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Heaven(28話 ~赤い夜~) 【連載小説】 都築 茂
病院に着いて、僕は手提げ袋から本を取り出してテーブルに置いた。
「アキから預かってきた。遅くなってごめんって。」
ああ、とシンジは短く答えて、本をパラパラとめくった。
奥の部屋には人の気配がしているけど、患者は誰もいない。
「前から言おうと思っていたけど。」
僕は言った。シンジは本に目を落としたまま、うん、と答えた。
「僕が勝手に思っているだけだけど、アキはお前のことが好きだと思う。」
シンジは、本をめくる手を止めた。数秒の沈黙の後、シンジが顔を上げて言った。
「何で?」
僕は、やっぱり、と思った。
「何でって…。」
そう言いかけたとき、外で誰かの足音が聞こえて、病院のドアが開いた。
下半身が血まみれでぐったりした男と、その男を肩に抱えたもう一人の男が入ってきた。
「斜面で足を滑らせて…、木の枝が…。」
シンジが二人に駆け寄ると、男は息を切らせて説明しようとした。血にまみれた男の左太ももに、木の枝が突き刺さっていた。
シンジは、男の空いているほうの肩を支えて、診察室のベッドに寝かせた。ベッドのシーツが、みるみる血に染まっていった。
騒ぎに気付いて、奥の部屋からクウガが出てきた。一目で状況を把握したクウガは、シンジに必要なものの指示を出した。
「お前は湯を沸かせ。できるだけ多く。」
クウガは僕を指さして、そう言った。ハサミを持つと、傷口の周りの服を切り始めた。
僕は火をおこして、鍋と薬缶の両方に水を入れて火にかけた。
振り向くと傷口が見えた。裂けた皮膚が十数センチほど開き、裂け目の最後に枝が深く突き立っていた。シンジが布を当てているけれど、間に合わずにベッドから滴った血が、床に血だまりを作っている。
クウガとシンジは傷口を見つめて動かない。付き添ってきた男は不安そうな表情をしている。
「枝を抜いて、急いで縫い合わせるしか…。」
シンジがつぶやくような、小さな声で言った。クウガは小さく首を振った。
「出血が多すぎる。動脈は間違いなく損傷している。他に方法はないが…。」
シンジは大きく数回息をして、今度ははっきりした声で付き添いの男に言った。
「今から枝を抜いて処置をしますが、枝を抜くことで出血がさらに増します。処置をしても助からないかもしれません。」
付き添いの男は表情を歪めた後、怒りを込めた目でシンジをにらんだ。
「そんな簡単に、助からないなんて…。」
そのとき、ぐったりしていた男の頭がわずかに動いた。
シンジと付き添いの男が、急いで男の顔をのぞき込んだ。男が何かを言って、シンジは頷き、付き添いの男は表情を崩して涙ぐんだ。
クウガとシンジは、男が痛みに耐えられるように薬を飲ませると、手早く枝を抜く準備をした。大量の布と、縫合用の針と糸、鉗子などを用意した。
「ユウヤ、指示を出すから、そこにある布を当ててくれ。」
シンジが言うと、血を見て気を失うなよ、とクウガが言った。
クウガが手を清めて、針と糸を持った。シンジと目を合わせて頷くと、シンジが枝を足から引き抜いた。
どす黒い血が溢れてきて、シンジが布を当てる場所を僕に言った。
クウガは血の中を探って縫う動作をしたけど、僕はもう見ていられなくて顔を背けた。
「ユウヤ、布を交換。」
しばらくしてシンジから指示が飛んできて顔を向けると、クウガは足の裂け目を縫い合わせていた。出血の量は減っていた。
血で重くなった布を新しいものに交換して、少し後ろに下がった。もう一人の男は顔色を失って、壁際の椅子に座っている。
縫合が終わって傷口の処置をした後、シンジは毛布を男に掛けた。男の顔は血の気がなく、まったく動かない。
「できることはしましたが出血が多かったので…、あとは本人の体力次第です。」
クウガは、壁際に座ったままの男に声を掛けた。男は小さくうなずいた。
「誰か知らせたい人がいるなら、僕かユウヤが知らせてきます。」
――― 29話へつづく