです。
友人Aは、わたしが日本で小説家になったことを知っている数少ない友人のひとりです。そしてうちの兄妹猫を保護してくれた、恩人でもあり、現在も家族ぐるみのつきあいがあります。
(その割にはお互いに忙しく、年に一度しか会えなかったりするのですが……)
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Aは日本に住んでから、かなり日本語が流暢になったものの、日本語の本が読めるかといったら、まだまだな感じでした。
わたし「わたしのブースには日本語の本しかないと思うんだけど……」
A「でも喜んで行く! 妻と二人で行く!」
……じゃあ、せっかく来てくれるAのために、なにか作らねば……。
そう思ってできたのが、ロシア語の絵本その1です。(するっと出てきて楽しかったので、その2もさくっと作ってしまいました)
ただ、Aが「絶対に行く」とは言ってくれたものの、半分は社交辞令だろうなあと、そのときは思っていました。
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画家であるAは、文フリ東京の翌週に日本で初めての個展を控えていて、その準備で忙しいであろうことは、Aの奥様から聞いていましたし、東京ビッグサイトという広い会場で(まわりは日本語表記のみ)、わたしのいるブースまで果たして無事に辿り着けるだろうか……とも思っていました。
でも万が一にも来てくれたら、わたしはすごくうれしいので、自分のいる「せ-39 伊勢ねこ」のブースの配置図を送りました。
そのときも、
「絶対に行く!」
という返事が来ましたが、絵の制作にはかなりの時間がかかるとのことだったので、無理だろうなあと思っていました。
それでも「行く」と言ってくれた気持ちがうれしかったので、Aが来られなくても、あとで記念に渡そうと思い、ロシア語の絵本をつくりました。
余談ですが、「せ-39 伊勢ねこ」のブースのディスプレイは(わたしのリアルな友人知人に合わせて)ほとんど、英語、ロシア語が併記でした。
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そして文フリ東京39の当日。
一般来場者が入場しはじめてしばらく経った頃、
「MIUさん、○○です~」の声に顔をあげると、ブースの前に友人の奥様が立っていました。
ですがそこにAはいませんでした。
「わあわあ、来て下さったんですね。うれしいです。……Aは?」
「すみません、来たいといっていたんですが、ちょっと所用で遅れそうなんです……。文フリって何時まででしたっけ?」
「17時です」
「それまでには間に合うと思うんですけど……」
それを聞いたとき、やっぱり、無理かーと思いました。
忙しいAに無理をさせたくはないですし、同じく忙しい奥様に来ていただけただけで十分です。Aのためにつくったロシア語絵本は、奥様にちゃんと渡すことができましたし……。
そんなことを思っていたのですが、みんなが撤収準備をはじめた、16時30過ぎに、なんとAが来てくれたのです!
「遅れてごめんね」
そのときの自分の心情は「走れメロス」のセリヌンティウスでした。
別に自分が処刑されるという状況ではないのですが、「友人を疑ってごめんなさい!!!」です。
A夫妻と言葉を交わしたのは10分にも満たない短い時間でしたが、Aは文学フリマの熱気や本が好きな人たちの熱意、そしてイベントそのものに感動して帰っていきました。そして夜になり、「素晴らしい!」「完璧なロシア語!」という感想を送ってきてくれました。
(よかった……)
Aは物語をとても喜んでくれましたが、ある意味、当然だったのかもしれません。Aのために、Aが喜ぶだろうと思って作った、完全オーダーメイドの猫の絵本だったので。
(物語自体はさくっと生まれましたが、表現には真剣に向き合いました)
Aに物語をプレゼントしたこと、Aが喜んでくれたことで、このロシア語絵本は完結してはいるのですが、不思議なことに、たったひとりの読者に向けて書いた物語が――ほかの読者の心に届いたりもするのですね。
わたしは商業誌を出したときも、それほど多くの感想をダイレクトにいただくことがなかったので……文フリというイベントがなせるわざなのかもしれませんが、ロシア語の猫絵本(&日本語訳)に対する感想のリターン率に、ただただ驚きました。
感想をくださった皆様、本当にありがとうございます。
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わたしは流行に合わせて作品を書く、という器用なことができる作家ではなく、またこのご時世(お察しください)、自分が本当に書きたいものが書きづらくなっており……その他もろもろから、作家以外の道を模索したりもしていました。文学フリマに出店にするにあたり、「好きなものを好きに書ける」「自分で好きな本を作れる」という場があること、純粋に本が好きで、本を書くのが好きで、読むのが好きで……そういう人たちがいて、そういう人たちが集まっている空間に身をおけたことが、どれほど救いになり、刺激になり、楽しかったか……言葉で言い表せません。
ただただ、皆様に感謝です。
今回のことは、個人的な、小さなことではありますが、どこかに記録しておきたかったのです。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
追伸:
ロシア語の絵本、読みたいよーという方がいらっしゃいましたら、1月19日の文学フリマ京都にも少し持って行きますので、どうかお声がけください。
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