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Heaven(20話) ――どんな未来になったとしても、僕らは誰かを想うだろう 【連載小説】 都築 茂
僕とカンナは、図書館に向かって歩き始めた。
「また、降るかな。」
カンナが空を見上げながら、言った。
「どうかな。この時期だし、降るんじゃないか?」
僕も空を見て、答えた。雲に切れ間はなく、さっき待合室の窓から見たのと変わらない、白に近い灰色だ。
「ちょっと、畑に行ってみようかな。さっきの降り方なら、できる作業もあるし…。」
ひとり言のように言って、カンナは真面目な顔で考え込んでいる。頭の中にやりたいことが渦巻いているのだろう。横顔には、前へ前へ進もうとする強い意志が表れていた。
「あ、でも、アキの顔を見てからにする。」
カンナは僕がいることを思い出したかのように、こっちを見て口角を上げて見せた。
僕は少し心に引っかかっていることがあって、うまく笑顔を返せず、ああ、と短く答えた。カンナはじっと僕の顔を見た後、10歩くらい歩いてから言った。
「何?何かあるなら、言ってよ。もう。」
もう、に小さく怒りが込められている。カンナは、同い年の6人に隠し事や嘘や駆け引きは必要ないと思っているので、誰かが遠慮していると腹が立つのだ。
僕は遠慮していたわけではなく、頑固者のカンナにどう言えばいいか迷っていただけで、ああ、ともう一度言ってから、答えた。
「薬草を探しに行くとき、一人で行くなよ。」
迷ったあげく、そのまま言うことにした。遠回しに言っても逆効果かもしれないし、薬草探しを反対されていると思われても面倒だ。カンナは目を少し見開いて驚いた顔をした後、うれしそうに笑顔で言った。
「心配してくれてたんだ。ありがとう。」
「下ばっかり見てると、迷いやすいから。僕とか、タケルとか、コウイチとか、慣れていない場所に行くときは暇そうなヤツに頼めよ。」
こう見えてオレは結構忙しいんだ、と歯を見せるタケルと、え?僕?とびっくりするコウイチの顔が頭に浮かんだ。
「うん、でも、大丈夫。付き合ってくれる人がいるの。マサトさんが。」
「マサトさんが?」
「うん、なんか、調べたいことがあるから、ついでだって。」
「ふーん。」
僕らの十六才の旅に付き添ってくれた、あの優しくて物静かなマサトさんとカンナの組み合わせは意外で、二人でいるところが想像できなかった。
「地形を調べているみたい。昔の地図を持って、変わったところと変わらないところがあって、どうとかこうとか。」
カンナは分かっているのかいないのか、よくわからない説明をして笑った。
「私は下ばかり見ていて、マサトさんは周りばかり見ているから、ちょうどいいの。」
「ふーん。」
カンナがうれしそうで楽しそうだから、まあいいか、と僕は考えて、
「まあ、とにかく一人で行くなよ。あいつらにも言っとくから。」
「はいはい。」
カンナは適当な返事をして、笑顔のまま前を向いた。
図書館に着くと、アキがカウンターで忙しそうにしていた。雨の季節になって、みんなが暇つぶしのために本を借りに来ていた。
貸出手続きをしている人たちの後ろで、アキが顔を上げたタイミングでカンナが手を振った。アキは話ができそうな素振りで、僕らはカウンターの横に回った。
「二人そろって来るなんて、めずらしいね。」
アキは微笑みながら、言った。
「シンジのところで、たまたま会ったの。ユウヤが図書館に行くっていうから、ついてきた。」
「そうなんだ。暇つぶしに行ったら、本を探すのを頼まれて。」
へえ、とアキは僕を見て、どんな本?と聞いた。
「なんか、薬の作り方が具体的に書いてある本を、探してるみたいで。」
僕は、シンジにもらったメモを見せた。
「昔は個人が薬を作るのは禁止されていたから、本が少ないのかもって言ってたよ。」
カンナが付け加えるように、言った。
「そっか…。ごめん、今日は見てのとおり忙しくて。」
アキは、申し訳なさそうな顔をした。
「大丈夫。僕、今日は雨で休みだし。自分の読む本も探しながら、ゆっくり探すから。」
僕は慌てて、顔の前で手を振りながら言った。
「ごめんね。…帰るときは、ひと声かけてくれる?」
わかった、と答えて、僕はその場を離れることにした。カンナが何かしゃべりたそうに見えたからだ。
「じゃあな、カンナ。」
「うん、またね。」
カンナは手を小さく振ると、さっそくカウンターに身を乗り出して話し始めた。
僕は探すあてもなくて、棚の間をぶらぶらと歩きまわってみることにした。
――― 21話へつづく