Stones alive complex (Ametrine)
吊り下げられた四方のスポットライトが、演壇のアメトリンをまばゆく照らす。
暗闇に包まれたホールの正面へ浮かび上がったアメトリンは、魔物すらとろかす魅惑の眼差しで聴衆を見渡し、「真実の自己を見い出すセミナー」の講演を始めた。
「皆さん。
すべての現象は諸行無常。絶え間なく移ろいゆくものです。
惑わされてはいけません。
分かりましたか?」
ホール内にアメトリンの穏やかな声が、柔らかく反響した。
難解な教義をいきなりざっくりで問われた聴衆は一瞬首を傾げたが、その場のなんとなくな空気に押され、おどおどこっくり分かった風にうなづいた。
アメトリンは(たいへん結構です)なニュアンスの満足げなうなづきを聴衆へ返すと、話を続けた。
「すべての法は諸法無我。今の自分を作り上げた過去の因果それ自体も諸行無常なもの。
ゆえに、その中にも真の自己など無いのです。
惑わされてはいけません。
分かりましたか?」
聴衆は一瞬首を傾げたが、その場のなんとなくな空気に押されたのと空気を察するのに慣れてきたのもあって、素直にこっくり大きくうなづいた。
「真の自己とは涅槃寂静。静寂なる涅槃の状態を指します。
それ以外の心の在り方に惑わされてはいけません。
分かりましたか?」
聴衆は一瞬首を傾げたが、その場のなんとなくな空気に押されたのとこの話の流れにどんどん慣れてきたのもあって、すごく大きくこっくりうなづいた。
「そうは言っても。
人というものは惑わされてはいけないとは思いつつ、どうしても惑わされてしまうものです。
その惑わされてはいけないという思いにも執着せず、惑わされてはいけません。
分かりましたか?」
聴衆は一瞬首を傾げたが、その場のなんとなくな空気に押されたのと、無条件でうなづくことにさらに慣れてきたのもあって、こっくりこっくり大きくうなづいた。
「惑わされてはいけないという思いにも惑わされてはいけない、という思いにも惑わされてはいけません。
分かりましたか?」
聴衆はもはや首を傾げることもなく、脊髄反射的にすぐこっくりこっくりこっくり大きくうなづいた。
「惑わされてはいけないという思いにも惑わされてはいけないという思いにも惑わされてはいけないという思いにも・・・
・・・分かりましたか?」
聴衆は、ゼンマイ仕掛けのオモチャのように、こっくりこっくりこっくりこっくり・・・
・・・
この惑わされるなロジックの連鎖ループが、およそ二時間ほど続き。
惑わされるなループに完全に惑わされた聴衆は、アメトリンの思惑通り見事に涅槃へと入り、真実の自己を見出した悟りのイビキをかいて、こっくりこっくりを続けた。
(おわり)