見出し画像

本日の猫たち #461(猫の手)

飼い主がnoteの記事を書いていたときのこと。

文学フリマ京都9の記事を書こう書こうと思いつつ……ここ数日、海外在住の友人たちと連絡をとりあったり、仕事でも日本語を使っていなかったせいで、日本語がポンコツ気味に。入力した文章を見ては「あれ? これって日本語として正しい表現だっけ?」と考え込んでいました。

わたしの脳には一応、日本語(母国語)・ロシア語・英語(少し)が入っているのですが、そもそもの容量が小さいので、ロシア語が多めに入ると、日本語か英語が抜け、英語が入るとロシア語が抜け……そして英語とロシア語が入ると日本語が抜ける……という具合で、すべて均等に上達するということがないのです。(でも一度インプットしたものは、時間が経つと「ああ、そういえば」と思い出すことはできます)

「海外生活が長かったのに、語学を忘れることってあるの?」とよく聞かれますが、使わなければ忘れます。受験勉強の経験のある方は、当時のことを思い出してほしいのですが、古典や漢文、数学の微分積分など、かつて何年もかけて勉強したものでも、社会人になって一度も使わなければ、すっかり忘れてしまうのではないでしょうか。それと同じことなのだと思います。

余談ですが、わたしがよくやらかしてしまうのが、日露で似たような表現があるケースです。例えばですね、日本語に「雨後の筍(たけのこ)」という表現があります。雨が降った後に筍(たけのこ)が次々と生えてくることから、何かが起こった後にそれに続いて(似たような物事が)次々にあらわれたり、起こったりすることの例えで使われます。
この表現、ロシア語では「雨後の茸(きのこ)」――「как грибы после дождя」といいます。意味はほぼ同じ。要するに、日本では雨が降った後に、ぼこぼこと生えてくるのがタケノコであり、ロシアではキノコなのです。(ちなみに英語でもspring up like mushroomsなので、生えてくるのはキノコです)
と、頭では理解していても、日本語でアウトプットするときにナチュラルに間違えます。なぜかというと、わたしのまわりの人たちも似たような経歴で数カ国語(ひとつひとつのレベルはかなり浅い…)話せるので、なんとなくの表現でも通じてしまうからです。

ですが、先日、とても賢い大学院卒の友人と街を歩いていたとき、

「あのあたり、お店増えてきたよね~。雨後のキノコみたい」

と何気なく言ったら、「タケノコ?」と真顔で返され、あああ……と、ちょっと恥ずかしい思いをしました。そんなことがあるので、完全なバイリンガルやトリリンガルの人が羨ましいです。

脱線しすぎました。
そんなわけで、頭がちょっと非日本語モードになってしまい、日本語がうまくまとまらず、なかなかnoteの記事が書けなかったのです。
(という、長い言い訳の脱線でした)

で、うーんうーんと頭を悩ませていたら、やってきたのが先住猫。
遅筆の飼い主を見るに見かねてのことだったのでしょう。

「こうすればいいの!」

といわんばかりにキーボードの上にのっかりました。

先住猫はマナーがいいので、普段は絶対にキーボードの上にのりません

「どうしたの! 兄猫がキーボードに飛び乗るのを真似しなくてもいいんだよ」と、先住猫を抱き上げようとしたときです。

ダダダダダダダダダダダダダダダッとものすごいスピードで文字が入力されていきました。

「おおお………」

なんという早打ち……


なんと1分もしない間に3万文字も打ってくれたのです。
先住猫は「どや!」と、満足そうな顔をしていましたが、さすがにこれは使えません……。

満足そうな先住猫 やさしい子です


でも、ふがいない飼い主に「猫の手」を貸してくれたんだなと、ありがたく気持ちを受け取ることにしました。


今日も仲良しの妹猫(左)と先住猫(右)

最後までご覧いただき、ありがとうございます。
気が向いたら、またのぞいてやってください。


いいなと思ったら応援しよう!

MIU
ありがとうございます。いただいたサポートは活動費と猫たちの幸せのために使わせていただきます。♥、コメントいただけると励みになります🐱